第5話:水の惨劇


「やあ、油を探してるんだって?心当たりがあるんだけど。」


キラキラと光る妖精が、水に声をかけた。


「あっちの方なんだけど、案内しようか?」


血眼で油を探していた水は、作業の手を止め、考えた。


油は突然姿を消した。彼の痕跡を示すものは、微量の油膜カスくらいなもので、どこに行ったのか、何をしているのか、安否さえも判然としない。

油は責任感のある子だ。だから、自分の役目をそっちのけでどこかへ消えるなんてはずがない。油はきっと誘拐されたのだ。そう水は睨んでいた。


だからこそ、この謎の妖精に乗る価値はある。もしこの妖精が油を誘拐していたなら、油について何か情報が得られるかもしれない。害が及びそうなら、溺れさせるなり圧殺するなりすればよいだけだ。

是非案内してもらえるかしら?――水は不自然なほどの笑顔で返事をした。



・  ・  ・  ・  ・



「ここだよ、この奥さ。」


妖精に案内されてついたのは、ガラスの細いトンネルだった。奥でいくつかに分岐してるのが、入り口から見える。


どうしてここに油がいると?――そう聞く水に、妖精は答える。


「僕は妖精だからね。気配を感じるのさ。ほらキラキラパチパチしてるでしょ?」

妖精が得意げにくるりと回ると、妖精の周囲がキラキラ輝きパチパチと音を立てた。


あなたがこの奥に入ればいいじゃない。――そう問う水に、妖精は答える。


「僕じゃ入れないのさ。サイズ的にね。君は変幻自在だろ?」

確かに妖精のサイズでは、簡単につっかえてしまうだろう。


わかったわ。そう言って水は細いトンネルの中に入り込んだ。仮にこの中のどこかに油がいたとして、妖精が何の危害も加えずにつれてきてくれる保証もなかった。それならば自分で隅々まで探る方がまだいくらかましである。


ガラスのトンネルは思ったより奥が深いが、それほど入り組んでいるわけでもないようだ。二度ほど分岐して、三つの行き止まりにたどり着いたところで、トンネルは終わりだった。


ねえ、どこにもいない…ちょ、ちょっと!何するの!


妖精が水のお尻をトンネルの中に押し込み、詰め物でトンネルの入り口をふさいでしまったのだ。囚われた水は、H型をしたガラスの管を行き来するも、どこにも逃げ場がない。


「どうせピンチになったら溺れさせるとか考えてたんだろ?まったく、舐めてもらっては困るよ。」


どういうことなの?ここから出しなさい!


「残念そうもいかないんだ。私の実験にぜひとも協力していただきたくてね。」


普通に頼めばいいじゃない!こんなまわりくどい…


「あぁ、なにせ君を殺せるかもしれない実験なのでね。そんなこと言ったら君は協力してくれないだろ?」


そんなの当然でしょ!早くここから出しなさい!油で釣るなんて…私をだました罪は重いわよ?


「はん、油が失踪してからどれくらい経つと思ってるんだ!とっくの昔に死んでるに決まってるさ。ま、実験が成功ならこれから君も同じところに行くんだがね。」


ちょ、やめなさい!出しなさあああああぁぁぁぁぁあああ!


水の体が突如泡立ち、温度がぐんと上がる。分子の芯までしびれが走る。見ると、妖精がバリバリびりびりと音をさせながらガラスの管の中にエネルギーのようなものを送っていた。


「申し遅れたな。私は電気!この本によれば君を殺せる唯一の存在だ!」


そそそんんなななやややめめめななささささいいいいい


「ははは無様なものだ!世界中いたるところで大きな顔をしてやがるあの水が!ろくに口もきけないとは!愉快愉快!はははははは!」


身体中がぶくぶくと激しく泡を立て、次第に分解し始めた。経験したことのない感覚に、水は恐怖した。


たたすすすけけけけけけててえええあああぶぶぶぶぶ・・・・


「さらばだ!水!」


もはや水は動けずしゃべれず、十分に思考することすら叶わなかった。身体はかつてないほどのビリビリとした痛みに覆われ、勢いよくとけてなくなっていく。


ついに水が一滴残らず消失した時、電気はエネルギーを送るのをやめた。


「…ふふ…ふふふはははは!やったぞ!成功だ!素晴らしいなこの本は!」


電気の精は、『たのしい理科:5』という本を片手に、颯爽と行き去っていった。



こうして、水も油も姿を消した。


多くのものが不審に思った。しかし、誰も何も出来なかった。

探すにも考えるにも、手掛かりとなりうる違和感や不自然な事物を見つけられなかったのだ。


やつを除いて。





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