第5話 拝啓、決まってました?

拝啓、転職失敗人間様

 

 私の名前は、寺川 昌太 50歳。工場用清掃製品の販売を行っている会社の大阪支店長をさせて頂いております。この度、我営業チームに43歳の営業マンが入社してきました。お名前は山澤 久幸さん。前職は、他業界の営業マンだが、西日本営業部の部長をされていた方です。そんな素晴らしい肩書を持たれている方が、中小企業の給料の高くない我が社を選んで頂き、嬉しさと、何とも言えないプレッシャーを感じていました。

 山澤さんは、優しい話し方をされる方で、周りから好かれそうな雰囲気を持った方でした。出社当日の自己紹介でも、関西人らしく少し笑いを入れた素晴らしいご挨拶をされていました。前職の退職理由は、部長になったことで内勤が多くなり、また、得意ではない営業データの解析の仕事をする様になり、自分の良さを生かせなくなった事で、自分の良さを生かせるフィールドへ転職したかったとの理由でした。要するに、現場での営業が好きだ、ということでした。

 研修期間を終え、一人で営業を回って頂けるようになり、期待通り他の新人達より早くに結果を出してくれるすごく優秀な方でした。飲み会では、軽くボケて、誰かに突っ込ませて、得意のギャグである「ドキッ」で周りの笑いを取る、得意のパターンを持っており、まさに軽快なトークをする方で、社内の評判も上々、久しぶりにいい新人が入って来たと喜んでいました。しかし、私の中ではこの頃から少しある違和感を感じていました。

 「なぜ、我が社を選んだのか?」

 こんな優秀な方が、給与も高くない、自宅から近いわけでもない、中小企業の他業界である我が社を選んで頂いた理由がどうしても分かりません。この不安は、活躍する山澤さんを見る度に日に日に大きくなっていきました。

 3カ月が経ったある日、営業部長から山澤さんが退職願を出されたと連絡がありました。退職理由は「思っていた仕事では無かった。」とのこと。私の不安は的中しました。今後は別の会社で営業を続けるとのこと。別の会社というのは、山澤さんが元いた業界の小さな新しい会社とのこと。私の感じていた違和感は、もしかしてこれだったのかと、その時ある考えが浮かびました。

「初めから決まってた?」

 心ではそう思っていましたが、声には出せず、何とか引き留めるように部長に指示を出しその日は終えました。

 その日から、山澤さんが行く予定の小さな新しい会社の事を少し調べました。昨年日本に進出した外資系企業で、社員は10名ほどの小さな会社。社長は、前職は同じ業界の外資系企業で勤務されていた方・・・・やはり!!!山澤さんと同じ会社出身の方でした。

「初めから決まってた?」

 私の中で、この疑問は確信に変わりました。

 1週間後、意外にも引き留めに応じた山澤さん。同僚の営業マンの引き留めに応じたとのこと。私の確信は間違っていたのか?この日から、モヤモヤした日々を過ごしていましたが、山澤さんはその日からも仕事面では優秀で、今日も「ドキッ」で周りを笑わせていました。

 しかし、その2か月後、再度山澤さんから退職願が提出され、結局退職さることになりました。

 最終出社日、山澤さんが私のところに挨拶に来られました。

「短い間でしたが、お世話になりました。」

「山澤さん、もしかして初めから、その会社に行くこと決まってました?」

「ドキッ(笑)」

 結局、笑いでごまかされましたが、これはきっと「決まっていた」と確信しております。恐らく、決まっていた会社が、何らかの理由で採用日にズレが生じ、その穴埋めの為に我が社に入社し、その日にちを調整したのでしょう。

 今回は完全に転職者の採用活動の失敗と言わざるを得ません。その日から、優秀な方の転職には裏があると思っています。

 今日も、新人営業マンが来ました。しかし、少し抜けている28歳。今日の自己紹介で大きくすべっていました。ちょっと抜けているぐらいが安心します。


敬具





 

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