第69話 自衛隊員の話②
「さて。ここからはお喋りナシだ」
成瀬は了解の意を込めて頷き、そして佐々木も頷き返す。
(右の建物、壁、GO!)
佐々木がそうハンドサインを出すと、二人の自衛隊員は身を屈めながらゆっくりと小走りで走りだす。
その腕に抱かれるのは小銃ではなく、ボウガンではあったが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(止まれ)
赤外線センサーに反応あり。
先頭を進んでいた佐々木が、ハンドサインで成瀬に伝えた。
鏡を使って建物の角の向こうを確認。
……いた。はぐれゾンビだ。
フラフラと建物の間の小道で揺れていた。
(確認、敵、1、距離10。周囲、反応なし)
(了解)
幸い、顔はこちらを向いてない。
(自分が、やる)
(了解)
佐々木はそろそろと角から上半身を出してボウガンを肩口で固定すると、スコープ越しにゾンビの後頭部を見た。
おさげ頭の幼い少女のゾンビだ。歳は5,6歳といったところか。お約束だが、猫のぬいぐるみの手を掴んでぶら下げている。ゾンビの中には、この様に生前に執着していたものをゾンビになっても拘る個体もいるのだ。
一瞬、本土にいた……、いや今でもいると信じている孫娘とダブる。
だが、殺るしかない。アレは孫娘どころか、既に人かさえ疑わしい存在なのだ。ひと思いに楽にさせてやるほうが情けというものだろう。
佐々木はもう何度自分に言い聞かせたかわからない思いを胸に抱きながら、引き金を引いた。
次の瞬間、ゾンビ少女の頭に矢が突き刺さる。
そして、勢いで前方に弾かれ、そしてドサッと前のめりで倒れた。流石はプロの腕前である。
(……確認)
(了解)
射手が次の矢を装填している間に、他の者がゾンビの生死確認を行う。
「弾切れ」状態をなるべく維持しない為の取り決めであった。
成瀬が少女ゾンビを足で数回つつき、頸動脈付近を触れる。
(確認、死亡)
(了解、Go……いや、止まれ)
成瀬が前を向こうとしたその瞬間、佐々木は前進指令を撤回した。
そして死体となったゾンビ少女の亡骸まで辿り着くと、彼女を仰向け寝かせる形にした。そして瞼を閉じさせてから、手から離れていた猫のぬいぐるみを拾い上げて胸に抱かせる形にし……、そして、彼女に向かって手を合わせる。
その一連を成瀬は何とも言えない表情で見つめていたが、彼も一瞬遅れて手を合わせた。
国民を守る為に、自衛官やってきたんだけどな……。
断じて、殺す為ではない。
しかし、このゾンビがもし孫娘の成れの果てだったとしたら、俺は引き金を引けたのだろうか。
本来現場で手から武器を離す行為はご法度なのだが、複雑な思いが彼らをそうさせたのであった。流石に、黙祷という決定的な隙を作ることはしなかったが。
数秒の後。
彼らは再びボウガンを構えた。
(……Go)
(……了解)
心なしか、佐々木と成瀬のハンドサインに、いつものキレが無かった。
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