第4話:油の悲劇



「こんにちは、油君」


油が振り向くと、見たこともない紙が、こちらをじっとりと見ていた。

はい、何でしょう?と、当たり障りのない返事をする。


「私、前々から油君のこと見てたんだけど、あなた水に恋してるでしょ?」


思わず、えっと小さく声を上げた油は、動揺を隠すべく、ぷくぷくと油輪を量産した。


「私ね、あなたの手助けがしたいのよ。」


ふんわりと怪しげな香りのするその紙に、油はどことなく嫌な予感を覚えた。

だが、そんな気がするからという理由だけで無下な対応をするなんてことは、優しい油には出来かねた。だから、油は出来るだけ丁寧な言葉でこう伝えた。

たいへんありがたいのですが、あまり知りもしないあなたのお力を借りるなんておこがましくて僕にはできません、と。


「……そうね。初対面の相手にそんなこと提案されても困っちゃうわよね。ごめんなさいね。…最後に、記念に握手してもらえないかしら?」


スッと手が差し出される。ペラペラで、ちょっと艶やかな、何の変哲もない紙の手。特に怪しいものではない。油は、何の記念だろうと疑問に思いながらも、その手をとった。


―――途端に、ズズズズズズズズズズズズズズとすさまじい勢いで油は紙に引き込まれ始めた。

なんなんですか、ちょ、い、痛いです、やめてください、離してください!

悲鳴にも近い油の叫びを、悦に入った顔で聞きながら、紙が答える


「ごめんなさいねぇ。わたし、あなたを吸い込んでみたくてたまらなかったのよねぇ。安心して力を抜きなさい。一滴も残さず吸い尽くしてあげるから。」


そう言っている間にも、油は吸われ、すでに半身近くも紙に取り込まれていた。

い、いやだ、僕はあなたになんか吸われたくない!誰か、誰か助けてください!あ、あぁ…み…


油は何も抵抗できなかった。油輪をむなしくはじけさせながら、油は、ほんの少しの油膜の残骸を残し、完全に紙に吸収された。


「うーん、満腹満腹。やっぱり私とあなたの相性は抜群ね。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私、油取り紙って言うの。ありがとう、あなたのおかげで私、つやつやよ?」


油取り紙は高笑いをしながら去っていった。



このように行動に出たものは、油取り紙だけではなかった。







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