第6話 拝啓、口約束は無効なんですか?
拝啓、転職失敗人間様
私の名前は、山野 信也。今年で35歳になります。前職は大手スーパーにて働いており、平日も休日も早朝から深夜まで仕事に明け暮れていました。ある日、妻が風邪をこじらせてしまい入院することになりました。咳が酷かったので、念のため入院しましたが、結局2日で退院し病状は大したことありませんでした。しかし、今まであまりにも多忙の為、家庭に目を向けていなかった私は、このことで私の家の現状を知りました。成績が悪い息子、家事に育児に疲れ切った妻、リビングや寝室以外の部屋の散らかり様はまさに悲惨でした。この時から私は家庭に使う時間の必要性を知り、転職を考えました。
あるスーパーに面接お伺いした際に、面接官から
「山野さん、すごくいいよ。私と一緒にこのスーパーを変いこう。いいスーパーを君と一緒に作って行きたい」
と熱いオファーを頂きました。このドラマの様な展開に興奮し、私自身もすごく乗り気になってしまいました。しかし、今回の転職は、家庭に目を向けたく始めたもので、採用条件に関して質問しました。
「今回、私は勤務時間、残業時間や勤務地に関してこだわりを持って活動をさせて頂いております。勤務時間、残業時間はどのくらいでしょうか?また、全国展開されている御社は、転勤は頻繁にありますでしょうか?」
「山野さん、その辺は気にしなくていいよ。うちは営業時間が21時までだし、18時以降は当番制で回しているから。それに、私が君を転勤なんてさせないから。私と一緒に大阪店からこのスーパーをいいスーパーに変えていこう。」
そんな面接を受けた私は、残業は少しはありそうだが、少なくとも転勤は無いものだと思い込んでしまいました。
そう思い込んでいた私は、前職より給与が下がるが、家庭の為にはこれがいいと思いましたし、何より熱意が嬉しかったので、このオファーを受ける事にしました。
入社し、当時の面接官の津田さんが私の上司になりました。西日本統括本部長の津田さんは、入社後も私に対する好意は変わらず、新人では参加できない製品開発会議などにも同行させて頂いたりと、非常に良くして頂きました。また、一緒に取り組ませて頂いたプロジェクトも成功し、大阪支店の売り上げは、売り上げ目標の120%達成する快挙。
勤務時間に関しても、当番制で週に1日2日程度は、21時閉店を任される事はありますが、その他は比較的早く帰宅出来ますし、土日に関しても月に3日程の出勤で、代休も取得させて頂けるし、理想の働き方を手に入れたと思っていました。家庭の方も私が家事に参加出来るようになったことで、妻も生き生きとし、妻も息抜きで友人とランチ行ったり、息子も一緒にキャッチボールしたり、一緒に宿題したりと、連休になれば家族でお出かけするといった幸せな日々を取り戻しました。
そんな幸せな1年半が経ったある日、津田さんがいきなりの退職。耳を疑いましたが、その日から日常は一変しました。西日本統括本部は無くなり、全国で一つの統括本部になり、その統括本部の本部長が元々東日本統括本部長の正田さんが就任されました。正田さんは元々津田さんの事は良く思っていなく、津田さんの結果に関しても難癖をつけていた方でした。大阪支店のやり方に口出しをはじめ、津田さんのやり方を否定し始める日々。21時閉店の当番制は無くなり毎日21時まで勤務、意味不明な業務命令が繰り返され、その為休日出勤も増え、職場の雰囲気も悪くなっていきました。特に津田さんと仲良くしていた社員に対する当たりはひどく、10年以上大阪店を支えていた店長も退職願を出してしまいました。
そして私に辞令が
「岡山店勤務を命ずる」
何と、入社後1年9カ月で転勤の辞令が出ました。まさかの転勤。給与が下がってでも家族との時間を取ったのに、家族との時間も無くなり給与も無くなり、血の気が引いていく感覚を感じました。正田さんに「面接の時に転勤は無いと確認しましたが・・・」と相談するも、そんなの聞いていないとの返答。口約束だけならば何の証拠にならないとのこと。帰宅し、妻に話すことが出来ず、大人になって初めて公園のブランコに乗りました。
幸い他のスーパーに採用して頂けることが出来た私は、再度転職することが出来ました。
正田さんと退職者面談がありました。
「一応、皆さんにお願いしているんですが、この会社で得た製品情報等を他社に行かれた場合に使わないと約束してください。」
「サインはしません。しかし口約束で、はいとお伝えしておきます。ただ、口約束は無効かもしれませんが。」
一時は、津田さんに関しても批判的な感情も抱きましたが、今思うとなかなか経験できない経験をさせて頂いたことは本当に感謝しています。ただ、口約束の恐さを知った今回は、採用通知書に
「特別な事情が無い限り、5年間は大阪店勤務」
と書いて頂けました。少し忙しくはなりましたが、家族みんなで頑張っていきます。
敬具
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