外伝2-4 歩 季里《あゆみ きり》
結界を張り終え、昇を逃がさないための準備を終えた敵の少女は建物の中に入ろうとしている。
その様子を見定めた昇は、改造された武器の感触を確かめて目を閉じる。
明奈はそれを見て呆れた。
確かに気持ちを落ち着けることは必要だが、敵が迫ってきている中で目を閉じるというのは、目で相手の動きを追うことを放棄していることと同じだ。
仕方なくその少女を昇の代わりに警戒することにした。
彼女が歩領の人間であることは疑うべくもない。服についているエムブレムが家紋であるからだ。
しかし非常に珍しい武器を使っているのを先ほど確認している。
明奈は旅の中で〈人〉との戦いを何度も経験してきた。その中で〈人〉に九通する1つの傾向を読み取っている。〈人〉の中でも地位を持つ、例えば領地を任されるような者たちは、それをするに十分相応しい品位と力を求められる。この戦乱の中では、どのような武器を使っているかも品位のうちに数えられるだろう。特別な地位にいる〈人〉はそれに相応しい特別な武器を持つことが多いのだ。
歩領は分家を持つほど大きな地位を持っていない。本家のみが存在して、一点集中の組織となっている。
つまり今攻めてきている相手は、本家に連なる者の可能性が高い。
そして歩家の中で前線で戦う女性は一人しかいない。
それは
この伊東家に来る前にある程度伊東家領の下調べは行っていた。その中で歩季里の名前も見たことがある。単独で行動することが多く、伊東家の中でも特別な剣を使いこなして実績をあげていることで、評判はいいらしい。その点も、今の襲撃者の少女によく似ている。
ただの人間の昇には相当厳しい相手だが、明奈が行っている旅の目的はそれよりも相当厳しいものだ。しかし明奈から言わせればこの程度の相手に苦戦をする人間を何かに使おうとは思えない。
「行ってくる」
「ここは戦場だぞ。目を閉じるな」
「あ、悪い。いつもこうして
「まあいい。手は貸さない。まずは勝て」
「ああ、行ってくる!」
グローブから炎を噴射し勢いづいた、昇の次の戦いを後ろから明奈は観察するため、身を隠せる場所へと移動することとした。今日が初対面のはずの男に肩入れをしたのを、たった今不思議に思いながら、それでも悪い気は全くしていなかった。
歩家本家の〈人〉である、
歩家は伊東領の傘下の家であり、領主の伊東家はそれにたいそうお怒りのようで、当主は後日、罰を受けることになる。しかしそれとは別に、歩家にすぐさまその脱走者を捕らえ、元に戻すことを命令したのだ。
そこで手が空いていた季里が逃亡者の追跡を行っていたのだ。
「はぁ……」
よく人間たちは〈人〉が全員、人間を好きに虐げて遊んで暮らしていると考えている。しかし、そのような貴族生活をしているのはほんの一握りだ。
〈人〉の中でも、家ごとに格付けが行われ、領地を統括する徳位家の傘下の家は、上の格の家に基本的には逆らえない。もちろん人間ほど悲惨な生活を送っているわけではないが、〈人〉の中でも弱い立場は結局、強い者の理不尽に従い、日々を生き残るのにたくさんの苦労をしている。
最近、季里はそれが少し退屈に思えてきた。
自分が〈人〉だから、もっと我が儘に生きていけないのかとは考えていない。しかし、このまま歩家に尽くし、人間の管理と上からの圧力に耐える生活のままでいいか、少し疑問には思っている。不自由ない生活だが、代わり映えしない伊東家の絶対支配に流れながらせっかくの生を謳歌できるかは、少し疑問に思える。
「結局これも、ただのパシリだもん。ミスしたのは私じゃないのに」
愚痴を言って、もう一度ため息をつく。
しかし、ここで何を言っても、自分の何かが変わるわけではないのだ。
季里は思考を切り替えることにした。
今、逃亡者は廃墟の中にいて、そこから出てこない状況となっている。
死んだかと思う一方、それをにわかにも信じられない気分だったのだ。
最初の戦った時、その逃亡者の技量に驚かされたものだ。何年間も腐敗停止液水槽の中に閉じ込められて、脳に強力な負荷をかけていたにもかかわらず、その動きは鈍ってはいなかった。
逃亡の間に武器だけでなく、体も仕上げていたと考えれば、あの男は人間でありながら〈人〉と戦うつもりだったということ。
(ただの馬鹿か、それとも、私が思っている以上に厄介な相手か。いずれにせよ、確かめる必要があるな)
油断はしない、剣を構え、テイルを十分に注ぎ込み、敵がいつ来ても構わないように、その剣をしっかりと握る。
ふと、気配を感じたとき、再びの戦いの気配を感じ取った。
(来る……!)
その時、季里に向かって猛スピードで突っ込んでくる男がいた。拳に炎を燃えあがらせ、なんの躊躇いもなく突撃してくる。そのスピードは先ほどよ2倍近く速い。
武器職人によってつけられた新機能の1つ。炎をチャージして一気に放つことで瞬間的なエネルギーを爆発的に増大させることができる。その機能を使い、放った炎を推進力として、足での移動では不可能な速度での突撃を可能にした。
季里は剣に黄金の光を纏い、冷静にその
「馬鹿の1つ覚えというのはこのことか?」
「うるせえ! てめえは殺す」
「頭は冷えたようだが、元々馬鹿では救いようがないな」
最初に激突したときと違いいくら炎を出しても、今度は弾くまで押しきれなかった。先ほどの反省を生かし剣に使うテイルの量を増やして、向かってくる攻撃に対応している。
結局3秒の間優劣はつかず、季里が蹴り上げを振るうのを昇が距離をとって躱すことでつばぜり合いは終わった。
2人の間に距離ができたことで季里は再び自信の得意な戦法に切り替える。剣に光を宿し刀身を伸ばして鞭として、昇に猛攻を仕掛けた。
(来たぜ……ここからだ!)
先ほどの戦いで、長い時間攻めあぐねていると、どんどんと追い詰められるのは実証済みだ。故に、勝負は短い時間で行わなければならない。
迫る攻撃に、昇は先ほどと違い、拳を当てて弾くことを多めにしながら攻撃を
(馬鹿ね)
躱せなければ弾く。そうすれば鞭が違った軌道をとり隙が見えるかもしれない。昇の考えることは季里に手に取るようにわかる。
しかし、戦いに『かもしれない』はご法度だ。
季里がその程度のことを考慮しないで鞭を使っているわけはない。
「ち……」
昇の舌打ちを、
(苛々してる)
季里は冷静に見抜き、頭に血が上って判断力が低下する可能性を予測する。
そんな昇の前に1つの隙など見せない。迫る鞭の猛攻は先ほどと流れは違えど、戦いを同じ結果へと導こうとしていた。
昇に勝ち目はない。
しかし、昇はしつこく刃に炎の灯った拳を当てる。
季里にはその行動が少し変だと感じながらも、これ以上の進展はないと判断した季里は止めの舞へと移行した。
徐々に逃げ場を狭め、絶対に逃げられないところに、最高の威力と速度を保った一撃を与える。
「くそ……がぁああああ!」
「まずは、右足ね」
そして、昇に季里の狙い澄ました刃が迫った。
その時。
季里の思考に違和感が芽生えた。先ほどの戦闘とは違い、今自分の目に映る昇の顔は苦しさを訴えるものではなかったのだ。
その時。
鞭から激しい炎があがる。その炎は物体を動かすエネルギーとなって、季里の意図しない方向へと鞭を動かした。あり得ない力をうけ、季里の斬撃は崩れるだけなく、その影響は使用者の季里にまで及び、剣が手からすっぽ抜ける。
「え?」
何が起こったのか分からず、季里の動きが鈍った。
「来たァ!」
これがグローブの新機能2つ目。拳を当てたところに炎の種を留めることができ、昇の意志で留めた種から激しい炎を生み出すことができる。
先ほどから炎を剣に当て続けていたのは、種を剣に仕込むためだ。
「く……!」
「いくぜクソ女ぁ!」
武器を失った季里へと距離を詰め、その後炎拳を繰り出した。
季里は藍色の光のシールドを展開し、それを受け止めようとするが。
「さっきと同じだと思うなよ!」
チャージされた炎がそこで一気に突き出した拳の破壊力を高める。
「宣戦布告だ! 歩家! 俺はてめえらをぶっ飛ばして、みんなを助ける!」
「貴様ぁ……!」
シールドは破壊され、炎の拳は季里へと届いた。
拳の勢いのままに、昇は季里をぶっ飛ばした。季里は先ほどの昇と同じように廃校舎の教室に突っ込み、そのまますぐに立ち上がることはできなくなった。
昇は季里が立ち上がってこないのを、突如の反撃を警戒しながら確認する。
そして季里が意識を失っているのが明らかになると、昇の顔には勝利を誇る笑みが浮かんだ。
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