死合わせ①
「……クレイがまだこの世に存在してるんじゃ安心できないみたいでな」
「……ああ、そう。まあ、協力っていうなら」
ブラッドの心配をよそに、ノイズはあっさりと頷いて見せた。
「……表向きは、だぞ。お前、嫌なら辞めたらどうだ?」
「別に。そういうんじゃない。思ったよりましな扱いってだけ」
そう言うとおり、作業場所である異常者研究施設に向かう途中の、ノイズが醸す空気はずっと一定だった。本当に無感情なのか、ただ押し殺しているだけなのかブラッドには判断がつかない。
「二度と戻ってやるかと思って出てきた筈なんだけどな」
ノイズはただ一言そう呟きながら研究所の扉を開ける。当然、その主であるウィルスが出迎えた。
「…ただいま、とでも言ってやろうか」
皮肉気にノイズが言うと、ウィルスは嫌そうな表情を隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「今日から私は君の上司だ。口を慎んでくれ」
「実験台よりましな立場になったと思わない?」
一見仲良さ気に見えるのは、ノイズの調子が普段と変わらないからだろう。再び顔を合わせる羽目になったのは、ウィルスが報連相を怠ったせいであるし。
「ブラッド…、彼とやっていける気がしない。ストレスで吐きそうだ」
「それは俺の台詞じゃない?」
「生憎、私は普通の人間だったようでな」
元研究者と実験台。二人の間で起こった事は出会いから別れまで、全てお互いに納得しての事だったはずなのに、あまりいい雰囲気ではない。
「上の命令だ。お前達、今度こそ仲良くやれよ」
ブラッドの言葉に溜息を吐いたのはウィルスだけだった。ノイズはニヤリと笑う。
「前だって割と仲良くしてたよな?」
「お前とは二度と関わりたくないと言ったはずなんだがな…」
「俺だってそうだけど」
ただノイズにとってのウィルスはもう害ではない。あれだけの扱いを受けて、恨んですらいないらしい。ノイズ自身が、彼に望んだのだ。自分の正体を教えてくれと。ただ、最初は嬉々として痛めつけてくれたくせに、だんだん嫌悪を向けてきたのは面白くない。
「お前にも悪い話じゃないだろう」
不死の化け物を殺し続け、自分の精神を崩壊させたウィルスは、すっかり『普通の人間』に戻ってしまっていた。嬉々として行ってきた、治療目的の異常者の検診(という名の拷問)にすら、不快感で仕事が進まないというのだから重症である。
「異常者はノイズに任せ、お前はしばらくメスも持たなくて良い。そうすればこいつも人畜無害なのは、お前も知っているはずだ」
「…ああ、分かっている」
分かっているが、植えつけられた恐怖心は中々落ち着かないものである。まぁこれはウィルスの自業自得であるのだから、気にしてやる謂れもないのだが。
「…こいつが『普通』に戻ったんなら、異常者も普通に治せるかもな」
「あんまり期待しないでくれる?」
ブラッドの揶揄に、ノイズは難色を示す。失言だったようだ。
出掛けに、弟のスカーが、あんまり気に病むなと耳打ちをして来たのを思い出し、言い訳の様な言葉を飲み込んだ。
『兄貴が生きていてくれた事は、俺は何より良かったと思えるけどね』
彼がいなければ、真っ先に死んでいたのはブラッドだった。そもそも、死ぬ覚悟だったのだ。彼は、ブラッドの身代わりになった。彼は生きているし、ブラッドも生きているのだから、ブラッドが罪の意識を感じるのは、確かにおかしな話であるが。
ブラッドは、人間だ。殺せば死ぬ。その証拠に、クレイと戦った時に負った傷は、まだ癒えていない。チラリと隣に立っているノイズを見ると、当然のようにピンピンしている。
「それで?奴はどこにいんの」
「奥だよ。異常者用の牢の、最奥だ」
奴。先日とっ捕まえたクレイ・ジャグリーの事だ。過去最高に、世間を恐怖に沸かせた男。彼の一件で、異常者に対する認識は強まっている。本当なら、最初からクレイを相手にさせるのは憚られるところなのだが。
目的は、異常者の治療。
過去それに成功した例では、自分の犯した罪悪感と嫌悪感に苛まれ、異常者は自殺している。その過程で、治療に携わった親族や研究員が何人も死んでいる。
異常者は、治療しても無駄。それなのに、本部は今更ノイズに異常者の治療をさせたがる。
「クレイが自責の念で死んでくれれば、殺された人達も浮かばれる」
ただ死刑にするだけでは、済まされない。罪には、罰を。
人間が持つ、それは執着だ。それこそ、異常なまでの、復讐にも似たものだった。ウィルスが異常者の研究をしていたのはただの知的好奇心だが、それを無駄と言わずに黙認してきたのはそのためだ。それだけ防衛隊は、異常者に辛酸を舐めさせられ続けてきた。
「その治療についての説明を」
ウィルスが頷いた。
世間を恐怖に陥れる、化け物。
殺しておしまいにした方が、早いはずなのに。
化け物ならば、それを理不尽とは思わないのだろうか。
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