第2話 朝食


篠田しのだ修平しゅうへいは機嫌が良かった。


朝の星座占いが1位であったこと、落とした車のキーを拾ってくれた女性の谷間が見えたこと、朝ごはんが美味しかったこと。しょうもないことだが篠田のモチベーションを上げるには十分だった。研修医1年目というただでさえ神経をすり減らす環境の中、日々の些細なことで幸せを感じなければ彼の心はたちまち腐り果ててしまうだろう。


単調な毎日だ。毎朝大学病院のカンファレンスに出席し、担当する患者さんのところへ話を聞きに行く。暇さえあれば上級医の駒となり雑務をこなして、看護師の尻に敷かれながら仕事を覚えていくのだ。病気で苦しむ人たちを救うという大義に心躍らせながら勉学を頑張っていた学生の頃の方が、篠田にとっては幸せだったのかもしれない。




ドクタールームのドアの外から栗原くりはら真帆まほの陽気な声が聞こえる。ドアが鈍い音をたてながら開き、真帆が入ってきた。口には職員カードを咥え、右手にコーヒーを持ち左手には菓子パンの入ったビニール袋を下げている。真帆は篠田を一瞥し、自分の席にどしんと座った。

「なに暗い顔してんの、そんな面下げて患者のところ行かないでよね。陰鬱すぎて湿気がすごいわよ。あー、カビ生えちゃいそう。」

「俺は元々こういう顔なんだよ。嫌なら除湿機でも置いとけこの野郎。」

「なによ、パン買いに行かせといて態度大きいんじゃない?」

「へぇへぇ、そいつは失礼いたしましたよ。」

篠田にパンを放り投げ、パソコンの電子カルテを開いた。真帆は篠田と同じ高校の同級生で、大学は県外の都心に近いところへと進んだが研修先は地元に帰り、結果篠田と同じ大学病院で研修医1年目を迎えていた。大きな瞳に長いまつ毛、リップで薄くピンク色に潤んだ唇、丸顔だが愛嬌のある顔つきで、世間一般に言われる“女医”のイメージとは異なっている。


「そういえば。」

コーヒーを啜りながら、真帆は電子カルテから目を離さずに話しかけた。

「あなた宛に何か届いてるみたいよ。差出人の名前が無いし、そもそも病院に送りつけるって気味悪いから下の受付で預かってるって。」

「なんだそれ。爆弾だったらどうしよ。」

「やめてよ、死ぬなら1人でお願い。病院の外で開けてくれば、巻き込まれたくないし。」

「おうおう、言うねぇ。え、下の受付って総合受付でいいんかな。」

「知らない。そこまで聞いてないわ。行けばわかるんじゃない。」





重い腰を上げ、職員カードを首からぶら下げて篠田は一階の総合受付へと向かった。





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