外伝2 明奈:友達といえる存在(頂きへ挑む者)

外伝2-1 出会い(前編)

 銃声が響いた。

 戦いが起こっている。

 日本ひのもとは今、弱肉強食の世界。安住の地はなく、常に命の奪い合いが起こっている。

 そしてその命の奪いあいをしているのが、18歳以下の少年少女であるのも、もはや日常の光景なのだ。

「いたぞ、逃がすなよ」

 男たちは戦士。伊東家の傘下であるあゆみ家に所属し、普段防衛任務を担っている精鋭だった。

 何かを追っている彼らは人間ではない。姿形は人間であり、生物構造はほとんど人間と変わらなくても、彼らは人間を名乗らない。

 彼らは〈人〉だ。万能粒子〈テイル〉の存在により、食事を必要とせず、常に健康体を維持して病気にもならない知性体、人間という形を保ちつつ限りなく人間の欠点を消すことに成功した上位生命体。

 既にこの街は使われなくなって久しい廃れた街。構造物はまだ存在する者の、多くの場所が破壊され、部分的に崩れ、灰となっているのは、この地が何度も戦場になってきたことを示している。

 その中を独り駆けている人間の少女がいた。

 その名を、太刀川明奈たちかわあきな

 彼女は〈影〉と呼ばれる組織の幹部である女に師と先輩を殺されてから、復讐のために彼らを追っている。この地に訪れたのも〈影〉が暗躍していることを知り、今はどこにいるのかもわからない女の場所を聞き出すため、この地を訪れた。

 今、彼女は後ろから自分よりも年上の青年3人に追われながら、頭の中でこの場を切り抜ける方法を考えている。

(逃げながら遠距離狙撃は当たらない、迎え撃つしかない? でも相手は〈人〉、3人を一度に相手するのは骨が折れる)

 彼女は今、全速力で逃げることになっているが、実は彼女に非はほとんどない。強いて挙げるなら、彼女はこの辺りの土地の性質を知らないのが仇になったと言える。

 今彼女がいるのは伊東家の傘下、歩家が管理する領地であり、そこは人間が普通に生きることは不可能に近い地獄だ。

 

 


 倭を支配するのは、〈人〉の一族の中で最も権力を持ち、冠位の中で最も位の高い徳位の称号を保有している12の華族。

 旧名北海道の土地を支配する細羽家、旧東北地方の右と左をそれぞれ、松井家と伊達家が管理している。これらの家は伊東家と同様、人間の良待遇を一切許さない、人間差別主義の体制を敷いている。

 北関東は現在、実力主義派である宮本家の管理下にあるが、南関東は北条家が壊滅して以来、奪い合いが行われていて現在そこを統べる者はいない。

 中部地方北部をいったん飛ばし、近畿に行くとそこは、12家の中で最強と名高い御門家や、そして御門家と親しい家が存在する。中部地方の下側と旧滋賀、旧三重地域を統括しているのは、実力主義派筆頭の天城家だ。そしてその近くの旧奈良地域、旧和歌山地域を実力主義派、山崎家が支配している。

 そして京都は人間自治区があるものの、正式には御門家の領地だ。親人間派の御門家は四国、そして旧大阪付近と京都を自分の領地としている。そして兵庫と中国地方の右側を支配するのが親人間派の八十葉家、中国地方の左側を支配するのが実力主義派の森家だ。そして九州を支配する人間差別主義の二宮家、そして沖縄を支配する実力主義派の竜宮家。

 このようにみると人間差別主義の家が支配している領地がいかに多く、各地に根差した考えかが見て取れる。そして、伊東家はその差別主義の筆頭とも言われている家であり、たとえどのような存在であっても、人間である限りは奴隷、もしくはそれ以下の扱いを受けることは普通のことなのだ。




 無知を恥じている余裕は今の明奈にはないものの、それでも頭の片隅では甘えがあったことを後悔せざるを得ない。

 伊東家の対人間政策の徹底ぶりを舐めていた。

 伊東家では在住している人間の末路はいくつかあるが、どれもあまり人間にとって心地いいとは言えない。

 基本的には、人間は〈人〉の食料として扱われる。〈人〉の唯一の欠点としてテイルを自己生産できないため、自己生産できる人間を飼うことで補充することになる。テイルは現代で生活を送るのに毎日消費する必要がある上に、ライフラインもテイルによって支えられている。その源になるのは人間のテイルであり、人間を使えば使うほどリソースに余裕ができて、生活が豊かになる。

 そんな土地に迷子の人間が迷い込んだらどうなるだろうか。当然ながら、捕まって、誰かにテイルを奪われ続け寿命を迎えることになる。

 今明奈が追われているのも、歩家所属のパトロールの戦士に、人間として目をつけられているからだ。

 明奈は人間差別主義の土地というだけあり、さすがに身分の偽造は徹底的に行った。

 しかし、パトロールを担っていた防衛隊はさすがに感覚が鋭かったようで、住民ではない新顔の明奈に目をつけしばらく監視、食事の頻度が多いという観察結果から、明奈を外から来た人間と判断して襲い掛かってきたのだ。

 テイルが1日の栄養素を十分に補充してくれる体質の〈人〉は当然ながら食事を必要としない。食事はあくまで趣味の範囲で行う物であり1日3食はしないのだ。明奈はその点を失念しており、師匠から学んだ一日三食を実践してしまっていた。

(満足に食事も許されないとはね……)

 本来であれば、街を渡り歩きながら〈影〉の情報を集める予定だったが、もはやそのようなことを言っていられなくなった。

 目をつけられてしまった以上、明奈は、念のためこの領地からは一度撤退して、別の領地に逃げ込み機会を再び窺うのが賢明だろうと判断する。

 しかし、伊東家の領地と隣の天城家の領地は、まともな道にはすべて関所が敷かれている。逃げ道を検討するだけでも一苦労だ。最も心当たりがないわけではないが、ここからは遠く、このまま逃げながら迎える距離ではない。

(そろそろどこかで、追手を討たなければ……)

 明奈はすでに、今は使われていない廃屋を見つけている。そこを隠れ家にして休むためにも、追跡を解除しなければいけない。幸い、レーダーや自動追尾機なのは今持っている道具で妨害可能なので、対処すべきは人の追手だけだ。

 周りを見る。

 そして右手に細い道路が見えた。

 車両がギリギリ1台入りそうな幅であり、端は壊れているとはいえまだ形を保っている建物が並んでいる長い一本道。

 明奈はここで敵を迎え撃つ選択をした。




 歩家の追手3人は明奈が狭い道に入ったのを確認する。

 その道は曲がり角や裏道がしばらくないことを知っているので、相手の姿をはっきりと捉えられるこのタイミングで決着をつけることを決めた。

「トエ、アイツの姿が見えたらすぐにスタンガン」

 トエと言うのは名前ではなく仕事上の呼び名であり、スタンガンというのも、相手を麻痺させる弾丸を放つもののことを指す。

「道に入る……2、1」

 その掛け声とともに一本道に突入。

 明奈はそこに待ち受けていた。

 話し合っていた通りに、トエと呼ばれた男がスタンガンを放つ。

 しかし、それは明奈に届くことなく相殺された。己の中に存在する万能粒子テイルを用いて、明奈は銃を作り出し、そこから放たれる弾丸で、スタンガンの攻撃を相殺した。

 それだけではない。明奈の持つ銃の銃口からはさらに弾丸が放たれる。

 空中に作り出した透明度の高い光盾で防ぎ、同時に明奈に接近するのは接近戦を得意とする2人。

 明奈はここでもう1つの愛用している武器を出す。その武器は師匠から託された短剣だった。

「貴様……なめているのか!」

 接近戦の1人は怒りを見せる。無理もない。人間の作った短剣で〈人〉である接近戦担当の彼が愛用している、激闘をくぐり抜けてきた剣を防ぎきれるはずはない。テイルを多く注ぎ込み頑丈さが突出している大剣を防げる道理はない。それは少し考えればわかることだ。

 しかし、明奈は短剣のまま、斬りかかってくるその男の大剣を迎える。

 激突した。

 どちらの刃も壊れない。明奈の短剣の刃は白く光り、圧では絶対に負けているはずの大剣ははじき返す。

「なに……」

 もう1人が続けて攻撃を仕掛ける。もう1人の接近戦闘者は先ほどトエに指示を出したリーダー核であり、得物は剣先が重い特殊な直剣。扱いや威力の出方も特殊であるがゆえに初見では反応出来ず武器を弾かれる。

 しかし、明奈はその例に習わなかった。白く輝いた短剣で相手の高速の剣戟すべてに反応する。

 避け、弾き、弾き、そして気づいた時には、2本の直剣で攻めていた男がたった1本の短剣に負け攻守が反転した。

 明奈の狙い澄ました猛攻に。リーダー格の男は防御に集中するしかなくなった。

「く……」

 先ほどから涼しい顔で〈人〉である3人の攻撃を捌き切る明奈に、

「なめやがってぇ!」

 態度が気に入らなかった大剣使いが再び襲い掛かるが、明奈は〈爆動〉を使用して後ろへと高速移動した。〈爆動〉はテイルを使って自分の体を任意の方向と速度で高速移動をさせる戦闘支援技術の1つだ。

 明奈は時速80キロの速さで1秒後退しながら、相手に銃を向け、高速移動の最中とは思えない高精度な銃撃を1発放った。

 それはリーダーの男の盾に防がれてしまう。

 しかし、明奈は笑った。

「爆ぜろ」

 その言葉がトリガーとなって、盾に当たったはずの弾丸を起点に突如大きな爆発が起こる。

 煙が巻き起こり、リーダーからの指示が響く。

「警戒!」

 煙で視界が悪くなった中では当然の行為だ。全員がそれに従った。

 煙が晴れる。明奈は変わらずそこにいた。

「小賢しい真似を……!」

「小賢しいかどうかは後ろを見てからにした方がいい」

 戦闘の中で初めて口を開いた明奈から告げられたのは後ろを見ろと言う宣告。

「ロウ、後ろを」

 リーダーの男は明奈を警戒しながら、大剣使いに見るように指示。

「な……」

 その大剣使いは直後、驚きのあまり声を出した。

 死んでいた。呼吸を確認しなくてもわかる。短剣によって絶対に絶命するだろう箇所を綺麗に斬られていた。

 先ほど視界をつぶす煙が上がっていたのは、わずか5秒ほど。

 その5秒でヒットアンドアウェイをして、明奈はまた同じ場所に戻ってきている。

「あっぁぁあああああ! 人間風情がぁああああ!」

 大剣使いが、1人突出する。

「待て!」

「人間に殺されるはずがないんだよぉ! 〈人〉がぁ!」

 明奈は怒り狂った大剣使いに呆れた顔を見せながら、銃口を向け一撃。

 しかし放たれた弾丸は簡単に弾かれる。

「ハハハハハ! あいつは殺せても俺には通じねえ!」

 明奈は冷静にもう一発を放った。

 それを大剣の腹を盾に防ごうとする大剣使い。しかしリーダーの男はその後ろから弾丸が先ほど放たれたものと違うことを見てしまった。

「ダメだ!」

「何が――」

 それ以上の言葉を大剣使いが言うことはできなかった。弾丸が着弾してすぐ、特殊弾に封じられた特殊効果が発動する。大剣に大穴が穿たれ、それを同じだけの穴を体につくられた大剣使いはもう言葉を紡げない。

「く……」

 残り1人。

 ここにきてようやく認めざるを得ない事実を突きつけられる。リーダーの男は手を挙げ敗北を宣言した。

「おかしなことを」

 勝てない。それはこの領地では間違っても〈人〉が人間に抱いてはいけない感想だった。

 しかし、そのリーダーの男は認めてしまった。

 明奈と自分との差は明らかなほどに開いていると認めるしかなかった。

 勝利は諦めて、命だけでも助けてほしいと、甘い、覚悟を見せるその男に明奈は笑みを見せながら告げる。

「私の命を狙った者に、情けをかける理由はないだろう?」

 最後の銃撃が放たれたのは、そのすぐ後だった。

 




 追手を始末して、さらに逃げることしばらく。

 まだ太陽が昇らない時間にようやく隠れ家に到着した明奈。

 隠れ家は少し変わった建物だった。

 そこはかつて〈寺子屋〉として呼ばれ、子供の教育を行っていた学校のような場所。広場やたくさんの教室があり、明奈が自分がかつて在籍した学校を思い出すような、内装をしていた。

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