第88話 退治屋の話⑫

「おい、オマエらっ! ゴホッ! 何やってるか分かってるのか!」


白衣の男が涙を流して咳込み、右の頬を押さえながら叫んだ。


「うるせえ!! ただしは渡さねえぞ!」


将吾はベッドに横たわる正を背に、「バアアァァァァァン!!」と擬音が出そうな勢いで両手を広げ、胸を突き出した。通せんぼのポーズである。

そんな彼の顔にはガスマスクのようなものが装着されていた。


「落ち着いて! 正くんには何もしないから!」


ナース服を着た女も涙を流しながらそう言った。


「そんなの、信用できないし!」


「そうでヤンスよ、勝やんがどうなったか知らないワケはないでヤンスねぇ!」


美鈴、中島は大人たちが口を挟む時間も与えずに矢継ぎ早に言葉を発した。

その二人の顔にもガスマスクが装着されている。


「馬鹿野郎! こんなこと許されねえぞ!」


「おいっ! この手錠を外せ!」


通称「警備部」の腕章を着けた男二人が、床に芋虫のように転がった状態で叫んでいる。こちらも涙を流しながら。


「うるせえオッサン! この前のお返しだぜ!」


将吾はへへんと言う感じで警備部の面々を一瞥した。




将吾たち三人が企んだ計画とは、こうだ。


「……正クン救出作戦でヤンス!」


「「……おお!」」


その作戦名通り、正を救出しようという話である。


まず、白衣の男……内科の先生とナースの女が警備部を連れてきた場合、正は勝やんと同じ運命を辿ることになるだろう。いや。身内が全員亡くなっている正なので、速攻で殺処分ということも考えられた。


将吾ら三人は、正を連れ去りにやってくる大人たちを待ち伏せして罠に嵌めたのだ。

階段を降り切ったあたりに薄暗がりでは目立たない黒色の縄を張り、大人たちが引っかかってもんどりうって倒れこんだところに、キタチューバスターズ活動中に見つけたミリタリーショップから拝借した催涙スプレーで大人たちを無力化したのだ。ちなみに、ガスマスクもミリタリーショップから拝借したものなのである。


そして一番の障害になると思われた警備部の面々は、念の為手錠で手足を拘束して転がしておいた。もちろん、正の病室の鍵がある鍵束は頂いておく。

ガリの先生とナースは催涙スプレーで牽制すればいいと考えていたので、そこまではしていない。


「ゴホッ。いいから話を聞きなさい!」と、白衣の先生。


「くどいでヤンス!」


「そうよ! 正は絶対に助けるんだし!」


「おうよ!」


将吾が腕を組み、「バアアァァァァァン!!」と擬音が出そうな勢い胸を突き出した。


「正は、オレ達が守る! 連れ出させてもらうぜ!」


将吾のその言葉に、白衣の先生は一瞬ポカンと呆けたような表情をしたのち、語気を荒げて言う。


「はあぁぁぁっ! 何言ってるんだ! そんなことさせるワケにはいかんぞ!」


白衣の先生は催涙スプレーを食らって尚、将吾たちを止めようと詰め寄ってきた。


「おお、ガリ先生、意外とタフでヤンス!」


中島が催涙スプレーを構える。


「正!!」


美鈴が白衣の先生に正を奪われまいと、正の頭を両腕で抱え込んだ。


ブシューッ!!


病室の中に広がる催涙スプレー。


「ちょ、やめ……、ゴホッゴホッゴーッホホッ!」


「ゴホッ!! ゴーッホッ!」


白衣の先生は再び催涙スプレーの洗礼をくらい、床をのたうち回っていた。

そして、白衣の

先生と共に病室に踏み込んでいたナースまで巻き添えを食らって苦しんでいる。


「よし! 今のうちでヤンス!」


中島は素早く病室を飛び出すと、あらかじめ用意していたキャスター付きの担架をゴロゴロと転がしながら再び病室に現れた

それでも、大人たちはまだ誰もそれを止めれる様な余裕はない。


「はははっ、参ったか!」


将吾が「バアアァァァァァン!!」と擬音が出そうな勢い胸を突き出し、勝ち誇った様な笑い声を上げた。

……その時だった。


「ゴブッ! ゴブブ! ゴブゥ!!」


「「へ!?」」


「正!?」


ベッドに横たわっていた正であるが、激しく体を震わせながら、美鈴の胸の中で咳込み始めたのだ。

そして太い右腕で美鈴を跳ねのける。


「きゃあっ」


ペタンと尻餅をつく美鈴。

そして茫然と正を見つめる三人であったが、その間も正は上半身を起こし、頭をかきむしるようにして咳込んでいた。


そして、ひとしきり咳込んで落ちついた後、正は目を向いて周囲を見渡し、そして……将吾と目が合った。


「……正!!」


将吾は絶望を感じていた。

いや。覚悟はしていたのだ。していたのだが、目の前に現れた現実を突きつけられてショックを受けていた。


正の目は、赤く染まっていたのだ。

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