第7話 拝啓、振り返れば奴はいない

拝啓、転職失敗人間様


 私の名前は、田中 和樹 25歳です。学生時代から、おとなしい性格で俗に言う「おたく」と呼ばれる人間です。PCを触るのが好きで、システムエンジニアとして仕事をしてきましたが、前職の会社ではPCでの作業以外に、お客様へ保守契約のご提案等、コミュニケーションスキルを求められるのが嫌で、この度転職しました。

 今回の会社は、前職の会社より大きく分業制が進んでいて、私の部署はメンテナンス作業のみを行う部署で、面接時も確認させて頂いたが、客先で挨拶等は必要ですが、複雑なコミュニケーションスキルは要らないとのことです。人と話すのが少し苦手な私にとって、それはまさに理想でした。

 本社でのオリエンテーションも終わり、また大の苦手な飲み会も無難にこなし、大阪支店へ初出勤しました。大阪支店の入り口で、ドキドキしすぎてなかなかインターフォンを押せませんでしたが、勇気を振り絞って押しました。

 事務の女性が応答して頂いて無事出社することが出来ました。もう、既に冷や汗全開でした。上司の方や同僚の方々にご挨拶させて頂き、私のデスクに案内されました。

 メンテナンス部門は事務所の一番奥の3列の島で、私のデスクは、一番壁側の壁側に向いた席の一番後ろでした。普通に見上げると、事務所内ではなく壁が見えるこの席は、人見知りな私にとって心地よかったです。午前中、PCのセットアップ作業等があり、黙々と作業をしていました。お昼になって、上司の方が食事に誘って頂き、昼食をとり午後からも事務所で黙々と作業をしておりました。

 翌日も、特に作業同行させていただくことも無く、黙々と作業を繰り返しました。お昼になり、振り返ると、メンテナンス部門のメンバーは誰も居なくなっていました。仕方なく、近くのコンビニに行き一人で食事取りました。

 そんな日常が繰り返されたある日、上司より

「みんな忙しくて気が回らないから、田中君から積極的に声を掛けて同行していってよ」

と指示されました。私にとって、それはかなり勇気の必要な事でしたが、なけなしの勇気を振り絞り、朝一に早く出社されていた先輩に声を掛けました。

「本日、もしよろしければご同行させて頂けないでしょうか?」

「わかりました。今のところ予定が無いので、出動の際は声掛けますね。」

 私は、安心してデスクに座りその時を待つことにしました。お昼になって、振り返ると、無人のデスクが広がっていました。あれ?誰も居ない。お昼に行っちゃったかな?と思いつつ、今日もコンビニで食事。その後、誰も帰ってくることも無く、この日は結局事務所で過ごしました。

 その翌日、歓迎会がありました。一次会では、ご挨拶させて頂いたりすることがメインでゆっくり食事することも無く無難に過ごしました。店を出て、「二次会に行こう」と盛り上がる先輩たちが私にこんな指示が

「10人入れる店探してきて」

 私は、近所の居酒屋を数件回り焼き鳥屋さんで10名OKの店を見つけました。

 小走りで皆さんの元に戻ると、誰も居ない。そう、そこには誰も居ませんでした。焼き鳥屋さんにキャンセルさせて頂き、その日はそのまま帰宅しました。

 翌日、また先日とは別の先輩に声を掛けさせて頂きました。

「本日、もしよろしければご同行させて頂けないでしょうか?」

「わかりました。出動の際は声掛けますね。」

デスクに座り、お昼になり振り返ると、そう、誰も居ない。

またしても誰も居なくなっていました。

 そんな日が繰り返される日々に、遂に私はいつも眺めている壁のシミが人の顔に見えてきました。そのシミを「ジョニー」と名付け、その日から仕事の大半をジョニーと過ごしました。

 また、別の日同じように声を掛けさせて頂きました

「本日、もしよろしければご同行させて頂けないでしょうか?」

「わかりました。出動の際は声掛けますね。」

そして振り返ったら、奴は居なくなっていました。その日もジョニーと過ごすことになりました。

 そう、この会社は私のように人と話すのが苦手な人達が集まっていた会社でした。出動の際に私に声を掛けるのが嫌な先輩たちはこっそりと出動してしまっていました。勇気を振り絞り過ぎて疲れきった私は、退職することにしました。

 最終出社日に上司から

「あんまりかまってあげれなくて申し訳なかった。」

「ジョニーが一番かまってくれました。」

きょとんとした上司の顔が忘れられません。

 この会社で、私は社会人にとってコミュニケーションスキルというのは必須だと痛感しました。コミュニケーションスキルの要らない会社は、人見知りな私には逆に辛いという事を知りました。これからは、逃げる事は辞めて、コミュニケーションスキルを磨いていき、ジョニーに頼らなくてもやっていける社会人を目指します。


敬具

 

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