第154話 使える男

「ちょっと! どうするのよ!?」


「あう……」


 おっぱいちゃんの視線が痛い。

 短い付き合いではあるが、今までで最高の侮蔑の意を感じるぜ。


 しかし、「どうする」って……。

 全く女ってヤツは、肝心な時には受動的なクセに、それを当たり前どころか特権の様に思ってる節があるな! 少しは自分で考えたらどうなの!?


 ……はい。口には出しませんが。


 ただ、これだけ。

 これだけは、言わせて頂きたい!


「君が、ボコスカ蹴ったりしたからじゃないかな?」


 僕は両足を揃え、そして腕を手首で交差させ、拘束を連想させるポーズをとる。


 ここまでの道中、僕はゾンビどもやイキリ君一味から頭への一撃を受けた覚えはない。そして、ここ黒川まで来るのにこの地下鉄トンネルを通ってきたワケで、その時ライトは普通に機能していた。

 何がが言いたいかというと、このライトの故障の原因は、おっぱいちゃんの暴力以外考えられないということだ。


「……なによ!? わたしのせいって言いたいの!?」


「そう聞えましたか」


「なんですって!?」


 おっぱいちゃんは突然、僕から役立たずになったライト付きのヘルメットを引っ手繰ると、すぐそこまで接近していたゾンビの一体に投げつけた。

 それは、コーンと意外と良い音を出してゾンビの頭部にクリティカルヒットし、転倒させる。そして、ゾンビはそのまま動かなくなった。


 おそるべし、おっぱいちゃん。

 そして、ヘルメットが僕に向かって飛んでこなかったことを、何故か彼女に感謝してしまった。

 しかしながら、やはりこの女は危険である。これ以上怒らせないほうが見の為だと、再び肝に銘じよう。もしかして僕は、助けるべき相手を間違えたのかもしれないな。おっぱいに釣られた、あの時の自分を恨むぜ。


「オーケイ、分かった。だが、今はそんなことを言い争ってる場合じゃない」


 僕はパーに開いた両手を彼女に差し出し、「どうどう」と落ち着かせるポーズを取りながら言った。

 何にせよ、周囲を見渡せば本当にそんなことをしている場合では無くなってることが理解できるだろう。


「そ……、そうね」


 訂正せねばなるまい。

 先ほどおっぱいちゃんがヘルメットをゾンビに投げつけた際に狙ってやったかのような表現をしたけど、おそらくそうではないのだ。適当に投げても当たったのだろうから。


 気付けば、周囲には大量のゾンビ。

 まさに、ゾンビ映画の状態だ。感動すら覚える程に。

 先ほどまでみたいに、要所要所のゾンビだけ倒していけば何とかなるとかのレベルではない。断言できるが、強行突破などしようものなら、近い将来に物量に押しつぶされて終わりであろう。


 ふと、山田さんが「本州は都会になればなる程、ゾンビ率が高く、そして生存者が稀」とか言っていたのを思い出す。

 しかし、ここまでとは思わなかった。

 なるほど。日本各地には結構な数の生存者がいるにも関わらず、今まで全く見かけなかった理由が本当の意味で理解できた。

 コレは、ヤバい。

 我ながら、いままでよく生きてこられたものだと思う。


 僕たちは徐々に迫りくるゾンビ集団を睨みながら、その圧に押されるように階段を踏みしめながら後退する。

 暗闇に身を投じることは、おっぱいちゃんはともかく、数回このトンネルを利用したことのある僕ですら恐怖を感じる。しかしながら、本能は「こちらの危険のほうがマシ」と解っているのだ。更に数段、足が勝手に後退する。


 あと、完全に灯りが無い訳ではない。


 ゾンビ集団の脅威の前にに、おっぱいちゃんは僕に対しての警戒を忘れていた様だ。

 僕は、背中を見せる形になっているおっぱいちゃんのリュックサック……元は自分の所有物であったモノのサイドポケットに手を突っ込んだ。


「きゃっ!? なに!?」


「動かないで!」


 後から思えば、ここで僕はおっぱいちゃんに撃たれていてもおかしくはなかったかもしれない。しかしどうやら、あまりの事態におっぱいちゃんも僕もその選択が頭に無かったのが幸いしたらしい。

 しかし、その最悪な事態にはならなかったのは良かったのではあるが、おっぱいちゃんは当然ながら身を捩って抵抗し始めた。


「ちょ!……灯りあるから!」


「えっ!」


「灯り、まだあった!」


「えっ!?」


 「灯り」のワードに反応したのか、おっぱいちゃんの抵抗が緩む。


 そして、やっとの思いで取り出したるは、一本の赤い棒であった。

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