化け物の扱い方①
それは、誰もが知っているオトギのお話。
むかしむかし、あるところに、仲の良い夫婦がおりました。
夫婦は二人とも優しい性格の持ち主で、村の人たちにも好かれておりました。
夫婦には悩みがありました。子供が出来ない事でした。
夫婦は毎日願いました。
子供が出来ますように。
村の人達も、そんな二人のために願いました。
彼らの元に、子供ができますように。
その願いが届いたのか、夫婦の間に待望の赤ちゃんが生まれました。女の子でした。
村の人たちも、まるで自分のことのように喜びました。
夫婦はまた願いました。
この子が健やかに育ちますように。
村の人達も、そんな二人と一緒に願いました。
あの子が健やかに育ちますように。
その願いのおかげか、女の子はすくすくと育ちました。
美しく聡明な少女になった娘に、夫婦は願います。
この先も、この子に神様の加護がありますように。
村の人たちも、願います。
あの子に神様の加護がありますように。
天に願いが届いたかのように、少女はその聡明さと強さで、突然襲ってきた自然の災害や、森の獣から村を守りました。
夫婦と村の人たちは少女に感謝しました。
そして願います。
どうか、またその加護で、私達を守ってくれますように。
この子が、これからも私達を守ってくれる神様のような存在になってくれますように。
「だから、特異常者ノイズを、異常者捕縛討伐隊に加えましょう。異常者の治療なんて、もともと大した希望ではありません」
難しい顔を浮かべる上官の前。ブラッドは強い意思を持ってそう進言した。
「この実験…いや、治療行為が無駄であったとは言いません。この結果から、ノイズは異常者にとって天敵であることが証明されたようなものです。彼は一度も我々に牙を剥いていません」
「ノイズ・ルーチェスを、防衛隊の監視下に置き、隊員として向かえる許可を」
彼にとって吉報なのかどうかもわからない報告を持ってブラッドはノイズを迎えに行った。拒否権はないと言っても良いので、有無を言わせずノイズを連れ出す。ウィルスのほっとしたような空気を背にして防衛隊の本部に向かう。ノイズはしばらく無言だった。
「嫌か?」
「別に嫌という訳ではないけど」
距離を置きたがる彼には強引と言わざるを得ない。
研究所に来る前、元々は『保護』という処遇を希望していたにしては、煮え切らない態度。
「無意味に殺されるよりましな待遇だろう」
監視という条件は付くが、自らを化け物と自覚しているノイズにしてみれば些末な事のように思える。
「……あいつ等、俺を受け入れられんの?」
そういえば、とブラッドの部下の初期の反応を思い出す。
「まともな人間の頭が可笑しくなる事程、見れたもんじゃないからな」
「……そっちか」
差別とか、迫害とか、そういうのを気にしているのだろうと思ったが違った。今までのノイズの考え方を顧みれば、その方が自然なのかもしれない。しかし、自分と関わった人間が、全て頭が可笑しくなると思われているのは心外である。
「俺達防衛隊が、お前の異常性に耐え得られないと?治療してきた異常者みたいに」
「…どちらかというと、ロゼやウィルスみたいに」
だけどそれは状況が特殊すぎたのでは。
ブラッドはそう思ったが、どっちみち彼女等がああなってしまったのは必然だった。過去に戻れたとしても、ノイズはあの時初めて己を知ったのだ。知った状態のまま時間を戻す事は、神でしかありえない。それに。
「……ウィルスは逆にまともに戻っただろう」
「あいつは特殊だろ」
ブラッドが先ほど言いよどんだ言葉をノイズが紡いだ。解釈の違いが酷い。やはり、同じ『人間』の括りには入れない物なのだろうか。
「まぁ、どちらにせよ、防衛隊の連中はそんなに柔じゃないし、信用してくれ。お前のそれについてはよく理解しているつもりだ」
「ああ、そう」
もはや聞きなれてしまった気のない返事に、ブラッドはいつも引っ掛かりを覚える。完全にブラッドに心を許してないのか。いや、許すことができないのだろう。生きている長さが短くても長くても、出会いがあれば別れはあるものだが、いつだって彼は老いて行かれる方だ。ブラッド達がそのつもりが無くとも、ノイズが不老不死である限り、先に死ぬのは必ず自分達だ。それは確かに、不公平、ではある。先日ブラッドが一方的に『殺してやる』と約束しても、それを果たせる根拠はどこにもない。
「……なあ」
「それから」
ノイズが発した控えめな声を掻き消してしまって、ブラッドはハッと口を噤む。
「なんだ?」
もう少し、彼と距離を縮めたかった。そう思って促すが、ノイズは首を横に振った。
「いや、やっぱりいい」
遠慮するなという意味を込めて黙って見返したが、目を逸らされる。タイミングが悪すぎた。溜息を吐いて、ブラッドは話を進める事にした。生憎、こちらの話は止める訳にはいかない。
「……お前に紹介したい奴がいる」
ノイズはあからさまに嫌そうな顔をした。今言いかけた事と関係があるのだろうか。
信用してくれと言った手前、少しだけ申し訳なさが募る。なぜなら、今から紹介する人間は、少し異常者に対して過激な男だからだ。ウィルスのように、自身に嫌悪を抱いているような人間に対しても態度を変えないノイズには、反抗期の子供の戯れくらいの認識で収まるだろうと思ってはいるが。ちなみに、この事は今から呼ぶ男には内緒の話である。
「スカル、いるか?」
おざなりにノックをしながら隊長室に入る。自分の部屋なのだから勝手に入ればいいのだが、部下を呼びつけておいて部屋を空け、挙句待たせているのだから多少の礼儀は弁えたい。
部屋には、待たされて態勢を崩した巨漢の男がいた。スカル・デストロイド。防衛隊の身内からも、怖いと評判の男だ。
スカルは冷やかな目線をノイズに向ける。
「待たせてすまない」
「待ちくたびれましたよ」
間髪入れずに返事が返ってくる。態度は悪いが、これでもブラッドは舐められている訳ではない。ブラッドはおどけたようにノイズに向き直る。
「お前の監視役だ。…一応な」
ノイズがスカルの好意的でない視線を平然と見返している。
「…ブラッドかスカーじゃないんだ」
「俺達がついていてやりたいのは山々だが、スカーは班長、俺は隊長としていろいろ忙しい」
「なるほど?ま、よろしく」
ノイズが当たり前のように手を差し出したのでぎょっとする。人懐こいとは思っていたが、距離は取る者だと思っていたからだ。
しかし。
スカルは当然のように、その手を振り払った。
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