第67話 医者なのに代表な話

「……と、今日のところはこんな感じかな?」


山田は周囲を見渡す。

追加の報告や意見はもう無いようだ。


週に一度の定例報告会だったが、そう毎週毎週新たなネタが出てくるわけではない。

ひとつだけ、未確認ながら少々気になる情報が他のコミュニティからあったのだが、真偽はどうあれこのコミュニティには影響が少ない問題であった為、今後様子を見ましょうで終わっていた。


「そのようですね。では解散して頂いて結構です」


眼鏡の端をクイッと持ち上げながら司会の横山が言った。

皆は「お疲れ様ざます」とか「ありがとうございますなッ」とか、思い思いの統一性のない返事を帰しながら会議室を出て行った。


「では、私もお邪魔させて頂きます(クイッ)」


「成瀬陸士曹は、斎藤防衛大臣を送り届けてから配置に戻るでアリマス!」


「おいおい、俺はそこまで耄碌もうろくしてねえぜ」


「斎藤防衛大臣にはこの国に必要な方でアリマス!」


「んー、そうか? じゃあ、道中のしゃべり相手がてら、頼むぜ」


斎藤は名残惜しそうに猫たちの頭をひとしきり撫でまわした後、ガハハと豪快に笑いながら成瀬陸士曹-自衛隊員の生き残りと共に会議室を出て行った。

そして、会議室には山田だけがポツンと残る。



「……何やってんですか、ねえ」


山田は椅子の背もたれに体重をかけ、天井を眺めた。

そんな彼の膝に、ロシアンブルーと思わしき猫が飛び乗る。

山田が住居を去る際に連れてきた、彼の飼い猫のガーニャだ。

ポンポンと背中を軽く叩くと、ガーニャはゴロゴロと喉をならしてくつろぎ始める。


山田太郎、45歳。独身。妻とは5年前に死別。子供なし。

そんな彼は貴重な医者の生き残りであり、またこのコミュニティの創始者のひとりであった。


”あの日”以降、アマチュア無線の上位資格を所持していた彼は、外部と連絡を取る手段として近所のこの学校……彼の母校のアマチュア無線局に目を着けたのだ。

思いのほか電話設備やインターネット設備が長生きしたので結果的に緊急性の無い行動ではあったが、校内放送で生存者に呼びかけを行ったところ、外部スピーカーから漏れる音声を聞きつけて生存者10数名が集まり、そのまま共同生活が始まったのが札幌コミュニティの原点であった。


はじめは、避難所的なものを運営する気などなかった。

ただ、この異常事態に対する情報収集と発信、そして国からの救助を待つだけの小規模集団という体だったのだが、医者がいるという噂が回ったことと、ゾンビの発生により自衛手段が乏しい者たちが勝手に集まってきてしまい、なし崩し的に避難所になり、そして今では北海道最大のコミュニティの中心地となってしまったというワケである。


「僕、医者なんですけどねえ」


彼としては、代表なんてさっさと降りて本分である医者の仕事をしたいと考えている。

しかしながら、周囲がそれを許してくれなかった。皆にとって、山田はこのコミュニティを創設し新たな生活基盤を構築した功労者であり、精神的支えカリスマだからである。まあ、「言い出しっぺ」とも言うが。

従来のお人よしと面倒見の良さも災いし、山田としては流されるままに現状に甘んじてしまっている状態であった。

また、医者は貴重だとは言え医師免許を持つものは他に20人近くおり、防衛の為に人口高密度状態であるコミュニティの性質もあり、彼らでなんとか病人や怪我人を回すことができているのもある。


「神輿は軽いほうがいいとは言いますが」


しかしながら、自分を「軽い」と認識できてしまう神輿トップとは悲しいものである。


「ぽっちゃっりガーニャは、ちょっと重いんだけどねえ」


不意に名前を出されたガーニャは、不思議そうに小首を傾げながら山田を見上げ、続きの言葉がないことを悟ると、また元の体勢に戻り再びくつろぎ始めた。


山田がふと窓の外を見れば、仮設病院となっている教室から出てきた赤ん坊を抱いた女性が、深々と仮設病院の中に対して頭を下げているところだった。

状況は容易に想像できる。このご時世、病気や怪我でまともな治療を受けれるということは貴重で有難いことなのだ。人は単独の場合、ちょっとした風邪や骨折程度でも切っ掛けとなり死ねるものである。


「あっちのほうが、分かりやすくていいねえ」


山田は眩しそうに眼を細めた後、意識を再び天井に向けながら会議で深く語られなかったいくつかの事案に思いを向けた。


名古屋の孤立している青年はどうなったのだろうか。

彼とは一度だけ居酒屋で偶然隣になり、また偶然猫好き、ギター弾きということで盛り上がっただけの仲であった。酔ったノリでSNSは交換したのだが、以降連絡を取ったり互いの書き込みに反応したりは無い。その程度の間柄だった。


このコミュニティの初期……まだコミュニティでは無かった頃、不特定に対する情報提供と情報を求める書き込みに対して反応してきた彼。おそらくは猫好き、ギター弾き単体の共通点だけであったならば思い出せなかっただろう。また、あれから同じような事例を何度も重ねてきた山田にとって未だに心に残る相手である理由もそれだろうし、本土都市部で生き残っている者はレアケースであるということもあるだろう。


「なんでか、彼が気になるね」


医師としての勘なのだろうか。この原因不明なままのゾンビ事件の秘密の一部が、レアケースの名古屋の彼を検査できれば知ることができるのではないのだろうか、と漠然と思えるのだ。

この山田の考えは半分当たりであり、それは今より約半年後に全然別方面から知ることになるのだが……。


あと、どこかにもう一人、母親が病気で長旅できないとかでコミュニティに属さずに生きている男がいたな。

それは立派なことだろうけど、何故か引っかかる。


時々思い出したように無線で連絡がくるのだが、山田はあまり彼を好きになれないでいた。



「ガーニャ、帰ろうか」


山田が立ち上がる気配を即座に理解したガーニャが膝から飛び降りる。

そして会議室の入り口の扉の前まで小走りし、にゃーん開けてと鳴いた。

普通に猫用の出入り口が増設してあるにも拘わらず、である。

このあたりの心理はよくわからないな、と山田は思いながらも、頼られたことに対しては嬉しく愛おしい感情が沸いてしまう。まったくもって、見上げた飼い主げぼく根性であると言えよう。


そして山田とガーニャは、現在は山田の居城となっている宿直室に帰って行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る