第153話 使えない男

「ああっ、もう! 汚い!」


 おっぱいちゃんは、ゾンビを蹴ったほうの靴の底を気にしていた。まるでウンコでも踏ん付けた時の様に。


 ゾンビと直接格闘した経験とか無いのだろうか。そんなこといちいち気にしてたら、ゾンビなんて相手にしていられないのに。僕なんて、ゾンビをブン殴った手を洗わずにご飯食べたりとかしてるんだぞ。


 ……うむ。誇らしげに語れることではないな。余計なことは言うまい。


「ちょっと! どこかやられたの!? なら置いてくけど!」


 うむ。僕の心配はあんまりしていないようである。


「介錯くらいなら、してもいいけど!?」


 彼女は拳銃を握った手をフルフルとアピールしながら、そう言った。


 ……別ベクトルで心配してくれて、ありがとう。

 でも、できれば助けて欲しいです。


「いや……、何か、腰が抜けたみたいな感じですハイ」


 僕は「介錯されたらかなわん」との思いでなんとか上半身だけ立て直す。

 そして半分無意識に、彼女に向かって両手を広げる「抱っこをせがむポーズ」で救助のアピールしていた。


「ひい!?」


 露骨に顔をしかめ、後退るおっぱいちゃん。


 ……なんだろう。

 さっきゾンビを蹴った時より対汚物度が高い反応な気がするんだけど!

 ってか、何でこっちに銃口向けてるのかな!?


 パアン!


「ひいッッ!?」


 左足の爪先の30cmくらい横のアスファルトが弾け飛んで穴が開く。

 ついでに僕も、弾けるように壁まで後退る。

 何なんだコイツは。暴力系ヒロインというヤツだろうか。それを現実でやられると、人は簡単に死ねるんだけど。冗談じゃないぞ!


「あら? 立てるじゃない」


「え?」


 あれ? 僕、立ってるよ。

 壁に背を預け、貼り付くような姿勢で。

  

 どういうことであろう。

 おっぱいちゃんの無邪気(?)な銃撃に生命の危機を覚えたことが、僕を復活させたということなのだろうか?

 そうであるならば、僕にとって、ゾンビよりおっぱいちゃんの方が脅威度が高いということになるね! ウム。思い当たることは色々あるぞ!


「……立てました」


 色々言いたいこともあったが、藪蛇になりかねないので、とりあえず事実だけを口にしておいた。

 それにしても、何だろう、このテンプレみたいな展開は。


「ふざけないで!」


「ふざけてはいない……、きゃん!?」


 おかしい。

 事実を口にしただけなのに、おっぱいちゃんの蹴りがお尻に入ったぞ。

 

 おッ!? でも、ゾンビへの蹴りは嫌がってたのに、僕への蹴りはOKなんだ。 何だか救われた気がするな! 

 ……低レベルな争いな気がしないでもないが。 


「もういいから、これからどうするのよ?」


 ……と、おっぱいちゃん。


 何を言ってるんだろう。

 どうするって、ここまで来て分からないワケあるまい?


「いや、フツーに地下鉄に潜るんだけど?」


 ほな行きますか?……とばかりに左手の親指を、地下鉄出入口奥の暗がりに向けてクイクイッとしてみる。


「えぇ……マジか……?」


 おっぱいちゃんの顔に、恐怖と不安の表情が貼り付く。


「ものすごく……、暗いよね」


 ん? まあそりゃそうだろう。

 完全に電力を絶たれた地下なんて、ちょっと進むだけで一寸先も見えない漆黒の暗闇だなんて、普通に考えれば解るだろうに……と考えたところで、ピンと来た。

 ……ああ。慣れてないと、たしかに電灯も点いてないトンネルに潜るなんて怖いよね。僕も初めて地下鉄トンネルを利用しようと入口を覗いた時は、足が竦む思いだったことを思い出す。人は誰しも、暗闇には「恐ろしい何かが潜んでいる」と潜在的に恐れを抱いているものなのであろう。


「大丈夫だよ」


 僕は頭……というか、ヘルメットをトントン、と人差し指で突く。

 

「灯りはバッチリあるし」と言いながら、ヘルメットに装着できるタイプのLEDライトを指さした。


 このヘッドライトなのだが、小型だが非常に出力が高いモノを選んで拾ってきたものである。昼間の様な明るさとは言えないが、一般的な懐中電灯と比較すれば圧倒的な視界を確保できるシロモノなのだ。

 人間は外部の情報の9割を視覚から得ているという説から言えば、より明るいことに越したことはない。我ながら、良い判断をしたものである。

 

「でも……」


「まあ、見れば解るよ」


 うむ。女の子はそう健気でなければなるまい。

 おっぱいちゃんが珍しく見せた「弱さ」に、僕の下心……ではなく、庇護欲が刺激される。

 まあ、おぢさんにまかせなさい! そして、見直すがよい。褒め称えるがよい!

 惚れてもかまわぬぞえ。


「それでは、スイッチ、オン!」


「……」


「……」


「……」


「……あれ?」


「……点かないわね」


 僕は、カチカチとライトのスイッチを数回押し直した。

 

「点きません……ね」


「えっと、多分だけど」


「何でしょう?」


「それ、割れてる? ってか、壊れてる……んじゃないかしら?」


「えっ?」


 僕は顎のベルトを緩めると、ガバッと勢いよくヘルメットを脱ぐ。

 そしてくるりと回転させ、ヘッドライトを確認した。


「な、なんじゃこりゃあ!!!」

 

 そこには、歪んで照明部にヒビが入り、悲しい姿になったヘッドライトが申し訳なさそうに存在しているのだった。

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