クラスのマドンナが俺の理想の高校(オタク)生活を邪魔してくる
山田よつば
第一章
第1話 良い友達とドジな友達
「――
自分の名前が呼ばれた時、心臓が大きく跳ねたのがわかった。
目の前でまっすぐ俺を見る彼女は驚くほど綺麗で、まるでテレビの画面越しにドラマでも見ているような気分にさせられる。
だけど今、俺と彼女の間にはテレビの枠なんてなくて。
彼女が優しい声で呼んだのは間違いなく俺の名前だった。
その現実感のない光景に圧倒されて何も言えない俺の喉から、ごくりとやけに大きな音が聞こえた。
その直後に恥ずかしそうに微笑んだまま、彼女は再び口を開いて、全く似合わない敬語で俺に気持ちを伝えた。
「私と友達になってください――」
◇◆◇◆◇
「やはりマリたそは今期No.1ヒロインでござるなぁ~」
「わかるっ……! 昨日のキスは反則だったよ……わかりみが深い」
「そうでごわすよなぁ……でもおいどんは逆に昨日の展開でリンたそに胸を打たれてしまったでごわすよ」
「それもわかるっ……! あの別れ際の台詞は反則だったよ……わかりみが深い」
朝の八時。
俺の机のある窓側の教室の隅では、いつものようにオタク話に花が咲いている。
早めに教室に来ている生徒には、もうそろそろこの時間にはこの場所に集まるオタクの生態系が認知されてきた頃かもしれない。
「優太郎はわかってるでごわすなぁ~、あ、そういえば原作の最新巻はもう読んだでごわすか?」
「ああ、丁度昨日読んだよ。あの巻のラストまでアニメ化してくれればな~って思ったなあ~」
「わかるでござるよ優太郎殿……! でも、それは恐らく二期までお預けでござるな」
「待ち遠しいな!」
「でごわすな~」
昨日放送されたアニメの話をしながら席に座ってリラックス。
俺から見て左に立ってござるござる言ってるのが
二人とも、この高校に入学してから一ヶ月も経たずに俺にできた貴重なオタク仲間だ。
貴重な、なんて言ったら大げさかもしれないけど、同じ趣味の友達ができるかどうかは、俺にとっては高校生活で何よりも大切なことで。
だから誰がなんと言おうと、俺にとって二人は大切なオタク仲間だったりする。
「それはそうと、二人は今期はまだ何も切ってないでござるか?」
「おいどんはBL以外は大体見てるでごわすな」
「あー……俺は……まだ、見れてないのもあるんだよな」
「速さが足りないでござるな~もう大体二話放送も終わってしまうでござるよ?」
「ラブコメは大体見たんだけどさ……好きなやつから見ちゃうんだよな」
「仕方ないでごわすよ。優太郎はおいどんと違って勉強もできるでごわすし。今度おいどんが見た方がいいアニメだけピックアップしておくでごわす」
「いや、勉強は……でも、ありがとな。助かるよそれは」
「そうでござるな。一人の遅れは皆でカバーでござる。拙者もオススメだけ伝えておくでござるよ」
「道下まで……ありがとうな!」
片手ずつ伸ばして、二人とガッチリガッチリ握手を交わす。
やはり高校生活に必要なものは友情とオタク。それだけだ。
俺がアニメから学んだことは間違いなかった……!
「――うわ……なーにあれ」
――なんてことをしてると。
まだ数人しかいなかった教室に三人の女子が入ってくる。
「やめときなよ~……」
「いやごめんびっくりしてさあ」
一人は俺達を見て馬鹿にする金髪女子。一人はそれを制止する黒髪女子。
そしてその二人の間で何も言わず、興味もなさそうに俺達を見ているのが
このクラスのマドンナ……いや、ボス的存在。
少しの乱れもなく綺麗に流れる茶髪に、全てを見下していそうな切れ長の目。
全体的に整った顔立ちをしてる上に、モデルでもやっていそうなスタイルの良さも持っているとあって、入学から今日までずっとクラスの中心にいる人物。
もうクラス外からも見に来る奴がいるほどの有名人だから俺でも名前は知っているけど、向こうは俺達みたいなオタクグループには近づきもしないから話したことはない。
「……男の友情に水を差されたでごわすなぁ」
「気にするな気にするな。どうせ関わることもないんだから。……って、なんで固まってるんだ道下」
「いや……拙者今日、神籐殿と日直なんでござるよ……」
「それは……ご愁傷様でござるでござる」
「生きて帰ってくるでごわすよ」
「頑張るでござるよ……まあ、多分話すこともないと思うでござるけどね」
「まあなー」
神籐さんの周りの女子は俺達みたいなオタクを見て馬鹿にしたりもする。ただ、神籐さん自体は全くそういうことはない。
それは女神とか聖人とかいうわけではなく、ただただ関心がないという感じで。
だから道下と日直でも、きっと話すこともなくテキトーに終わらせてしまうんだろう。
俺達の中の神籐さんのイメージは、大体そんな感じだった。
「じゃ、拙者はもうそろそろ離脱するでござる。今言った通り、日直の仕事があるでござるから」
「早く終わらせておけば楽だもんな」
「そうでごわすな。また昼に話すでごわすよ」
「了解でござる。では、また昼に」
「またなー」
手を振って道下を見送った後も、俺は残った岩須と雑談を続けた。
あの漫画がアツいだとか、このラノベが今人気だとか、そのアニメも面白いだとか。
毎日話していることは概ね同じだけど、話題が尽きることはない。
それはきっとこれからも同じで、毎日増えていく話題と一緒に、俺達は毎日オタク話を続けていくんだろう。
高校卒業まであと大体二年と十一ヶ月。
この環境さえあれば、俺は高校卒業までに未練なく高校生活を楽しみ尽くせる。
気が早過ぎるかもしれないけど、今の俺は、そう信じて疑わなかった。
――この時までは。
◇◆◇◆◇
「ふぃ~、今日も一日お疲れ様でござるよ~」
「いやいや、まだ気が早いだろ道下は」
「あとは帰りに号令かけるだけでござるよ? ちょろいもんでござる」
帰りのホームルーム前のちょっとした空き時間。
俺達は今日一日日直をして疲れたらしい道下を労う形で集まっていた。
道下は一仕事終えたと油断するかませ犬の顔をしている。
「今日の陽真はずっと顔色が悪かったでごわすからなぁ」
「何言われるかヒヤヒヤだったでござるよ。結局何も言われなかったでござるけど」
「まあそんなもんだって」
興味のない奴とは関わらない、それが神籐流なんだろう。
俺達が過剰に気にしすぎているだけだ。
「それはそうと、帰り、日直の仕事何もなかったら一緒に部室行こうな」
「そうでごわすな」
そう言って、岩須は鞄から卓球ラケットの入ったケースを覗かせる。
意外でもないことに、俺達は三人とも仲良くオタク部……卓球部に入っている。
というか、俺達の出会い自体が卓球部に入ろうとしたことがきっかけだったりする。
だから、いつもならこの三人でのオタク談義は放課後まで続いていくんだけど、
「あー……申し訳ないでござるが、今日は用事があって早く帰らないといけないでござる」
「あ、そうなのか」
「珍しいでごわすな?」
「拙者はどうでもいいでござるが、多分遅れると母上がうるさいでござるよ。行けないことは部長にも伝えといてほしいでござる」
「了解。俺が言っとくよ」
と言ってもゆるい部活だから、言わなかったとしても大して問題にはならないだろうけど。
ただ、そういうところはきちんとしておかなければダメだろう。
そこまで話したところで担任の
「は~い、座って座って~? ちゃっちゃと終わらせるわよ~?」
20代後半の黒髪美人、基本的には優しいものの、言葉がどこか威圧的だと評判の沢住先生の一声で全生徒があっという間に席に座り、帰りのホームルームが始まった。
ちゃっちゃと終わらせるの言葉通り沢住先生のホームルームはかなりスピーディーで、伝えることを簡潔に伝えたら、あとは日直に号令させて終わり。短い時は大体三十秒ほど。
今日の連絡は数はあったものの、俺達に関係しそうだったのは、直前の授業で使った小道具を日直は準備室まで運んでおくこと、くらいだったから、大半の生徒は眠そうに号令を待っているだけに見えた。
まあ俺も直接関係はないからアニメのことを考えてたんだけど。
「はい連絡終わり~、日直は号令して~?」
そんな様子で、今回も一分も掛からずに連絡は終わり、道下と神籐さんの気の抜けた号令によってその日のホームルームは終わった。
ホームルームが終わると、既に帰る準備万端の道下が挨拶だけしに近づいてくる。
宝くじで10万円当たったくらいの幸せそうな顔をしている。
「ふ~……」
「じゃ、また明日でござる」
「ん、急いで行ってこいよ~」
「ばいばいでござる~」
日直から解放されて嬉しそうな道下を見送って、俺も鞄を持って岩須に近づく。
早く終わらせたがる担任の影響で生徒の行動も早いのか、もう半数の生徒はスマホを見たり雑談したりしながらぞろぞろと教室から出ていっている。
「陽真はウキウキだったでごわすな」
「実は相当嫌だったんだろうな」
「と言いつつおいどんも神籐さんは怖いでごわすが」
「んー、怖いことはないと思うけどな」
別に何かされるわけでもないし。
ただ、こっちが勝手に怖がってるだけだ。
「よし……じゃあ部室行くかー」
「どうせ行ってもまだ鍵開いてないでごわすよ」
「だけど待ってても開かないしな」
「おいどん達が毎日鍵取りに行ってる気がするでごわすなぁ……」
「たまに女子が開けてることもあるだろ、一年の」
「一年生しか開けてないでごわすな」
「一年の仕事なんだ。多分」
他の部室の鍵は結構上級生が持っていくのを見るとか、そもそも上級生が先に来ることがないとかそういうことはうちの部活には関係ない。
そんなことを喋りながら、俺達ももうあまり人のいない教室から出ようとする。
ただ、教室を出る前に、何だか珍しい光景が見えた気がして、俺の足は止まった。
教室の後ろの扉から出ようとする俺達とは反対側。
黒板の前で、一人だけで立っている神籐恋美の姿が、なんとなく俺の頭に引っかかった。
いつもは、朝のように周りに仲の良い女子を引き連れて帰っているイメージがある。
だけど、今日はもうあの女子達は教室にはいないようだった。
その足元には、帰りのホームルームで日直が片付けるようにと言われていた小道具の入ったダンボール。
ああ? そうか。日直の仕事があるから今日は一人で――
「――――道下は!?」
「どうしたでごわすか!?」
「道下だよ!」
「道下がどうしたでごわすか!?」
確か今日は帰らなきゃいけないとか言ってウキウキでさっき帰っていった。
宝くじで10万円当たったような幸せそうな顔をしていた。
もうあとは幸せなことしかないみたいな顔だった。
もしかしなくてももう帰ったのか道下……!?
あんなに神籐さんと日直だ日直だって注意してたくせに最後の最後で……。
「どうしたでごわすか!?」
「いや……何でもない……んだけど」
俺にとっては何でもない。
だけど、俺の友達にとって、道下にとってはかなりの一大事だ。
怖くないとは言ったものの、道下が神籐さんに仕事を押し付けたとなれば、クラスで道下がどうなってしまうかはわからない。神籐さんの影響力に掛かればオタクの一人や二人まとめて粉微塵だ。
本当に、何してるんだ道下……。
「……岩須は、先に鍵取っててくれないか」
「なんで急に押し付ける流れになってるでごわすか」
「腹痛くてさ……トイレ行ってから行きたい」
「まったく仕方ないでごわすねー……早く来るでごわすよ?」
「ありがとう。助かる」
そう言って、岩須は大して疑うこともなく鍵を取りに職員室へ向かってくれる。
俺は良い友達を持ったな。ドジな友達も持ったけど。
「はーっ……」
さっき自分でも言ってた通り、神籐さんは怖くない。
俺達が勝手に怖がってるだけだ。
怖くない怖くないお化けなんてない。
そんなことを心の中で言い聞かせながら、俺は覚悟を決めて黒板の前で佇む神籐さんに近づいていった。
「――神籐さん。道下、急用で帰ったから、俺が運ぶよ。その荷物」
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