外伝1-4 人間管理社会

 応接室では司家当主が余裕のある顔で光を迎えた。

「道すがら不幸な目にあったご様子。無事でまこと残念ですよ」

 光は別に怒ってはいなかった。敵の本丸に乗り込もうというのに、妨害一つなく到着できるとは思っていなかったからだ。

「残念と言うのは?」

「言葉にするまでもない。貴方が死ねばもう一度八十葉家は蘇る。腑抜けの現在から強大な一家に。それこそ、他の家を凌ぐにふさわしい、最強の領に」

「私もそのつもりではいますよ」

「人間に肩入れする当主では無理だ。だが、小娘に失敗はつきもの。私の話を聞き、考えを改めるのならば、形だけの当主生活は約束してもいい」

「そのつもりはないわ。私自身が優秀だと認めるが私の後を継ぐ分には構わないと思っているけれど、当分はもう少し権力を持っていたいわ。司のおじ様?」

「冗談がうまくなったな光。まあ、座りなさい、せっかく来たのだ。少し話をしようじゃないか」

 双方が部屋に入ってから、敵意をもって相手をにらんでいる。

 場が凍り付くのが、従者の鈴と桜花には分かった。

 そんな中で彼女は一枚の紙を見せる。家宅調査書と大きく書かれている通り、この家をくまなく捜索するという宣告だ。

「そんなものに効果があるとでも?」

「ここで謀反を起こせば、貴方は死ぬことになるわ。それに周りにも、当主への反逆と言うことで、十分な罪となり、表向きに私を裁けない」

「私の家に私の反逆の証拠を見つけて、後に刑を執行しようというつもりなら諦めた方がいい」

「何もでないならいいのよ。貴方の潔白を証明していただきたいの」

「余計な詮索は自身の寿命を減らすのみだったかもしれんぞ? もしもこれで私の潔白が証明されれば、私はさらに君を、見る目のない馬鹿当主だと弾劾することだってできる」

「それはお好きに。……応接室は最後に調べますので、当主はここで私と少し話をしましょう。1対1で」

「つまりそこの目障りな近衛を名乗る人間と、私の娘を外に出すと?」

「ええ。何もやましいことがないのなら、構わないでしょう?」

「ええ、もちろん。桜花、少しこちらへ」

 司家当主は桜花になにか耳打ちをしている。その間、光もこれから家宅捜索を行う鈴に指示を出した。

 もちろん光は、司家が簡単に自分の求めた証拠を出すとは思っていない。

 それ故に、兄の手紙を読んだその時から、どのように真実をあらわにしてくれようかといろいろと策を考えていた。

 光はその策を今、鈴に説明し、捜索をする同胞たちに同じように動くよう指示することを頼む。

 鈴は頷き、

「家を、案内します」

 父との会話を終えて部屋を出ようとする桜花について行く。

 2人がこの場所から姿を消し、光は相手の誘いで応接室の椅子に座る。

 内乱を起こそうとする元凶かも知れない、大ボスの前に堂々として座る光。

 あえて挑発するような横暴な態度をとっているのは、光にとってここがすでに戦場だからだ。武器を振るうわけでは

「随分と大きな態度じゃないか、光。もうすぐ、お前はただの小娘になるというのにな」

「あら、自白?」

「別に私が動かずとも、いずれはそうなる」

「へえ、興味深いわね。そう言えば一度訊いてみたかったの。司家当主様、貴方が八十葉家にどんな理想を求めているのか?」

「無論、できればこんな家さっさと解体して、司家が新たな十二家になるのが大願だとも。だが、八十葉家がより人間管理の面を強調するのならば、しばらくはそれでいいと思っている」

 電子画面を光の前にいくつも出す。そこには司家の強力な人間卑下の事実が描かれていた。

 すぐに糾弾すべきかとも思ったが、光はあえて司家の意見に耳を傾けようと思った。当主として、八十葉家にメリットがあることであれば、無下にはできないだろうと考えたからだ。

 当主の責務はあくまで、領地全体での利益を出し、常に自分の領地の力を伸ばすこと。そのためなら多少の黒いこともやるべきだというくらいは、光も理解しているつもりだ。

 あくまでそれは自分の推そうとしている改革の二の次ではあるが。他者の意見ばかりを取り入れてはせっかく権力を手に入れた意味がない。

 司家当主は自慢げに、自分の領民をどのように扱っているのか、その実態を綺麗に見せ始める。

 その結果、聞いた内容は本当に徹底した人間管理だった。

 光を怒りを通り越して呆れたのだ。

 この男の言う人間管理はいささか横暴に過ぎる。人間の生活は分単位で、管理担当の〈人〉がすべてコントロールしているようだ。

 例えばある家族の一日のスケジュールを見てみよう。家族は全員5時30分起床。その後母親は30分以内に朝食を作り、その間に子供は学校に行く準備などをして、6時に朝食となっている。

 これがこの家族を管理している〈人〉の決めたスケジュールであり、一分でも遅くなれば罰が下される。

 その後も父親は仕事場への出勤を8時までに終わらせ、その後12時間決められたスケジュール通りに仕事をする。お昼休みの30分以外、仕事を中断することは許されない。

 母親は、家事や家に関する作業を決められた通り、決められた時間で、決められた量だけ行い、それ以外のことをすることは決して許されない。

 このような形で、その家族を担当する〈人〉の監督官が決めたとおりに人間は生きなければならないのだ。それが司家が提唱する完全管理社会。

「見るがいい。司家はこれを始めてから、軍備、生産力共にかなりの飛躍を見せている」

 データ上では確かに司家は、八十葉家領内の中でもなかなかの成長率だ。それは光であっても否めない。

「人間は堕落しやすい生き物だからな。我々の誇るべき理想の領民になるよう強制しなければ、たちまち家の力を低下させるガンが生まれる。そこをわきまえて、上位種である我らがしっかりと導くのが、我々の役目だ」

「そう……あなたにとって、人間とは機械と変わらないのね」

「そんなことはない。機会と違って奴らは新しい命を生産する。我々が手を出さなくても未来の労働力を約束してくれる。機械にはない神秘的なメリットだ」

「生産……」

「我々は我々のために働く彼らのために、余計な思考をしなくてもいいように管理する。彼らは我々〈人〉の生活を豊かにすることが幸せなのだからそれ以外を考える必要もない」

 これはだめだ、と光は思った。司家当主は、人間を自分達に都合のいい道具か何かと勘違いしている。

 光はそれをすべて否定するわけではない。現実として成果が出ているのならば、それを否定するのはおかしなことだろう。別の地方を支配している同じ徳位十二家の中でも、人間差別派の細羽家でも同じことはできる。

 八十葉家の親人間派は形だけであってはならない。少なくとも光はそのつもりだ。

「ねえ、それって家でやる必要ある?」

「光、何が言いたい?」

「貴方がもしも望むのならば、好待遇で受け入れてほしいって、他の十二家に頼むけれど?」

 光は呆れ果てている表情をしっかりと見せながら提案する。

「何?」

「あなたが私をどけたい理由はよく分かった。つまりあなたのやり方とそもそも八十葉家の方針が合わない」

「だから俺に出ていけと? 小娘風情が……俺もこの侮辱には耐えられないぞ?」

「八十葉家は新人間派、貴方のそのやり方と、理念が違う」

「人間は幸せだ。俺達の言う通りにしていれば良い人生が送れるのだぞ?」

「八十葉家は私たち〈人〉にはない可能性をもつ人間を欲している。それが新しい世界をつくると願って。あなたのやり方ではそんな可能性のある人間が生まれない。だから、まずそこから理念として違っているの」

 司家当主は自らの完璧なやり方を否定され内心穏やかではない。現当主が最善と考えたこの方法の否定は、すなわち、今の司家を背負っているその当主のプライドに泥を塗るとの同じだ。

「未だ成果を上げられていない貴様が偉そうに」

 眉間にしわを寄せ、威厳と苛立ちを持って光に圧をあけるが、光は揺るがない。その程度の威圧であれば、兄や父からそれの数倍恐ろしい殺気を何度も隣で浴びてきた経験がある。

 故に光の思考と論舌に一切の淀みはなかった。

「あなたが優秀なのは私だって認めている。けれど、それを八十葉家は認められない」

「実績もなく、支持率も下がっている貴様に何を……」

 今度は光のターン。

 光はあえて膨大な量の紙資料を用意してこの地に来た。それは、その場しのぎの改ざん画像ではないということを強調するためだ。

「民衆の支持率は、私の要求する50パーセント以上というラインを大きく下回っているわね。積極的な支持率7パーセント」

「偽物のデータを使って脅す気か?」

 司は新たに画像を見せる。そこには90パーセント以上が、司家を支持するというデータが書かれたもの。

 しかし、光はそれを鼻で笑った。

「支配者が脅して造らせたデータに意味はない。本家の密偵を街に忍ばせて、1か月ごとの支持率をしっかりと測っている。さらには御門家が各地に放っている密偵の調べた支持率だってある」

「何を……!」

「本家にいる私に仕える者は優秀なの。今日だって、私が欲した貴方に関する情報がすでにいろいろと報告されていたからこそ、こうしてすぐに動けたのだしね? 例えば、今朝の襲撃犯についてとか」

「……ほう」

 司仁は不愉快が浮き彫りになっていた顔から、余裕のある表情へと逆戻りした。

 しかし、その声には、明らかに先ほどまでと違うところがある。

「どこまで知っている?」

「あなたが、私をどうしても排除したいから、行動に移したこととかかな?」




 鈴は家を一通り案内され、家の各部屋に人員を送り徹底的に調べさせた。そして司家本家の中をくまなく調べさせている。

 しかし、先ほどの光の話を唯一聞いた鈴はそれを見て申し訳なく思っていた。

 光が言うには、恐らく証拠は家の中からは見つからないだろうということ。

 つまり光がここまで来たことが無意味であるということだ。しかし、敵も馬鹿ではないのだから家宅捜索くらいで簡単に足を掴ませたら、それこそ無能だろうというのが光の見解だった。

 しかし、それはあくまで家の中での話。

(司家当主には本家に秘密にしている何かがある)

 監視カメラの映像を見る。自分の領地の過去一年分の映像の保管は当主の責務だ。なければその罪で断罪する者良いし、あればある出証拠へとつながるかもしれない。

 残念ながらそこの管理はしっかりされていた。鈴はすぐに仕事が片付かないことを残念に思いつつ、監視カメラの映像を見る。

(桜花さん、何か言われていたみたいだったけれど……)

 ふとそんなことを想いながら、鈴は監視カメラの映像をしっかりと見た。主に当主の動きに注目し動向を探る。

(光様の予想通りね……)

 司はよく本家から出かけていた。

 当主の仕事としてはいかに公務があったとしてもありえない頻度での外出だった。特に数回、夜中の2時とかに出かけているのがやけに怪しい。

 そう思った鈴は桜花に、

「ちょっと外へ行きますね」

 と報告する。桜花は特に止め様子はなく、了承の頷きを返した。

 鈴は外に出てすぐ、街の人々に聞き込みを始める。街の人々はスケジュールが管理されているので余計なことをすることをひどく嫌うだろうと鈴は予想していたが、意外にも領民は好意的だった。

 尋ねることは1つ、たまに街中を当主が独りで歩いていることはなかったか。

 そして、案の定住民はそれを目撃している。そしてみんなが、何か憎い奴を倒した時のような、清々しい顔である場所の存在を鈴に伝える。

 街からすこしはずれた場所にあるごみ集積場。可燃物ではなく、主に不燃物を一時的に集めておく目的の場所であり、幸いにも危険薬品等の扱いがないのか、酷い異臭はしない。

 係員が通るだろう道を通り、その先に事務所を発見する。少し開けた土地に作ったのか、多くのごみがあっても、未だ十分なスペースが解放されている。

(ここが……?)

 光の予想は、ここ以外に司は八十葉家に悟られずに会談や行動を起こすための拠点を用意しているだろう、ということだった。

 司仁は用意周到な男であり、各地にそのような準備をして、八十葉家本家を攻め落とすのに問題ない量の兵を送れるようにしているはずだと踏んでいた。そして、司が八十葉家討滅に精を出せるような何かが必ず自分の領地かその近くにあることも考えていた。

(雰囲気で分かる。この建物、一階の事務所だけで終わっている建物じゃない)

 少なくとも怪しいことには変わらず、鈴はそのまま行こうとする」

「見つかってしまいましたか」

 しかしそこで、鈴の後ろから声が聞こえた。

 入り口に、走ってきて息があがっている桜花がいる。

「あなた……」

「……父の命令です。あなたには、ここで消えていただきます」

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