死合わせ⑥


ブラッドはクレイが死んだとの報告を受けて、研究室に向かっていた。


クレイを悼みに来たのでは決してない。ノイズの様子を見に来たのだ。


「…これではデータが取れない」

「だからさあ、こればっかりはどうしようもねぇんだって」

「何をもめてるんだ?」


奥のドアは開いていた。そこから聞こえていた会話とどこか重い空気に、ブラッドが口を挟みながら部屋に入る。二人のげんなりとした視線が集まった。


どうやら、死んだクレイの事ではなく、クレイ以外の異常者の治療からも、余りいい結果を得られていないようだ。


完治の確認のため、ノイズは何度も殺された。けれど、異常者は殺した筈の人間が何度も姿を現すことに対して恐れを抱くようになったのだ。


「治るどころか、悪化していると言っても良い」

「俺だって異常者に怖がられるなんてうれしくもなんともないよ」

「お前の場合は生態が可笑しいんだよ」

「それ、慰めてる?」

「一応フォローしている」

「あ、そう。ありがとうと言っておく」

「ありがたみの欠片もない礼なら言わなくて良い」

「いや有難いよ?俺のこと一人の人間として見てくれてんだなぁって」


 ノイズが自嘲気味に言うので、どうみても説得力は皆無だった。見た目の何倍も年を食っているのだ。下手をすればその半分も生きていない人間の言う言葉などなんの効力をもたないのだろう。


「クレイは」

「ああ、今から処分するところだ」


 ノイズに何か言葉をかけてやるのは諦めて、ブラッドが問う。ウィルスが答えて、やれやれと思い腰を上げた。


「処理くらいなら私一人で十分だ。解剖の準備もある。隊長殿はそいつの頭の可笑しい話を聞いてやってくれ」

「おい。人が真剣に悩んでいるのに」

「化け物の悩みなど、私に理解できるわけないだろう」


ウィルスはさっさと出て行ってしまった。

ブラッドが溜息を吐くと、ノイズは思いがけない事を呟いた。


「あの人のああいうとこがやりやすいっていうか、からかい甲斐があるっていうか」

「化け物扱いされた方が良いのか?」

「……実際そうなんだから、受け入れるよ、俺は」


 ならば、ブラッドがノイズを普通の人間として扱う事は、彼にとって余計なお世話なのだろうか。


「でも、あんたにそう言われると、どっちであるべきなのか、分かんねぇ」

「べきもなにも、俺はお前の希望を尊重する」

「それが、わかんねぇんだよ」


 ブラッドに、ノイズの考えは分からない。それと同じように、ノイズもまた自分の事が分からないというのか。


「クレイが死んで、どう思った?」


 縋るような問いに、ブラッドは一瞬言葉を詰まらせた。


「……どうとも、思わない」


不死者を殺せる可能性を持った存在を、その手で殺ささたことに、罪悪感を抱きつつも尋ねた問い。クレイが死んでもなんとも思わないなんて、それは本心だろうか。そうだとしても、それが悪い事だとは思わない。なぜならクレイは正真正銘の悪で、ノイズはそうじゃないからだ。


「なぁ、ブラッド。俺が最初にお前に言った事を覚えてるか?」


耳の痛い問いだった。

ノイズと初めて出会った時から、目の前で色んな事が起こり過ぎた。けれど、はっきりと覚えている。彼が望んでやまない夢を。


「……殺してくれ」

「覚えてくれていたのか」


ノイズは嬉しそうに言った。そりゃあそうだ。それはノイズの最も重い荷物であり、防衛隊からすれば利用価値があるもので、それゆえブラッドにとっては、負い目にもなっている。


「……なぁ、俺は、いつ死ねる?」


その問いが切実なだけに、それを良く知っているだけにブラッドは再び言葉を詰まらせた。


「いつか、なんて分かんないよな。俺はいつこの地獄から解放されるかも分からない。もしかしたら、永久にこのままかもしれない」


その苦しみは、世界で唯一不老不死であるノイズにしか分からない。一度も死んだことのない人間が安易に同情できないものだ。

彼の言っている事は分かるようで、絶対に分かり得ない。それは、想像の範囲を超えている。


「俺が、俺だけがこの苦しみから逃れられないのかと思うとさ、ブラッド。……俺が子供か、赤ん坊かと笑ってくれていい」


「……ひどく、寂しいんだ」


苦しげに吐かれた言葉に瞠目する。


寂しい。


素直に吐かれたそれを、笑うなんてできる筈もない。その感情は酷く人間的で、良く考えれば当たり前の事だ。孤独は、寂しい。ロゼッタ嬢や、あの匿ってくれたという警官も彼を置いて行った。死ねない彼を置いて。


「おまえらも、いつか置いていくんだろう。そう思うと、寂しくて、くるしくて」


ブラッドの心に憐みが広がる。痛ましい。それが嫌で、ブラッド個人に頼ることをしなかった。寂しさを感じないためだ。だから彼は人と距離を取る。

ゆっくりと吐き出された声が、ノイズが耐えていた最後の一線を超える。


「くるしくて、殺してやりたい」

「……は」


穏やかに言われた言葉に、動揺を隠せない。防衛隊として恥ずべきことだ。しかし、それ以上に、途端に、ノイズの得体が知れなくなった。


分からない。彼が何を考えているのか分からない。


一人が寂しいと言いながら、なぜそういう思考にたどり着く?


「どうせ置いていくなら、今、俺が殺したい。理性なんか捨てて、本当の化け物になって、そしたらこの乾きも癒えるんじゃないかって」


 本当の化け物になって、寂しいという感情そのものを殺したいのか。


「それは……本当に、お前の望むものなのか」

「あいつなら、俺と同じになってくれるかもしれないと、思っていた」


 ブラッドの問いに応えは返って来ない。ぞっとした。ノイズの言ってることが分からない。分かりたくない。

異常を感じてしまうのは、ブラッドも心の隅ではノイズを警戒していたからだ。わざと無防備で居る事で、己を味方とし『化け物』の牙を削ぐように。


 あいつ、とは。クレイの事だろうか。俺と同じ、とは、不老不死の事だろうか。


 人間が畏怖して止まない存在が、化け物になる事をノイズは望んでいたのだろうか。


「なあ、ブラッド」


 早く俺を、殺した方が良いんじゃないの。


 恐怖で体中から噴き出る汗を、洗い流すように浴びせられたのは、冷水だったのだろうか。


この化け物が、殺したくても殺せないのは、良く知っている。そんなことは出来ない。今まで見て聞いたことがそれを証明している。


だからブラッドは、彼を害ではないと周りに説き伏せ、味方に引き入れようとしていた。そうやって居場所を作ってやっていたつもりだった。


「おまえは、そうはなりたくないんだな」


 確認の為に、ブラッドは問う。本当の化け物にはなりたくないのだなと。


 味方になってくれる人間にすら、ノイズは殺意を覚えてしまう。それが、方便なのか、本当なのかは分からない。化け物の考えていることは、ブラッドには分からない。


 けれど。


「ならば友として、俺がお前を殺す方法を見つけてやる」


それが、彼が欲しかった言葉なのかもしれない。

ブラッドは脅されている。殺らねば殺るぞと。


「本当にお前は、変わった奴だよな」


 口先だけならなんとでも言える。

 だがブラッドは。


 その約束を必ず果たして見せようと思った。


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