第95話 風吹けば桶屋が儲かる

「ブシュッ!」


唐突にくしゃみが出た。


茶々丸が、だが。

流石に茶々丸の噂話とかする者はこのご時世どころか”あの日”以前にもなかなかいないだろうから、風呂上りで冷えたのだろうか。


……そんな恨みがましい目で僕を見るなよ。

仕方あるまい。小型の太陽光発電システムを持ち込んではいるのだが、パソコンとか目覚まし代わりの携帯の充電、夜の最低限の照明くらいを想定してるので、ドライヤーを使用できる程の大電力は対応できてないのだ。

第一、オマエはドライヤーは向けられただけで飛んで逃げる程度には大嫌いじゃないか。あったとして使えまい。


”あの日”以前なら、冬でなくても電気ストーブを引っ張り出してきてやったものであったが……、これも電力消費が激しすぎて現在の環境では使用できないのだ。

可哀相だが、乾くまでもう少し我慢してもらうしかあるまい。


茶々丸は今、タオルドライしたとは言えど、まだ湿っている毛がベタリと貼りついて二周りほど小さくなっており、大きな目だけがギョロギョロと目立って何だか残念な状態になっていた。


普段の茶々丸は、名前から連想される茶色と言うよりは金色の被毛グリッターにベンガル猫の特徴である豹柄模様ロゼッタが浮かび上がり、そしてベンガル猫の中でも稀にいる銀色の毛がランダムに混じり、筋肉質な肢体と相まってとても美しい女神ビーナスを思わせる容姿をしているのだが、今はさながら貧乏神のようであった。そして「酷い目にあったにゃ」感を全身から醸し出している今、そのマイナスなオーラで更に貧相さを増している。

僕は茶々丸を綺麗にするという善行を行ったはずなのに、何だか悪いことをしてしまった様な気分になるな。

理不尽である。


……が、とりあえず。

ご機嫌取りに、カリカリではなく缶詰をひとつ封を切って捧げたもう。

茶々丸様、お怒りを鎮めたもれ、鎮めたもぉ~れェ~。


僕は隣の部屋にある茶々丸の餌入れまで行くと、缶詰を取って蓋をカシュッと開けた。

茶々丸は今までは遠巻きにジト目で僕を見つめていたのだが、その音を聞いた途端に目を満丸にして「にゃあぁぁぁぁ」と喜声をあげながら飛んできた。


うーん、ゲンキンな神様やつめ。だが、分かりやすくて宜しい(萌)


早く早くと焦る茶々丸の頭を押しのけ、缶詰をおこぼし防止の為に置いたアルミのお盆の上に置いた。

そして、早速がっつく茶々丸を横目に、元の部屋に戻って再びベッドに腰掛けた。


……しかし、相変わらずに茶々丸のお風呂は大変だったな。

逃げられないと悟ると、次は「なお~ん、なお~ん!」と、悲壮感たっぷりの鳴き声を大音量かつノンストップで奏で始めるのだ。

この辺りのゾンビはほぼ駆除済みだから良いものを、そうでなかったら今頃この部屋はゾンビに取り囲まれていたに違いあるまい。


「猫をお風呂に入れたら僕が死にました」とか、”あの日”以前ならばどんな「風吹けば桶屋が儲かる」だよとツッコミが殺到したことであろう。

もはや諺が体を成していないとか、改めて世界は変わってしまったのだと痛感するね。



隣の部屋から、缶詰とアルミのお盆が擦れあう小さな金属音が聞こえてくる。

一心不乱に食べているのだろう。

そんな何気ないシーンに、「ああ、世の中はなんて平和で、のどかなのだろうか」と心が癒されていくんだよなあ。


……あれ?

現在の状況は、平和……なのだろうか???

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