化け物の扱い方⑤
「てめぇ、俺を撒きやがったな!」
バグの処分を終えて、防衛隊は隊舎に戻って来ていた。その普段より浮足立った雰囲気の中、スカルの怒声が舎内に響き渡る。
「よっぽど豚箱にぶち込まれたいらしいな?」
「だってあんた邪魔だったんだもん」
「なんだと!」
その様子を、隊員達が呆れたように見ている。
「私も気になっていました。あなた、なぜあそこにいたんです?」
アイルーが口を挟むと、スカルがぐるりと彼女を見返した。余計な口を挟むなと言わんばかりに。ノイズは飄々と笑っている。最初はブラッドの完全な人選ミスだと思っていたが、なるほどこれはいいコンビなのかもしれない。
「あいつがいなくなった時、向かうとしたらあんたの所かな?と思って」
ノイズの回答に、アイルーは納得しかね、問いを重ねようとした。が、スカルに遮られる。
「なんでてめぇがそう思ったかはどうでも良い。何故俺を撒いたのかって聞いてんだよ!」
「いえ、今後のために聞いて置きたいです。……私としては、スカルが置き去りにされたことの方がどうでも良いので」
「~~!」
アイルーが辛辣に台詞を言えたのは、スカルがそこまで本気で怒っているのではないと思ったからだ。責める言葉に、威圧感がない。確かにこの男は隊内でも怖いと評判だが、義理には厚い。今回の一件は、ノイズの功績が大きい事はスカルも理解していることだろう。
アイルーと、違って。
「まあ簡単な推測?B地点であいつに威嚇射撃しただろ」
「……バレるような撃ち方は」
「ところが異常者の勘は素晴らしく良いからな」
つまり、あの狙撃で、位置がばれた、というのか。バグに銃弾が当たっていない所か、視界に入ったかも怪しかったのに。『普通』なら、ありえない。
「……それで納得せざるを得ないのが腹立たしいですね」
彼等は、普通じゃない。それが十分な根拠になってしまう。
「それが、なんで俺を撒くことにつながるんだよ!」
複雑な心境のアイルーを余所に、バグが言い募る。
「スカルさんしつこくね?」
「勝手な行動を問い詰めたい所だけど、おかげでアイルーさんが死なずに済んだから怒りのやり場がないんでは…」
隊員が小声で囁きあうが、隠そうとしていないために丸聞こえだ。
「そこ!勝手な憶測で喋ってんじゃねぇよ!」
案の状叱責が飛ぶ。その様子を見て、ノイズがニヤリと笑った。
「スカルってさ、アイルーの事好きだよねぇ」
「はい?私がなにか」
少し物思いにふけっていたアイルーが聞き返すと、スカルがまた慌てたように怒鳴る。
「何ニヤニヤしてんだ!ちげーよ!」
「……まぁスカルさん脇目も振らずに飛び込んで行ってただろうな。アイルーさんからの通信切れたんだからなおさら」
「し、しねーよ!」
「そうですよ、やみくもに異常者に対峙したところで何がどうなる訳でもないんですから」
「……う」
「スカルさん、アイルーさんが絡むとなぁ」
「もう黙れ、お前ら!」
「へぇ~~~!」
「てめぇはいちいち勘に触る奴だな!」
隊舎内に、異常者討伐後とは思えない笑いが起こる。
いつもなら、この時間はお通夜のようなもので、実際そうだった。任務で仲間が死なない日などなかったから。
「みんなご苦労」
ブラッドがドアを開けて入ってくると、ノイズ以外の全員が背筋を伸ばした。
「お疲れ様です、ブラッド隊長」
「今回のバグ・ロードの討伐。……犠牲者ゼロだ。みんな本当に良くやった」
誇らしげに告げられた台詞に、隊舎内が歓喜に沸いた。だが、アイルーだけは素直に喜べずに苦笑いを浮かべてしまう。そんなアイルーを一瞥して、ブラッドは、その事について何か言うわけでもなかった。そのせいか、この戦果の功労者であるノイズを褒め讃える事もしない。
アイルーは、居心地の悪さに身を引いた。
ノイズがいなくても、今回の任務は成功していただろう。なんて、格好の悪い嫉妬を、本当に少しだけ、抱いてしまっている。比べてみても、ノイズの方が優秀な成績を収めているのに。
彼の苦しみを想えば、何を馬鹿なと思われるかもしれない。ブラッドが何も言わないのも、アイルーのそんな気持ちを読んでの事なのかもしれない。手放しで喜ぶには引っ掛かる部分がある。そんな空気を感じていた。
「……それからスカル。話がある」
アイルーは、自分の名前が呼ばれた訳でもないのに、びくりと体を震わせた。
ノイズの監視役の彼に、話。今回最前線に立っていたアイルーとノイズを差し置いて?
アイルーはその昏い疑問に首を振る。ブラッドは、そんなアイルーとノイズの視線をくれてから、スカルとともに隊舎を後にした。
気になって、そっと追いかけて見ようとしたが止めた。そんなはしたないこと、できない。
肩を落としたところにカツンと足音が聞こえて振り返ると、代わりに防衛隊の上官の姿があって、アイルーは頭を下げる。
「お疲れ様です」
「……ああ、今回の任務、ご苦労だったな」
「はい、ありがとうございます」
「……ふーん。君か。バグと一騎打ちしたという女隊員は」
「恐縮でございます」
帰って来たばかりなのに、もう話が広まってしまっているのか。と顰めそうになった表情筋に力を込める。アイルーは防衛隊の唯一の女班長だ。目立った行動をすれば、話が回るのは驚くほど速い。
上官はじろじろとアイルーを眺めまわす。
「……君がバグを討っていれば、あの化け物に手柄をやらずに済んだかも知れないねェ」
ドクリ、と、重い血液が体を巡った。
上官は、そう言い捨てて、特別隊舎内に入っていった。犠牲者なしを手放しで喜ぶ他の隊員に釘を刺すためにだ。アイルーは唇を噛む。わだかまっていたもやもやが大きくなって、悔しさを感じた。
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