第68話 自衛隊員の話①
札幌市内ではあるが、コミュニティから1㎞程離れた商店街。
そこにはよく見ればいくつかの人影があった。
ゾンビだ。
「よく見れば」と言うのも、基本的にゾンビは昼間に活動しないので、いま確認できるのは”はぐれゾンビ”と俗に言ってる一般的なゾンビとは異なる行動パターンをする珍しいゾンビか、日陰となっているところでユラユラと揺れて潜んでいるゾンビだからである。注意して見なければ無人の街に見えることであろう。
そんな札幌市内のコミュニティ寄りの比較的高いマンションの一室に二人の男がいた。
都市戦用の迷彩服にヘルメット姿、背中には小銃、肩にはボウガン。腰に拳銃と特殊警棒。一見して、ボウガンの所持以外は自衛隊員のような服装で固めている。
否。
彼らは「自衛隊員のような」コスプレをしている訳ではなく、列記とした自衛隊員であった。
ちょっと見慣れない都市戦用迷彩服を着ているのは、よく見る濃い緑の迷彩服では都市では少々目立つからであり、ミリタリーショップに置いてあったロシア製のものを拝借して使っているからだった。
彼らは旭川コミュニティ……元旭川駐屯地から、斎藤防衛大臣の要請により札幌コミュニティの警護担当として派遣されてきた者たちだ。
冬の間に札幌コミュニティ内のバリケード設置やゾンビの駆除等の安全確保を行った今、次の段階の任務に移ったところであった。
「見える範囲、思ったより多いな。ま、任務開始と行こうか」
見た目40代後半あたりと思われる男が、双眼鏡を下ろしながら言った。
「成瀬陸士長、了解でアリマス!」
ガタイのいい青年が直立不動で敬礼を返す。
「おいおい、こんなご時世だってのに、固いことナシで行こうや」
「その様なワケにはいかないのでアリマス!、佐々木陸佐殿!」
佐々木と呼ばれた男は、諦めるように肩をすくめた。
「俺は本来、今年3月末で定年だったって言ったよな?」
自衛隊員の定年制度は、その性質上精強さを保つため、一般のそれと比較し若干低く設定されている。陸佐の定年と言えば50台半ばであることを考えれば、随分若々しい肉体と気力を備えた人物だということになる。鍛え方が違うということだろうか。
「このご時世でアリマス!」
「……まいったな」
成瀬の言いたいことは、この非常事態で機能不全に近い組織においてそんな堅苦しいことは無しでしょう、といったところだろう。佐々木は「じゃあ成瀬陸士長も固いのはナシで行こうや」と言いかけて、言葉を引っ込めた。どうせこのカタブツに言っても通じまい。
「はあ。しかし、この歳になって現場三昧になるとはね」
「成瀬陸士長と致しましては、同行できて光栄でアリマス!」
「ははは、こっちの身にもなれよ」
二人は階段を軽い足取りで降りながら言葉を交わしていた。
「よし。作戦内容の確認を」
「成瀬陸士長、了解でアリマス!」
成瀬は元気よくそう答えると、今回の作戦の内容を復唱しはじめる。
優先順位的に、
一、生存者の保護。
二、札幌コミュニティ生活圏の安全確保の為のゾンビの駆除。
三、生活圏の拡大の為にゾンビの巣の把握と可能な限りの駆除。
四、生活物資確保の為のルート確保と現場確保の為のゾンビの駆除。
要するに、更なる生活圏確保の為のゾンビの駆除がメインということであった。
たった二人なので気が遠くなる思いではあるが、いつかは安全圏内の生活物資も尽きる時がくるのだ。必要で重要な任務なのである。
「前提として、銃器の使用は最終手段! ただし自らの生命を第一とし、必要とあれば使用を許可とする、でアリマス!」
「よし、OK。ただし、ゾンビどもを生活圏に引き連れてくるなんてマヌケなのはナシだぞ」
佐々木の言葉に成瀬は大きく頷いた。
他のコミュニティからの情報や実際の経験からゾンビの頭数はそんなに多くは無いと考えられてはいる。自衛隊員である二人の戦闘力なら、パラパラと現れるゾンビであれば徒手空拳だったとしても遅れをとることはないだろう。
故に銃器を使用することがあるとするなら、想定外の数の群れのようなものに襲われるとか、ゾンビ映画の様に化け物のように強力な個体がいましたーなんて事態でなければあり得ないだろう。
万が一そんな事態になれば目の前の危機の他に、困ったことに二次的な問題が発生すると想定される。
銃声である。
この「無人」の街の中においての銃声は、周囲に散らばるゾンビたちに、「ここに獲物がいますよ」と盛大にアピールすることになるも同然であるからだ。
おそらくは二人の戦闘力であれば不可能でない撤退戦となると思うが、撤退した先の生活圏を危険に晒すわけにはいかない。どこかで……例えばこのマンションに籠城戦を行うと言う、救助のあての無い最悪な選択をするしかなくなるという訳だ。
「切ってはいけない切り札を持つってのは、”あの日”以前の自衛隊の立場と変わらないな」
佐々木はやれやれと肩を竦めながら玄関を潜った。
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