外伝2-24 救出作戦
アジトの中にいると外の様子が見えないので感覚が狂いそうになるものの、体内時計はすぐに狂うことはなく、昇の体は夜でお休みの時間であることを訴えていた。
昼間の激しい訓練で疲れがたまっていて体は休息を求めているのを無視して、昇は体にムチ打って徹夜覚悟の夜更かしを決行することを決める。
夜中もアジトは普通に稼働している。脱出当日は早朝の3時に決行なので、基本的には夕方6時から7時には就寝して、夜中の0時から1時の間に起床する生活が推奨されているのだ。
しかしあくまで推奨であり、アジトの生活は役割分担の仕事さえすれば後は原則自由時間なので、夜7時以降も起きている者はいる。
故に、昇も不審がられず監視室へと行くことができた。現在監視室は映像を見るだけならだれでもできるようになっている。
明奈と季里を部屋に残し、昇は監視室で外の映像をじっと見ていた。
本当はこんなことをしている場合ではない。今囚われている状況を打破し、さらには発電所攻略の情報を考えなければいけない状況である。
しかし、どうしても気になってしまっていた。
食堂での速報の後、明奈が〈天使兵〉について調べた内容を聞き、昇の焦りはさらに高まっている。〈天使兵〉は人間を素体としている破壊兵器ではあるが知能はそう高くないらしい。高いと反逆を企てられる可能性があるので、思考能力を削るのは当然の措置だが、その弊害として、攻撃命令を受けたら基本的に高火力短期決戦を優先として動くようになる。使う武器は周りに与える損害などお構いなく、そして同じ〈天使兵〉以外の敵味方区別なく破壊の限りをつくすという。この廃街も以前の戦争の中で〈天使兵〉を使ったが故に生まれた戦いの爪痕ともいわれているらしい。
そのような天使が容認しない人間を見たら殺しに向こうのではないか。その疑念がどうしても晴れなかったのだ。
(自分に関係はないことかもしれない。しかし、見捨てる――)
「見捨てるにはまだ早すぎるし納得しないか?」
「お前……俺の心を読むなよ」
部屋で休憩しているはずの明奈と季里が監視室に現れたのはその時だった。
「季里がどうしても気になると言ってな」
「その、邪魔だった?」
「いや。そんなことない。でも、この程度のことに巻き込むくらいなら、休憩していてほしかったから言わなかっただけだ」
季里も昇の隣に座って、画面を見る。
「お前が見たのはどんな奴だったんだ?」
明奈の質問対する返答に昇は困ってしまった。本当に人影が見えたような気がする程度の話なのだ。
「まあ、そんなにはっきり見えたなら、あの時ももう少しあからさまな態度をとるか」
明奈は昇の現状を察して、自分もまた画面の監視に没頭した。
「しかし、多いな」
明奈のつぶやきは〈天使兵〉に関することだ。
「なんかどんどんと不利になってくなぁ。悪い知らせばっかりだぜ」
薄々感じていた劣勢の旨をここで、はっきりと愚痴にする昇。
「人間のネズミを捕獲するにはやや本気過ぎな気がするけどね」
「ああ。まあ、そうだよなぁ……。俺もそれは感じてた。〈天使兵〉なんて、ガチの戦争起こすときくらいしか使わないはずなんだよ」
「そうか……」
明奈も昇も伊東家の決戦兵器が出てきたことに疑問を感じつつも、それほど深くは考え込まなかった。それはここで何かを憶測で語っても無意味であるからだ。
その代わり、昇の満足が行くように人影を捜し始める。
「いた」
「え? マジ?」
「画面3番見て」
季里の指示に従い、昇と明奈はその画面に目線移す。
「動いている。かなり速く」
昇はよくその画面を見るがなかなか捉えられない。明奈も、
「辛うじて……。よく見えるねコレ」
動体視力に決定的な差がある証拠だ。これも〈人〉である季里の高い能力が成せることである。
季里が捉えた部分の動画を切り抜き、3人のデバイスに送る。スロー再生で季里が『居た』と宣言した場面を見直してみる。
上空にうようよいるのは翼が生えている〈天使兵〉、そしてその下に男が1人、〈天使兵〉数人に追われているように見える少年の姿が見えた。
「ヤバいじゃん。すぐに助けに行かないと……!」
「……だが、見たところ廃街の人間じゃない。来ている服が綺麗すぎるし、そもそも〈天使兵〉から逃げ延びているという点でただものじゃない。首を突っ込んだら厄を招く可能性だってあるぞ」
「そんなの関係ない」
昇は立ち上がり、この部屋を後にしようと部屋の出口へ歩き出す。
「ヒーロー気取りか?」
「そうだ。苦境に立たされているのが仲間なら助けに行くのに、見知らぬ奴は見捨てるってのは筋が通らないだろ。もちろん無茶はしない。反逆軍の奴らに相談してどうしようもないっていうなら諦める。そこはちゃんと優先すべきことを優先させるさ。でも最初から諦めたくない。この戦いだって、俺がそうすべきだと思ったから始めたんだ。だからこその戦いの中で、助けるべきだと思ったのに何もしなかったら、俺は後で死ぬほど後悔しそうだ。特にこの後その男が死体で見つかったら」
明奈の強い口調での糾弾にも昇は屈しようとはしない。
「ガキめ」
「笑えよ」
「あざ笑っても皮肉を言っても、怒ってもやめる気はないだろう?」
「ああ」
明奈は深いため息をつく。
昇は部屋を出ようとするが一瞬早く、東堂が自分の部下を連れて部屋に入ってくる。
「外に要救助者を発見した。天使兵に追われているらしい。その他いろいろ言う予定だったが、どうやらお前たちに説明の必要はないようだな」
東堂だけではない。この監視室の前に反逆軍の8人が集結している。
「天江昇。どうするつもりだ」
「助けに行きたい。じっとはしていられない」
「死ぬぞ」
「助けはいらない。自己責任でやる」
東堂は後ろに居る明奈と季里を見る。季里は苦笑して、明奈は申し訳なさそうな顔で頭を横に振った。
それからの東堂の判断は速かった。
「……俺達に同行が条件だ。いいな?」
「もちろん」
「なら行くぞ」
部下2人は驚いた顔で隊長のご乱心を咎める。
「なぜ!」
「〈天使兵〉の様子を調査するついでの救助だ。うろつく相手が相手だし、人手も少ない以上反逆軍は全員出る。そうなったらこいつを監視して出口を守れるものはいない。こいつに暴れられてアジトを荒らされるよりはいい。最悪弾避けにもなるだろう。井天、西、刈谷、お前たちは救助者の捜索。俺と夢原と吉里で元々の脱出ルートの調査と再検討、必要に応じて陽動を行う」
東堂は即断を覆すことなく、昇の意見を最大限くみ取って見せた。
「天江昇。歩家と戦うなどと俺達の前で喧嘩を売ったお前の覚悟、愚考か本気か、見定めてやる」
そして激励の意味で肩をたたくと、後ろに控えていた夢原と吉里を連れて先に出口へと向かっていった。
その後、井天はしばらく考えた後。
「明奈さん。どうかついてきてください。あなたにこの男の監視をお願いします。季里さんはここに置いて行ってもらいます。アジトから逃げないようにする人質、的な役割です」
「了解。異存はない」
「天江君。隊長はあなたに何かを期待しているみたいです。せいぜいその期待を裏切らないように。私たちについてきなさい」
「あ、ああ。分かった」
昇としては無理やり止められると思っていたので意外な展開に拍子抜けしていた。
しかし、自分の望んだ通りの展開になったことは喜ぶべきことで昇はにやけながら、季里に、
「留守番頼むな」
「うん。気を付けて」
一言告げて、明奈とともに反逆軍の数名と一緒に、アジトの外へと向かった。
監視室に1人残された季里。
(いっちゃった……1人になっちゃったな……)
少しの寂しさを覚える。今までとなりには必ず昇か明奈がいた。
(私は戦えないから……なんだろうな)
そう思った時、ふと気が付く。もしも、自分の記憶が完全に戻り、戦いの術を思い出せたら、このように1人足手まといみたいな扱いを受けることはないのかもしれないと。
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