第4章 ひとりといっぴき+
第94話 帰ってきた一人と一匹
「……ぶえっくしょい!」
唐突にくしゃみが出た。
僕の膝の上を占拠していた茶々丸はびっくりしたのであろう。軽く飛び上がってソファーの影へと消えて行った。
毎度ながら、飛び上がる時に踏ん張った際に爪を立てるのは止めてほしいものである。痛いっちゅーの。
何気に携帯を覗けば、今日はは5月24日と表示されていた。時計は11:48を指している。
うーん、変だな。僕にとっての花粉症シーズンはもう終わったはずなんだけど。
それとも、誰かが僕の噂でもしているのだろうか。そうであるならば、できれば若くて可愛い女子であると良いのだが。でゅふっ。
僕の妄想では、先日
ハッと我に返り、空しさが襲ってくる。
そんなワケあるかいな。
可愛い女の子どころか、このご時世に僕のことを噂してくれる様な面々はそう生き残ってはいまいに。
生存が確証できてる知人と言えば……ひとりしかいないな。
札幌コミュニティにいた山田氏である。
妄想上のBカップAV女優の顔が山田さんの顔に入れ替わる。
僕は初めてゾンビを見た時と同レベルの戦慄を覚え、頭を振ってそのおぞましい妄想を脳からなんとか追い出した。
「うーん。風邪……かも?」
まあ、食後に適当に風邪薬でも飲んでおこうか。
「……気が緩んでるのかなあ?」
僕は腰かけていたベッドから立ち上がり、背伸びをしながらそう呟いた。
日課であった死体処理……まあ集めて荘内川にポイーするだけなのだが、現在はひと段落付けていた。
そりゃ、衛生上できれば名古屋中の死体とゾンビを片付けておきたいのは山々なのだが、数と範囲的に僕一人では百年かかっても不可能だろう。
ある時、唐突に馬鹿らしくなって止めた。
……まあ、当面がの行動範囲はできるだけのことはしたというのもあるのだけれども。
また、ゾンビは必要以上に退治しないほうが良いことにも気づいたからだ。
死んだゾンビや昏睡状態の感染者はゾンビ達がエサと認識しるらしく、この後美味しく頂いてくれるので片付ける手間がは省けることが分かったからだ。
こんな発想、”あの日”以前の僕ならば「おぞましい」と戦慄を覚えたことは想像に難しくないが、何だろうね。慣れと言うべきかは分からないが、現在の感覚では「ゾンビ様々」と言ったところであった。何か人として大切なモノを無くした気もしないではないが、まあ、楽できるならどうでもいいや。
そんなこんなで、今日は勝手に休日にして久々に何をするでもなく部屋でゴロゴロしてる。
茶々丸も珍しく部屋にいる僕の存在にはまんざらでもないようで、起きてからずっと僕の傍から離れなかった。可哀想に、寂しかったんだろうね。
まあ、今はソファーの影からこちらを観察中なのだが。驚かせてゴメンな。
……そう言えば、先程茶々丸が僕の膝から飛び上がったときに痛い思いをしたことを思い出した。きっと、ズボンの下の僕の太ももにはミミズ腫れができているに違いあるまい。
「決めた。今日は茶々丸のメンテナンスデーやで♡」
僕は両手をマイケル・ジャクソンの「スリラー」のダンスのように掲げて茶々丸ににじり寄る。
茶々丸は不穏な空気を感じ取ったのか、後ずさって逃げようとしている。しかし、時は既に遅しである。部屋の隅まで追い込んだ。
「さあ。茶々丸の大好きな爪切りに、久々のお風呂といこうではないか」
僕は茶々丸に向けた両掌を「わきゃわきゃ」させながら茶々丸に襲い掛かろうとしている。
茶々丸の顔には、絶望の表情が張り付いていた。
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