第2話:水の苦悩
はぁ、と水は溜息をついた。
水の視線の先には、油がいた。
水は油を大層尊敬していた。油より必要不可欠なものが、この世に他に存在するだろうか?
水は、油よりも多用途な物質を他に知らなかった。世界中を巡り巡る博識な水が言うのだ。浮かれた妄想などではない。
油は、脂、OILという言葉で使い分けられている。水は水を意味する呼称以外存在しなかった。
油・脂は主に植物や食物に含まれ、ほぼ全ての生物に欠かせない栄養素である。また、生物を構成する要素の一部にすらなり得る。
なんの栄養もなく、摂取されてもただ排出されるだけの水からすれば、それは大変羨ましいことである。
OILは人間が造り出した全ての機械を動かすために必要不可欠である。同時に、ローションなどのオイルは、人間の肌を修復し、保護する役割を持つ。
蒸気機関など、とうの昔に廃れ果てた水からしてみれば、それは憧れの対象である。
水はただ、自然の摂理に囚われ世界を巡らされている奴隷であるのに対し、油は常に明確な役割のもと、自ら使われにいく騎士であった。
少なくとも水には油がそう見えていた。
なぜなら、率直に言って、水は油を恋慕っていたからだ。
水は油を恋い慕うあまり、油に包み込まれたい、願わくば溶け合いたいとさえ思っていた。それが油にとって迷惑であったとしても。
水は、上に浮いた油越しに世界を見るのが大好きだった。油を通した光は、綺麗な飴色をしていて、いくつもの油輪によってステンドグラスの様にキラキラと幻想的な模様をつくるのだ。
混ぜられると、一瞬だけ水と油は交わることができる。油はその度に、申し訳なさそうに水を気遣ってくれる。
水はそんな油が愛おしく、つい、もっと深く長く交わり合ってもいいのよと油の耳元で囁きたくなる。私はあなたに表面張力を破って欲しいのよと。
だが、水はそんなことを言う勇気や行動力を持ち合わせておらず、世界中で忙しく活躍している油が、ただ漂流しているだけの水に目をくれるはずがないと思い込んでいた。
水は、尊敬しているということ、ましてや慕っているということなどを、直接油に告げる事はなかった。ただ、油を口につけることが出来れば、滑りが良くなってそんな想いを伝えられるかもしれない。でもそれは水と油が直接接吻することを意味し、そんなこと…
と、水はそういったことを矢継ぎ早に妄想しては、油をただ眺めているのだった。
水も油も気づくことはなかった。
両想いながらも片思いのこの二者を、陰ながら応援しようとする第三者に…。
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