外伝1-2 敵だらけの八十葉家

 光へ。

 久しぶりだな。最後に会ったのはもう3年も前になるか。

 まずは、安心してほしい。

 俺は元気でやっている。家を出て次期当主の座をお前に押し付けた俺が言えた義理ではないが、ストレスもあれからとんとなくなってな。お腹が痛くなることがほとんどなくなった。

 新しい仲間もできたんだ。今度紹介しよう。

 ……さて、いい話を次は悪い話だ。

 実は今回手紙を出したのは、お前にとって悲しい現実を突きつけることになるからなんだ。

 まずは落ち着いて読んでほしい。

 もうすぐ、八十葉家は二分する。

 お前の今の政策を俺はよく知っているつもりだ。お前は俺が当主として成し遂げようとした新人間派としての改革をかなり進めてくれているみたいだな。俺はそれがとても嬉しい。

 だが、その一方で古来より八十葉家に仕えてきた者たちが納得いっていないうえに、お前の治世に反対しているだろう。

 それだけならよかったが、連中、遂に何か行動を起こしそうだ。

 詳しいことはわからない。しかし、どうやら本家に対し武力蜂起をする可能性がある。首謀者となっているのは分家の一家、司家だとおれは睨んでいる。

 しかし、生憎とまだ証拠がつかめなくてな。ここで八十葉家からも少しアクションを起こしてほしいと思う。もしも証拠があがれば、内乱が起こる前に断罪できるだろう?

 最悪な結末にならないことを祈っている。俺も俺で動くつもりだがあまり期待はしないでほしい。

 なにせ今の俺は何の権力もないただの野良犬だ。

 光、どうか、命だけは気を付けてくれ。たとえ八十葉家がなくなっても俺はお前を恨まない。

 いつでもこちらで引き取る準備はある。

 だが、もしも、光が八十葉家であることに誇りを持っているのなら、頑張れ、たとえどんなことがあっても。




 光は手紙を閉じる。

 その顔は後に部屋に入ってきた近衛が久しぶりに見た当主の笑顔だった。

「光様、いかがなさいましたか?」

 最近光の護衛を務める近衛、鈴が光に尋ねるのはそんな事情もあってのことだろう。

 しかし光はすぐに笑みを消す。

「聞き捨てならない密告だった」

「笑みを浮かべていらっしゃいましたが……」

「知り合いからだからね……」

 かつての近衛と親衛隊は源家本領の戦いの折に全滅した。故に今の近衛と親衛隊は正真正銘、光が一から鍛え上げた者たちだ。光の心からの味方と言えば今は彼らしか存在しないだろう。

 八十葉家の中にも元々当主と本家に同意を示す支援者と、八十葉家全体をより良くするために、あえて当主と意見を異なるようにする者がいる。

 しかし、現在、その反本家派の光への当たりはかなり厳しいものになっている。




 光の代になってから、光は本来宗一がやるはずだった改革を始めた。

 差別意識と扱いを少しずつ撤廃し、人間がもっと活躍できる社会を。それが宗一が唱えた方針だった。

 人間の中でも優秀な者に、本家や分家、傘下の家の中央組織の一員となるように促し、人間側の視点を持ったアイデアを積極的に採用、親人間派としての態度をより強調しようというものだ。

 光はその宗一の意志を継ぎ、親人間派としての動きをより強めようと、様々な政策を打ち出した。

 まずは本家の改革を行った。本家のテイル研究所、軍、八十葉家の治世中枢である委員会に、人間を積極的に雇用した。さらに自分の近衛や親衛隊にも、〈人〉ばかりではなく、人間の中でも厳しい戦闘試験をくぐり抜けた優秀な人間をおき、その割合は半分以上を占める。

 そしていざ、その方針を分家にも推し始めたときに、反本家派から猛烈な反対を受けることになる。

「ふざけるな! なぜあんな下等生物どもとなれ合わなければならない」

「奴らはあくまで下位種。 活躍の場を広げるのはいいが、それはあくまで八十葉家の利益につながることのみです」

「光ちゃん、八十葉家の信念を忘れたわけではなかろう。君の我がままと八十葉家の繁栄は違うものだ」

「馬鹿なことを言うのはやめなさい。光ちゃん、君は当主として、人間を管理する者だ」

「彼らはあくまで労働力であり、テイルの供給源だ。現状でも彼らは十分に良い待遇を得ているはずだろう」

 今のままでも十分というのが、反対派だけでなく、いままで当主側だった者たちの意見だった。

 八十葉家の人間には、犯罪を犯さない、もしくは能力的に劣らない限り衣食住を確約する。まっとうに生きられる環境を用意しているだけありがたいと思え。それが彼らの人間に対する考え方だ。

 しかし、それはいいのだ。そもそも改革に反対がないなどとは思っていない。長い時間をかけて、まずは本家で改革による利益と結果を出し徐々に賛同して貰えればいいと思っていた。

 しかし、光と八十葉家の他の家との軋轢を生んだ理由は、さらにほかにもある。

 まず、光を当主として認めない者がそもそも多い。孝元とは違い、光は女性であり、理性的な判断を求められる場面で感情的に動きそうだという偏見と、まだ未熟と言う偏見などが重なり、今でも『光ちゃん』と彼女を様づけで呼ばない者もかなりいる。挙句の果てには、自分の家の男を婿にとってはいかがと、自分の家の価値を上げようとする不埒者も数々出始める始末だ。

 さらに2つ目は、この親人間派の改革をあろうことか、宗一だったそうはしなかったと他の家の者が言い始めたこと。光は自分が未熟者だという意識はあるし、今は当主として認められなくてもしょうがないとは思っている。

 しかし、兄を全く理解できていない者が兄を語ることが許せなかった。

 そんな理由もあり、頑なに改革を進めようとする光と、改革をやめさせようとする他の家との軋轢がよりはっきりしてきている状況だ。




 この前の会議を光は思い出し、ため息をつく。

(さすがにこの前のアレはやりすぎたかもな……)

 つい先日行われた会議では、光と司家当主との口論が勃発。

 きっかけは、近衛である鈴が八十葉家領の領内会議で、お茶を配っていたときの話だ。

 司家は鈴が入ってきたと同時に彼女を拘束し始めた。さすがに近衛に手を出されて黙っていられない光が、司家にこの狼藉は何なのかと尋ねる。

 司家当主はそれに、呆れと怒りをもって応えた。

「人間如きが、この会議の場に立ち入るのはおこがましいということだ。小娘」

「小娘……?」

「貴様は当主にふさわしくない! このような下賤な者を、誇り高い当主の近衛に据える時点で、器が知れるというもの。結局それは1年待ったが変わることはなかったな! そもそも源家本領の戦いにおいても、貴方が人間など見捨て〈落星〉を使っていれば、首謀者を逃がすことはなかった! そこからも分かる通り、貴方は人間にやさしすぎる。さらには発電所をなくすなど――」

 様々な当主批判がその場で行われた。

 会議の場で様々な家の代表者がいる場にもかかわらず、反論が出ないのが、今の光の状況を表している。

 しかし、光は、自分への批判には何一つ反論しなかった。

 その代わり、鈴は何も関係がない、と主張する。

 司家から帰ってきた答えは、

「今すぐこの女を殺せ、貴様が当主であるのなら! 人間は支配されるべきものだという八十葉家の伝統を継ぐ意思を見せろ!」

 という答え。

 さすがに会議の場で武力行使はまずいという他の家の代表者が司家の暴挙を止めたものの、会議はすぐに中止となった。

 その後、会議すらまともにできない愚かな当主というデマが広がり、光はさらに立場的に追い込まれることになったのだった。

 今、光に同調する家は、光に反対する家より遥かに少ない。

 毎日のように嫌味と当主批判を受けているためさすがにストレスもたまるというものだ。

 しかし、光が当主としてふさわしくないかと言われたら、そんなことはないだろうと、鈴は思っている。

「光様、先ほど家に住民からの手紙が届きました」

「そう?」

「はい、内容の精査のため先に目を通しましたが、すべて光様への感謝を示す手紙でした」

 結局、光を嫌っているのは偉い奴らなのだ。

 八十葉家領には多くの人間が住んでいて、不当な差別をなくして待遇を改善しようとする光の動きを、多くの民衆は支持している。今も鈴によって届けられた手紙の数々がその証拠だ。

「ありがとう」

 それに目を通し、時折満足そうに見ては、涙を浮かべている。

「光様……、大丈夫ですか?」

 凄まじいストレスを抱えているだろう主に、鈴は最近これを訊いてばかりだ。

「鈴。御免なさいね、いつも」

「いえ、何かあれば近衛と親衛隊はすぐに動きますから。どうか独りで問題をお抱えにならないでください」

「ええ。もちろんそのつもりよ」

 光は住民の手紙を大事そうに、専用のケースにしまうと、

「めげてばかりはいられないわね。出かけます。近衛を準備して」

「分かりました、行き先はどちらへ?」

「司家へ」

 おもむろに外出を宣言した。その目的は改めて確認するまでもないだろう。

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