外伝1-3 司家

 本来当主というのは、その領の中の頂点に君臨する者であり、基本的に当主の決定には下位の者は逆らうことはできない。

 それ故に、主な仕事は、領内で行われる公務や対外政策における施策、試案の最終確認と承諾、もしくはその否定だ。当主のさじ加減一つで、領内で何を理念とし何が行われるかが決まるのである。

 しかし、今の八十葉家はたとえ光が是と言おうと非と言おうと関係なく、各領主が動くの状態だ。命令違反は光が当主になってから急増し、今は本家の影響力がかなり小さい状態と言わざるを得ない。

 それに対し光の行動に問題がなかったと問われれば、本人もそれには否と答えるだろう。

 光は基本的に他人を恨まない性格をしている。その状況を見て、当主としての威厳と実績が足りないからだと考え、様子見を決めてしまった時点で良くなかった。本当は、分家や傘下の連中が徒党を組んで本家を、特に光をつぶしてやろうと画策していたのだから。

 父は当然そうではなかったし、偉大な兄がこのような失態を晒すはずはない。光はますます己を悲観するしかない状況だった。

 しかし、ここで逆を問うてみたい。

 光のこれまでの行動が、この惨事を引き起こしたのだろうか?




 司家当主、司仁つかさじんは、本家から光が来ると聞き、快い笑みを浮かべながら応接室に座っていた。娘の桜花を横に立たせ、たびたび外部と連絡を取っている。

「お父様……先ほどから、ご機嫌ですね」

「それはそうだろうとも。もうすぐ……八十葉家は俺のものになる」

「はい……? 何を……?」

「当主は今はただの小娘だ。宗一様がいなくなった時点で八十葉家は終わっていた。なら、俺がその後を継ぐ」

「世迷言、にしか聞こえません」

「そうだろう。桜花、お前には何も話していなかったからな。だが、これはかねてより決めていたことだ。本家を交えなかった会議で、俺につくといった八十葉家領の華族は多い。他もほとんどが日和見を決め込むつもりだろうさ」

 そこに慌てた様子の臣下から、桜花へと連絡が入る。

 その内容を訊き、鈴香は頭が真っ白になった。

 当主を乗せた移動車が、何者かに狙われ、車は爆発の後大破、当主は行方不明になっているという。

「父上……」

「来たか?」

「来た……?」

「当主が行方不明と言っていただろう?」

「なぜそれを」

「なぜもなにも、それを俺が仕組んだからに決まっているだろう」

 そして桜花はまたも驚きのあまり絶句する。父のとんでもない暴挙、当主殺しという大罪を犯したことに。

 しかし、桜花は父の動機が理解できないわけではなかった。

 五十年前の戦いで八十葉家は司家を下し常に、司家は従属を強いられてきた。古来より由緒正しい家系だった司家は、当時はまだ伝統がそれほど残っていない八十葉家に負けたことを末代までの恥とし、二代前の当主は、いつか必ず八十葉家を地獄を落とせと言う家訓が伝わっている。もちろん、本家には秘密なのだが。

 その言葉のもと、今までは反対派という立場ではあったものの、八十葉家に仕え、いつか復讐をするための好機をうかがっていた。先代当主、孝元の頃から根回しをし、八十葉家領内、そして領外に至るまで、いつの日かの反逆に協力する家を集めて来た。本家のネガティブな噂を信じさせるその手腕は見事の一言だろう。

 そして孝元が死に、当主がまだ経験の浅い無能な者に変わった今を好機とし、かねてより計画していたことを、行動へと移したのである。

 司家の誇りを汚されたことを父が根に持っていることは、娘の桜花もこれまで数々の場面で目にしている。

 しかし、司家次期当主候補である娘の桜花は、実は光にそれほどの恨みを持っていない。

 家への愛着親がないわけではないし、司家から八十葉家殺すべしという教育を受けてきて多少は影響されている部分もある。その上で、桜花は今の八十葉家に問題はないと考えている。

 自分の領地を持ち、その地に住まう人間を管理する華族。しかし、その生活と施策は、領民によって支えられている。戦乱の世においても自領の平和を維持するために戦い、安定した生活を保障する代わりに、領民から税を取っている。他の地域はそうではないかもしれないが、少なくとも親人間派の御門家と八十葉家は、この思想と体裁をとり、これこそが自分達と人間を繋ぐ大切な契約なのだ。

 そして安定した生活の保障は、最低限の衣食住だけではない。日々領の人間と交流し、その親交を深め、更なるサービス向上を行ってこそ、住民は納得してより多くの税を領主へと納めることも納得する。そうすれば、自然に軍や自分たちの施政、給料や技術革新につながり、ますます、領の発展に繋がっていく。

 今の光が行っている、人間への待遇改善はまさにそれをより進める第一歩となるもの。他の地では愚行と呼ばれるかもしれないそれも、親人間派を掲げる八十葉家であれば不自然ではない。

 しかし、八十葉家がこれまで掲げてきた、あくまで〈人〉の支配優先という思想を頑なに信じ、人間の待遇改善に賛同できない者もいる。純粋にかつてからの伝統を守りたいという者もいれば、実は人間を陰で酷使していて、後ろめたさから反対する者もいるだろう。なにより司家がその後ろめたい家の1つであり、桜花は常日頃から父に呆れていたところだ。

 そのためいつか当主になるまで、この父の愚行を見逃し自分の代で改善しようと、桜花は思っていたのだ。

 桜花は、密にだが、多くの人間と友好的な関係にあるほどに、新人間派という立場に誇りを持っているからだ。

 しかし、父がまさかこのタイミングで暴挙に出るとまで測れなかった桜花は、とんでもない事態になった現状に、今後自分がどうすればいいか分からず、頭が真っ白になった。

 司家は当主への襲撃でもはや敵としてみなされるだろう。

 これから始まるのは、八十葉家領内での大内乱だ。しかし、桜花は未だ司家の構成員に過ぎない。当主の命令に逆らう力はなく、父の動きを窺うことしかできない。

「桜花。お前にも手伝ってもらうぞ。八十葉家にとどめを刺す私の戦いを」

「父上……失敗すれば、命はありませんよ……?」

「ふん、安心しろ。もはや今の八十葉家に我ら反逆連合を倒す力はあるまいよ」

 にやりと当主が笑ったと同時に、司家本家に、来客を知らせるインターホンが鳴る。

「む……?」

「父上、出てまいります」

「おう。今は大事な時期だ、私は不在だと伝えよ」

「はい……」

 桜花は応接室を一度退室し、本家の玄関へと歩みだす。

 司家の本家は、それほど大きくはない。30秒もせずに玄関へと向こうことができる。

 そして向かった先で、桜花はさらに、言葉に詰まった。

「ごめんください?」

 扉を開き、すぐさま一礼をする。

 桜花が開いた扉の先、本家の玄関に立っていたのは、正真正銘、行方不明とされていた八十葉光とその近衛だったのだ。

「……父上に御用と伺っております」

「ええ。いいかしら?」

「はい、どうか、応接室の方へ……」

 桜花に拒否権はない。家に訪れた光を案内する。

 それが戦いの火ぶたが切られることになるきっかけであるのも知らずに。

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