化け物の扱い方⑥


暫くそこに立ち尽くしていると、上官に追い出されたのかノイズが部屋から出てきた。


「なんだよ、あのおっさん。感じ悪ぃ…。って、何やってんのお嬢さん。こんな所で」

「……ノイズ……さん」


気にするなと、自分を叱咤していた所だったのに、思わず情けない声が出てしまった。


「うわ、そんな風に呼ばれてたっけ、俺」

「いえ、我々のためにその身を裂いて協力をしていただいているのですから、敬称はつけるべきかと思いまして」


誤魔化すように答えると、ノイズは首を傾げる。


「ふーん…?……ま、俺的にはさっきのおっさんの態度が正しい反応で、お前らみたいに普通に受け入れてる状況の方が違和感あるけど」

「……受け入れる…ですか」


アイルーは、自嘲気味に笑う。当然のようにアイルーの盾になっておいて、こちらの敬意を無下にするのかこの男は。


先ほどの上官の言葉が、小さな棘となって抜けない。


「そんなに畏まらなくていいし、なんならはっきり差別してくれたほうが」

「私を、馬鹿にしないでください」

「……なに?」


悔しい?ちがう。これは、この感情は、惨めだ。


結果がこうなってしまったなら、それはそれで良かった。命拾いをした。また、皆と戦える。そう思っていた。思おうとしていた。


「まずは、お礼を言っておきます。今回は助かりました。ありがとう」

「……あ、ああ」

「ですが、それを当然の事と思って貰っては困ります。盾になる。それは立派な覚悟だと思いますが、それが当然だなんて、じゃあ、私達は、今まで、」


 そんな事は有り得なかった。必ずしも体が丈夫な人間が盾になるのか。前線に出るのか。けれどアイルーは、ブラッド隊の元で、班長として。


「いや、覚悟、って程のものでは」


 ノイズとは、おそらく解釈が違う。だけど。だからといって、彼の考えを一方的に押し付けられる謂れなどない。


「いいえ、あなたは、死なぬとは言え、苦痛はあるのでしょう。それをさも当たり前のように受け入れて差し出すなんて、馬鹿としか思えません」

「え、あ、はい。まあ」

「一度も死んだことのない私が、あなたにこう言う事はおこがましいかもしれませんが、これでも何度も、死地を潜り抜けてきました。今回のように」


 あなたのせいで、その覚悟は無駄になったけれど。そえ、静かに、アイルーが怒っている事を察したのか、ノイズが黙った。


「死んだ仲間も、数多くいます。それを、あなたがいれば助かったのに、と責める事は絶対にありえません」


 誰もそんな事を言ったとも、言われたとも言っていない。しかし、ノイズの言動は、行動は、そう思う事が普通で、自分達もそうあるべきだと思っているような節がある。


「……どうして」


 案の状ノイズがそう呟いて、アイルーはいよいよその柳眉を釣り上げる。


「馬鹿にしないでください」


 なぜ、自分達が彼を虐げなければならない。


命の恩人であるこの男の発言が許せなかった。愚弄されていると思った。酷く勘に触る。理屈ではない。苛立ちを隠せない。


「受け入れられない矮小な器しか持っていないと思われているのが癪です。私達は、私達だってあなたに感謝をしたい。犠牲なく異常者と渡り合えたことを素直に誇りたい。でも、あなたがいなくたって!」


 同時に、感じていた嫉妬も、思わずノイズにぶつけてしまい、アイルーはそこで一瞬自分を恥じた。己の命で以て、異常者を始末できたのにという、愚かな対抗心。最初は、ほんのわずかに生まれたその感情を、大きな形になる前に昇華できるはずだったのに。さっき上官に言われた一言のせいで漏れ出してしまったのかもしれない。


「……うん」


 しかし、かの化け物は黙ってそれを聞いていた。


 アイルーの涙腺が緩む。


「私の覚悟を……馬鹿にしないで……」


勿論、死んでも良いと思ったわけじゃない。死にたくないと、思わなかった訳じゃない。けれど、自分の命は、異常者から健常者を守るために捧げると誓ったのだ。今まで死んでいった仲間も、今共に生き残っている仲間も。助けられたくなかったなんて言わない。だけど、それを当然とも思わない。それの何が悪い。


「あなたを受け入れることが、私の誇りを守ることでもあるんです…」

「うん、ごめんな。無神経だった」


ノイズは、子供をあやすようにアイルーの頭を撫でた。


ちがう、この人が謝るような事は何一つない。無神経なのはあの上官で、ノイズをそういう扱いをしているのは、言いたくはないがブラッドだ。


声に出して言えなかった鬱憤を、この心優しい化け物にぶちまけてしまった自分が、酷く恥ずかしかった。けれど、頭を撫でる手を振り払う気にはなれない。情けないし、恥ずかしい。


「あんたも、変な奴だな」


 ノイズが苦笑する。


恥ずかしい。けれど。

もう惨めだとは、思わなかった。


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