外伝2-3 天江 昇《あまえ のぼる》

 襲撃者と思われる少女に見つけられる危険性を考え、昇が飛ばされた教室を離れる。先ほど戦っていた外庭広場から一番通い理科室へと移動することに。

 少年の後ろを歩きながら、偶然出会ったその男を見定める。

 この建物を歩く道のりは、慣れたようなもので道に迷う様子は一切ない。この〈寺子屋〉の構造が単純なのを差し引いても、明奈が道を一切示すことなく、その少年は歩いている。

 少なくとも偶然この建物に居合わせた人間ではなく、〈寺子屋〉に何らかの関係をもつ人間であることは明らかだった。

(さて……こいつ)

 明奈は少年をどのように利用してやろうか考えていた。

 今の明奈の課題は、どれだけ早くこのあゆみ領を突破して別の場所へ逃げられるかだ。

 そのためなら、使えるものをすべて使い切ってやろうと考えている。もとより仲間など、復讐を目的とするこの旅に必要はなく、目的を果たすことだけを優先して考えている。彼の生命がどのような結果になろうと、最終的にはどうでもいいことだ。

 しかし、どうでもいいのなら、決して見捨てることだけが最善ではない。

 助けられるのなら恩を売って置いた方が後々役に立つし、囮にも使えるかもしれない。人手もやはりないよりはあった方が自分の武器の研究や、テイルで新しい武器や道具を作るのに必要な想像力を鍛えるための瞑想めいそうにも時間がかけられるというものだ。

 目の前の少年は先ほどの戦闘を見る限りそれほど強いわけではない。しかし通常目の前にするだけで委縮しがちにな〈人〉に対して、堂々と喧嘩を売り戦えるだけの度胸はあるのは良いポイントだ。

 しかし、このままでは囮にしてもそれほど役に立たなさそうなので、そこはもう少し見極める必要がある。後は今は身体能力ばかりの話をしていたが、性格や頭の回転の速さなど、目の前の少年のことをもっと確認しておく必要があった。

 そのために、今は向こうにメリット提示する代わりに、こちらの話に耳を傾けるようにしたのだ。

「お前、あの女となんで戦っている」

「俺を助けるって言った後にそれを訊くのか?」

「答えたくないのならいい」

「別に。単純な話さ。俺は反逆者だ、奴は俺という存在を許さないだけだろ」

 歩家の反逆者という時点で、目的は一致している。この少年も長くこの地に滞在するわけにはいかないということ。

「そうか。しかし、あの弱さでお前よく戦おうと思ったな」

「見てたのか? てか俺が弱いだと、てめえ、戦ったことあんのかよ」

「あの程度の〈人〉なら何人も殺してきた。アレは工夫次第で対処できるレベルだ」

 実際にそれは事実だと明奈は自信を持って言える。

 少年を襲撃した少女は特殊な武器を非常に高い正確性で使っていたため弱くはないことは分かる。しかし明奈は2年前の事件から1人で旅をする中で、人間であるがゆえに〈人〉との戦いを強いられたことは何度もあった。

 最初のうちは師匠や先輩から託された武器の特殊性を使って何とか切り抜けたことが多かったが、戦いを繰り返すうちに実戦経験を積み重ねたからこそできる、自分の戦闘理論を構築し、戦いに慣れてきた。

 明奈のなかで、〈人〉やそれに属する高いレベルの武器や戦術を使う相手は、概ね3種類に分けられる。

 判断の基準となるのは2つの視点。1つは本人の戦闘に対する知恵、経験、技術、体術等の敵本人自身の能力の高さ――明奈は〈本人レベル〉と名付けた――であり、もう1つは使う武器の特殊性と威力などを総合した武器の強さ――明奈は〈武器レベル〉と名付けている――だ。

 〈本人レベル〉と〈武器レベル〉の両方が高い敵に関しては隙が無い。この場合は逃げ一択、それが許されない場合は死を覚悟して本気で戦う以外にはない。しかし、このような人間はほとんどいないと言ってもいい。しかし明奈が知る限りその域に達している人間はほとんどいない。

 それに対し、どちらかが目に見えて劣っていてバランスが取れていない者は多い。

 戦う者たちの中でも、人間に多いのが〈本人レベル〉が高くても〈武器レベル〉が低いパターン。それは当然で武器に使うことができるテイルの数が少ないのが原因だ。そのような相手であれば、当然アドバンテージは使う武器でとればいい。相手よりも優位に立てること違いない武器を使えば必然的に戦いを有利に進めやすい。

 それに比べ〈人〉の戦闘者に多いのが〈本人レベル〉が低く〈武器レベル〉が高い者。これも自然なことで、〈人〉は人間に比べて武器を生み出し運用する為のテイルが潤沢なので、質の高い武器を使うことができる。

 先ほど戦っていた少年が敗色濃厚だったのも、武器の差が原因とみていい。少なくとも少年は身体能力では、襲撃者の少女に劣っていた部分は見られなかった。

 では身体能力で圧倒すればいいと考える者も多いがそれはおすすめできない。武器が便利な分身体能力をカバーできる機能がつけられていることが多く、本人がいかに優秀でも攻めきれないことは数多い。

 その場合どうするか。

 明奈の答えは、一度本人狙いを中断し武器の攻略をすればいいというものだ。

 たとえ想像から生み出されるなんでもありなものでも、それはその知性体の癖や思考に合ったものであり、完全無欠なものは作り出せない。故に、武器にも必ず対応できない状況がある可能性が高い。

 冠位の中でも、徳位の八十葉光が使う〈星光の涙〉、防御が極めて難しい500以上の弾丸を任意の方向とタイミングで射出して、光弾の雨を実際につくりだす一見突破不可能な武器でさえ、突破できる者がこの世に存在するほどだ。

 明奈は先ほどの少年と襲撃者との戦いを見て、武器を攻略すれば何とか戦いになると考えていた。

 そしてそのための機能を少年に与え、ハンデがなくなった状態での戦闘を観察して、少年の真価を見てみようと考えたのだ。 




 理科室に到着すると、明奈はさっそく少年に武器を渡すよう要求する。

 手を差し伸べ、武器をよこせと。

「は?」

「いや、は? とか言われても困る」

「何するつもりなんだよ」

「私はデバイスエンジニアだ。まあ、今は武器職人と言った方が早いか」

 本来テイルは想像したものを具現化するものなので、想像に使っている脳に干渉されない限り、その作成に介入することは不可能だ。

 しかしデバイスエンジニアと呼ばれる者はその例外に相当する。彼らは専用の機器を使って、テイルによってつくられたものを外側から改造することができる。

 無線で作業はできないため、専用のコードを対象物に取り付けて専用のキーボードをたたきながら、常人には理解不能な言語で書かれた画面を確認し、作業するのだ。

 明奈は先輩の教えを受けてから2年の間で、当時の先輩と同等か、もしくはそれを超えるほどの技量を身に着けている。天城家の傘下の家で、その腕を見せた時には、その領の当主に専属のエンジニアになるように請求されたほどだ。もっとも、明奈には復讐を遂げる旅があったので、その時は断ったが、向こう5年は席を用意して待っていると言わしめたほど。

 少年が渋々自分の武器を渡すと、明奈は彼が使った炎が出るグローブにコードを接続し、明奈が先ほど戦闘を見ながら考えていた、敵に勝てるような機能をつける作業を始めた。

「3分で済ませる」

「その間にあの女が来る可能性は?」

「今あの女はお前を逃がさないために結界を張っているところだろう。……なぜって顔をしてるが、外の光景を少し見ればわかる。綻びがないかどうかを確認してから、建物の中にお前を追い詰めるつもりだ。5分はかかる」

 少年は生意気な明奈の態度に徐々に苛立ちを覚えているようだったが、明奈もそれに一々反応を返すつもりはない。

 しかし、そろそろ相手の呼び名を知らないのもどうかと思い、明奈は興味深そうに仕事を覗く少年に名を訊くことにした。

「そう言えば、お前の名前を訊いていなかったな」

「名乗りはてめえからが礼儀だろ」

「悪いが私は礼儀知らずなんでね。そうだな、あの女に勝てたら教えてやってもいい」

「ち……」

 舌打ちをしてきた少年を見て、明奈は笑った。

(純粋か、馬鹿か。どちらにしても正直に態度に示すあたり、気持ちのいいやつだな)

 人間性は問題なさそうだと、明奈は判断する。

 一方、少年は頭を抱え深呼吸。可愛げのない明奈の態度に対する苛立ちをなんとか抑え、名を告げた。

「天江昇だ」

 天江昇。

 どこかで聞いた名だと、明奈は作業を行いながら記憶を辿る。

 そして、初めてこの寺子屋にたどり着いたときに見た名前であることを思い出した。そしてその部屋に、メッセージが先生を務めていた者が遺していたメッセージらしきものもあったことを思い出す。

 ずっと仕事を覗かれていても邪魔なので、明奈は昇をその部屋へと誘導することにした。

「なるほど。やっぱりここの出身者だったのか」

「おまえ、なんでそれを?」

「最初にこの廃校にきたとき、建物の内見を隅々行ったからな。その時、職員室だった場所でこの寺子屋の名簿を見つけた。そこに名前があったな」

「俺は2日前にはここに逃げてきてた。お前はいつ来たんだ」

「最初は3日前。ただ、その時は廃校を探すだけ探してすぐに別の場所に出かけてな。つい今朝ここに戻ってきて、先生用の仮眠室だったところで寝かせてもらってた」

 昇は明奈が何気なく発した言葉で少し何か考えを巡らせ、頭を抱える。

 明奈にはこの状況で何を考えているのかは全く想像がつかなかったので、言うべきことを言うことに。

「まあ、それはさておき、少し時間がある。職員室で興味深いものがあったから見て来るといい」

「なんだよ、それ」

「お前の先生と思われる男が、お前宛てにメッセージを残してたぞ」

「はぁ? ……なんて言ってた」

「聞いてない。お前宛てのメッセージだ。お前が聞くべきだろう。改造が完成したら私が届けにいく。お前は向こうで待ってろ」

「おう。分かった」

 昇は理科室を飛び出し、痛む体で頑張って走って、職員室へと駆けだした。

 幸い明奈の方の改造にそれほど問題はなく、3分かかると言った改造は1分で終わる。

 昔別の場所で行った武器の改造とよく似た改造だったので、以前キーボードで打ち込んだ情報を転用、少し内容を変更して埋め込むだけだったため、時間はそれほどかからなかったのだ。

 明奈は宣言通り、すぐに立ち上がり、昇に宣言した通り完成品を届けに行くことに。

(あわよくば、メッセージの内容が盗み聞けるかもな)

 そのような邪心も持ちつつ、木製の廊下を小走り。

 そして、問題の職員室にたどり着いた。

『昇。いいか。意外と仲間思いなお前はきっと他の連中を救いたいと願っているはずだ。お前が真にそれを望むなら、俺から送るアドバイスは1つだ。社会は理不尽ばかりだ。お前も怒りっぱなしになるだろう。だけど諦めるな。〈発電所〉に贈られた人間の寿命は5年だ。他の家なら活きがなくなった人間は破棄するが、伊東家は資源を無駄にはしない家だ。お前が寿命で死んでいない限り、他の連中もまだ生きているし、お前が抗っても他の奴を見せしめには殺さないだろう。だから諦めるなよ』

 中から聞こえてきたのは、メッセージの再生音声。

 その中身は、これから昇がしようと思っていることを予想して残したかのようなものだった。

 そこから明奈は昇が戦っている本当の理由を察することになる。

 すべては当然分からない。

 しかし、昇が大切なものを奪われていること。そしてそれを取り戻すために戦っていることはなんとなく分かった。

 大切なものを奪われた経験は明奈にもある。

 2年前、故郷の島で出会った大好きな師匠と先輩。彼らは明奈の生かすためにその命を投げ捨てた。もういない。

 昇も同じような苦しみを持っているということ。しかし、どうやら、助けたい人はまだ生きている。それが明奈とは違う。

 昇はまだ間に合う。

 明奈は不意に、しかし強くそう思ったのだ。

「ありがとな……先生……ありがとなほんと」

 昇の感謝の言葉は画面越しに通じつはずもなく、最後に『卒業おめでとう』という言葉でメッセージは終わった。

「いい先生だな」

 明奈は終わったころを見計らって、昇の元へと寄る。

「お前……」

「羨ましいな。私の学校はそんなんじゃなかったからな」

「どういうことだ」

「私の出身は寺子屋じゃない。いわゆる『学校』だ。〈人〉に尽くすための教育を受ける場所だった。私は、それから成人してすぐに良い師に巡り合えたが、他の子はそうはいかなかっただろう。弟子や生徒を大事にしてくれる師匠や先生は貴重だと、今ならよくわかる」

「そうかお前もいろいろ苦労してきたってことか」

 昇の顔は、すでに傷を受けた苦しみの顔ではなく、無謀な戦いに挑む決意を新たにした表情をしていた。

「武器よこせ」

「行くのか?」

「なんなら手伝ってくれてもいいんだぜ」

 明奈はその顔に少し頼もしさを感じたものの、素直にうなずきはしない。

「断る。あの女と戦うことにメリットはない」

 明奈が述べたことは事実だ。確かに共感する部分を見つけたが、感情で絆されてすぐ動くほど安い身ではない自覚もある。

 昇に同情するだけでは明奈は戦う気にはなれない。

 しかし、それだけではない可能性があるのなら、自分ができる範囲で助けてあげてもいい。明奈はそう思っていた。

 もしも自分と同じ経験をしていても、そんな彼を助けることができたら、2年前、見捨てて逃げることしかできなかった愚かな自分からようやく卒業し、先輩に少しは顔向けできるかもしれない。

 そんなエゴが、明奈の心の中に発声していたのだ。

「お前、メリットがあれば、動いてくれるのか?」

「ああ。お前の武器改造も、私のエンジニアとしての経験を積むというメリットがあったからやった。もしも私に戦いを手伝ってほしいのなら、せめて囮ぐらいはできるという強さを見せてもらってからじゃないとな」

 可能性がない男の手伝いをするほどの余裕はない。しかしその逆もあり得ることを明奈は明言する。

 昇はその言葉でさらにやる気になったようで、

「おう。見てろ」

 自信満々に明奈に答えを返した。

「武器の新機能は2つ。その2つで奴を出し抜くには十分だ。使い方は武器を通じてお前の記憶に直接流し込む」

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