外伝2-2 出会い(後編)

 現代の倭において子供への教育機関は様々ある。前時代のようにできる限り偏りのない基礎的で必要な教養を教える慈善団体、小学校や中学校と呼べるものはなくなっている。

 現代で学校と俗称で呼ばれるものは、基本的に12の家で働くのに必要な知識、技能、そして倫理、道徳を英才教育する場所だ。運営、管理はすべて徳位の華族が行い、自分の領地に必要な人間をつくりだしている。

 それに対し、以前のように組織だった教育は、徳位の華族が支配する世でできないため、教育意欲のある個人が子供の保護と教育を行っていることから、〈寺子屋〉という名前が復活して使われている。

 江戸と呼ばれた倭の前時代に存在していた時に比べその意味を変えてはいるが、子供に教育を、という元々の意味は失われていないため、その名を反対する者はいない。

 〈寺子屋〉という名前ではあるが、建物としては旧時代の学歴社会にあった塾という組織に近いだろう。そこが学校の代わりに機能し子供たちを教えていたと考えればいい。

 明奈が3日前この隠れ家に初めて来たときも、職員室には、そこの生徒だった子供について書かれた資料が数多く見受けられた。

 建物には職員室のほかにも教室や実験室、家庭科室など教育施設として様々な教養を子供に教えるための部屋が未だ数多く見受けられる。人間の孤児に向けた隠れ家的な存在であったようで、近くに寮がありそこで暮らしていた形跡もある。

 しかし今はなにもかも使われていない。

 何者かの襲撃を受けて今は建物の内部の半分以上が壊れてしまっている。ここに在籍した生徒も先生もおそらくはもう生きてはいないだろうと思えるほどに、何者かの破壊と蹂躙じゅうりんを受けて、当時の穏やかな生活を窺わせるものは一切ない。

 しかし、雨を凌げれば、明奈にとっては問題はない。

 職員専用の仮眠室は未だかつての原型を保ち続けており、そこで明奈はあらかじめ用意してあった寝具に倒れこむ。

 本当はご飯もまだ食べていないが、追手に追われてきた今はそれ以上に眠かったのだ。

「疲れた……」

 そのまま明奈は意識を失った。




 夢の中で毎日見させられ続ける。

 最初は幸せな夢だ。もしも2年前大好きな先輩と、憧れの師匠が死んでいなかったら。

 きっとこうなっただろうという旅の続き。

 別に取り立てて特別なことをしない、ただ先輩の旅について行くだけの幻。

 先輩と話ができるだけで、心が躍った。

 先輩たちと一緒に居られるだけで嬉しかった。

 しかし。

 その夢の中で一度眠ると今度は悪夢になる。

 今度は現実の再現。

 目の前で敵の女とその仲間に苦しめられて殺される。

 〈影〉の奴らの歪んだ正義感のためにその命を奪われる。

 明奈はその正義感が許せないわけではない。

 自分勝手な理由で先輩を殺したことが許せない。

 裏切り者のあの女とその仲間。そして彼らがそのために成し遂げたすべてに復讐するまで、この命を燃やし尽くすと決めたのだ。




「行くぞクソ女ァああああああ!」

 誰だか知らない叫び声で目を覚ます。

 耳を澄ますと爆発音が聞こえてきた。

(誰だ……?)

 戦っていることが解り、明奈は身の危険を感じて疲れがとれないなかすぐに起きて戦闘準備をする。

 本当はようやく身を隠せるところが見つかり、2日徹夜した後のようやくの睡眠だったが3時間も経たずに起きることとなった。

 しかし命には代えられない。重い体を起こし、その戦いの様子を見に行った。

 寮を出て、念のため〈透化〉と呼ばれる、相手から見ると、自分が透明で見えない錯覚を起こす、テイルによって実現可能な戦闘支援技術を使った。これで戦闘を行っている何者かから自分は見えなくなる。

 戦っているのは屋内ではないことに気づき、明奈は屋外に出た。

 そして外の広場に出た時、そこで炎を宿す拳を振るう少年と、剣の刃に光を宿し、長い鞭に変化させて少年を追い詰める少女の姿を視認した。




 少女の使う武器は今や剣だったと気づく者はいないだろう。規格外の長さを誇る巨大なむちにしか見えない。

「野郎……!」

 少年が苛立ちを見せる。一方、少女は久しぶりに武器を振るえることが喜ばしいのか、狂喜の笑みを浮かべ、駄犬のしつけを始める。

 20メートル以内が攻撃すべて攻撃範囲となるために、少年はそれ以降、少女に近づくことができない。並みの鞭使いであれば、一度振った後に隙を見定めることができる武器だが、これが上級者になるとそうはいかない。

 武器を振るう本人だけを見れば舞踊を踊っているように見えなくもない、戦いに必要とは思えない動きとなるが、武器を伴うと、それが攻撃後の反動や隙をできる限りカバーして、相手に猛攻を仕掛ける動きとなる。

 少年は、長い得物であっても的確に扱い己を狙ってくる刃の大蛇を前に、次の攻撃を仕掛けられなくなった。

 上空からの叩き潰しを躱し、直後に来る薙ぎ払いを炎の拳で弾く。

 そして接近しようと駆け出すも、すぐに次の攻撃が来る。間一髪で水平に払われた剣戟の下をくぐり抜け、少女のところへ己の拳を突き立てようとする。

 しかし、視界の外から刃の先端が襲い掛かり、少年はやむなく炎の拳でその攻撃を受け止めるしかない。

「ぐ……!」

 相殺しきれなかった。

 せっかく詰めた距離もまた離され、巻き起こる刃の鞭の嵐によって、確実に少年は疲弊していく。

 何より少女がうまいのは、相手を自分に近づけないことではなく、相手を逃がさないことだった。少年が一度体勢を立て直そうと攻撃範囲の圏外に出ようとしても、それを許さない。

 疲れが見え始めている少年の体には徐々に、刃が掠めて皮膚が切れた痕の血が何か所も見え始めている。

 この状況を見れば劣勢は、少年の実力不足と武器の相性が悪いことが大きな要因だと判断されるだろう

 しかし、人間の少年が元々持っているテイル粒子の数は2000であるのに対して、〈人〉である少女はその15倍近くの約30000。

 これほどの差があれば、そもそも武器や戦い方のスペックが異なる。例えば今の少女の猛攻を形作っている刃の鞭は1分維持するのに2000のテイル粒子値を使う贅沢な武器だ。

 そもそも、人間と人では使える武器の質、そして戦いに仕えるエネルギーが大きく異なるため、衝突すれば、人間側が不利になるのは少年に限った話ではない。

「クソ……」

 少女がなにかを小さくつぶやいたのを少年は確認する。

 その言葉が何を示していたか、少年は奇跡的にひらめく。

(何かやばい……!)

 自分の背後を見ると、まるで蛇が襲い掛かってきたかのような高速の切っ先が見えた。見えた時にはすでに遅い。上に跳べばバランスを崩し次に耐えられない。しかし横に跳んでももう間に合わないし、下も上に躱すときと同様次がなくなる。

 炎を最大出力で放ち、その攻撃を受け止めるしか選択肢がなかった。

 激突。

 甲高い金属音が、その攻撃に秘められた威力がいかに高いかを示していた。炎を出しても受け止められなかった少年は、寺子屋の校舎の方へと吹き飛ばされ、窓ガラスを割って建物の中を突き抜けていく。

「やり過ぎたか……だが、まだ生きてるな」

 しかし、建物の中は外からでは詳しく見ることができない。このまま攻撃を続行すれば、危うく殺しかねない。

 そう判断した少女は、一度攻撃を中断し、敵の出方を窺うことにした。

 裏口などから逃げられないように、念のため寺子屋を覆う結界を作り、簡単に外には出られないようにする。




 明奈は一連の戦いを見て状況を察する。

 少女の方は〈人〉であり、少年の方は人間であることを理解した。

 人間が〈人〉に狙われることはよくあることだ。

 その理由は数あるが、このような闇討ちに近い行為で人間を襲う理由は捕らえて発電所に送るためであることが多い。

 万能粒子のあるこの時代は多くのライフラインがテイルによって支えられていることは先述の通りだが、その源とするために人間を監禁し、彼らが人体で生成するテイルを搾取し続けるのが〈発電所〉と呼ばれる施設だ。

 〈人〉は人間からテイルを吸い続けることで自分達の生活を安定させている。

 明奈も人間1人で旅をしているためか、幾度となく狙われた経験がある。

(さて……)

 明奈はこの後の自分の動き方を考えた。

 歩家に狙われている以上少女の味方をするのは危うい。故に少年の味方をするのか、それともこのまま逃げるのか。

 少し考えていると、少女が建物に結界を張り始めた。ここから少年を逃がさないための密閉空間を作ろうとしている。

 それでは結局明奈も逃げられなくなる。

(あ……しくじった)

 逃げるという選択肢がなくなった以上、もはや少年の見方をするしかない。

 明奈は少年がぶっ飛ばされた寺子屋に向け歩き出す。

 少年に味方し、少女を撃退するために利用しようと、今の戦いを振り返り策を練りながら、少年を探しに行くことにした。





「はぁ……はぁあ……」

 少年の体はボロボロだった。しかし歩けないわけではないのは唯一の暁光と言えるだろう。

 息切れもひどい。相手は、まだ余裕な顔なのに対してこちらはいつでも倒れて二度と起き上がれなくなりそうな始末だ。

 たまたま通りがかったところにあった鏡を見て、自分の情けなさに歯を食いしばる。

 この〈寺子屋〉は先ほどの少女が所属する歩家に襲撃を受けた。その日、みんなを守ろうとした先生は目の前で殺され、寺子屋に通っていた友と共に連行された。

 その日以来、少年に自由はなかった。ずっと己の中のテイルを奪われ続ける日々を過ごしていた。

 しかし少年はその夢に浸りながら日々を過ごし、終わりを迎えることを許さなかった。

「真紀……林太郎……如月」

 友の名前をここで呼んだのは偶然ではない。少年が千載一遇の脱獄をしたのも、無謀とも思える反逆を決意したのも、彼らを助けるためだ。発電所に幽閉されて、今も嘘を現実と思わせられながら、〈人〉に奪われ続けている彼らを救うためだ。

 〈発電所〉に入れられた人間は3年と命が続かないのが一般的だ。脱獄までに2年。もう、負けている余裕はない。

「俺は……勝つぞ……」

 ふらつきながら、痛みに耐え、鞭使いの少女に再び挑もうと〈寺子屋〉の廊下を歩く少年。

「真紀、お前と一緒になるんだ……」

 武器が壊れていないことを確認し闘志に火をつける。

「林太郎、如月、お前達は京都に行くんだろ……! 〈反逆軍〉に、〈人〉に苦しめられてるやつらを助けるヒーローになるんだろ……!」

 在りし日の幻影と、今の悲惨な現状を交互に目の前に映しながら、

「俺は、負けないぞ。あのクソ女に……歩家とかいう野郎どもに!」

 少年は叫んだ。

「ぶっとばしてやるよぉ! 歩の野郎どもがぁ」

 そして走り出そうとした。少女を倒し、歩家を滅ぼす最初の一歩を踏み出すために。

 しかし、この場に乱入者がいたことは、少年も、少女も気が付かなかっただろう。

「空元気だな」

「え……?」

 気合を入れていた少年も驚き、声が聞こえた方向を見る。

 そこには、少年とちょうど同い年くらいの目つきの悪い歩家の少女とは別の少女が立っていた。

「悪いな。ここがお前の居場所だとは知らなかった。ここは空き家だったから、寝床にさせてもらってた。騒ぎを聞いて起きて今に至る」

「ビビらせんなよ……! お前……人間か?」

「なんでそう思う?」

「雰囲気が〈人〉様って感じがしない」

「正解。まあ、金のない旅人なんだ」

 少女は殺気と闘気に溢れ武器から炎を出している少年を見て、気圧される様子を全く見せないまま告げる。

「さっきの言葉、本当にやる気なら手を貸してやる」

「お前みたいな女に何ができる」

 少年から見れば真紀と同じくらいに貧弱な体をした少女だった。

 しかし、その少女――明奈は強気に語る。

「お前を勝たせてやる。その代わり、勝手にこの建物を使ってた私を見逃してくれ」

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