死合わせ②


異常とは、精神障害の一種である。というのは、あまり世間には知られていない事実である。


死体となった異常者を解剖し調べた所、とある細胞が著しく活性化していたことが明らかになり、その細胞を鎮静させることが出来れば、異常者の異常性を抑えられるのでは、という考えが浮上した。


しかし、その研究は防衛隊には嫌がられた。当たり前だ、異常者が多くの人間を殺して来たのは覆しようもない事実で、まともになった所でその罪が消えるわけではない。殺す気で行かなければこちらが殺られてしまうのに、生かして捕縛するなど、リスクが高すぎる。


しかし研究者の探求心は、簡単には治まらない。異常者を健常者に戻すことが出来れば、それは快挙だ。交渉の末、たまたま異常者を殺さず捕縛できた時は、その身柄を明け渡そうと話が着き、そして研究員達は自分達の研究の成果を実験する機会を得る。


あまりにも危険なため、異常者の拘束は慎重を極めていた。


まずは採血で、活性化している細胞を確認。採取した血液をもとに実験を繰り返し、成功。そして異常者自身に鎮静剤の投与。拘束されていた異常者は、終始暴れていたが、じきに大人しくなった。薬が効いたのだろう。意識は朦朧とし、記憶の混濁は見られたが、その様子は極めて理性的であり、異常性は見られなかった。


安易にも、研究員は成功だと喜び、異常者の拘束を解いたのだ。そこで、まず何人かが犠牲になった。薬が切れたのだ。目の前の功績に目がくらみ、再発の恐れを全く考えていなかったのである。再び狂暴化した異常者は、薬が抜けきっていなかったおかげで動きは鈍く、すぐに取り押さえられた。それ以上の被害は免れたものの、継続は困難と思われた。


だが、それでめげる研究員ではなく、その異常者に対する薬の投与は続けられた。


本能からか薬を嫌がる異常者は、自由だった口を使い、薬の投与のために近づいた研究員を噛み殺した。薬が効いていても、異常性は抜けきらず、けれど若干の知識を取り戻したおかげでまともに戻った演技をして拘束を解かせ、そこでまた数人を殺した。


問題なのは、異常者の演技が、そうであるかそうでないかの区別がつかない事だった。にも関わらず治療を止めなかった研究員は、もはや狂気に取りつかれていたとしか思えない。


最終的に異常性の完治を確認するには、拘束を解いて患者を自由にし、その動向を見守る必要があった。異常者が健常者を前にして、殺人衝動を抑えられなければ、治療は失敗し続ける。


それは、生贄を差出し続けなければならないという事だった。


並大抵の人間は、異常者には敵わない。この為に、訓練された兵士を使わせる訳にはいかず、かといって余り武装した人間を束にして使っても、異常者は演技をしてまともな振りをするだけだった。研究は、今まで本能で人を殺してきた異常者に知恵を与え、更に厄介な化け物を生んだだけの結果に終わろうとしていた。


が、最期の最期。実験対象だった異常者に異変が起きる。


震えだしたかと思うと、突然自分を抱きしめ、涙を流しながら自分の罪を懺悔し始めたのだ。混乱したように泣き叫ぶ対象を宥め、落ち着かせた所で、研究員はいくつかの質問をした。彼は、震えながらもきちんと受け答えをした。そして、しきりに自分のしでかした事は事実なのかを確かめた。


異常者であった事も、なる前の事すらもきちんと覚えており、それは防衛隊で調べた彼についての情報と一致していた。拘束を解いても、彼は人を殺さなかった。人殺しの罪は償わなければならないが、それはおおむね病気のせいである事の説明はなされた。


成功だ。研究者たちが手を取り合って喜ぶなか、その元異常者は次の日罪悪感で自殺していた。凶器は持たせていなかった筈だが、彼は自身の異常性によって発達した手の爪で喉を切り裂いていたのだ。


得る者はなく、ただ失うだけの結果に、果たしてその研究員のメンバーは満足したのだろうか。






「この後数人の異常者を生贄なしに薬漬けにしたが、自殺した例はこの一件以来ない。ただ薬物中毒で死んでいった。異常者にも個体差があるようでな」


いかに世間が異常者に苦しめられているのか。事はかなり重大である筈なのに、ウィルスの手元にある治療に関する資料の束は驚く程に薄い。


「圧倒的に、完治のデータが足りない。投与ごとの様子を見て生贄を用意し、その時の変化を見つつ薬の量を調整していかないといけない」


そんな犠牲を払って異常を治療する必要はないと、彼等は漸く理解した。

異常者は殺せるのだ。無理にその研究を進めずとも。


 異常者の治療など、『現実的』でなかった。


「その生贄の役をやれ、と。確かに、俺なら適任だな」


不老不死ならば。それは難しいことではない。ノイズは、簡単に命を、弄ばれる。


「いいよ、わかった」


命とは、そんな簡単に扱える物だっただろうか。


ただ無抵抗に体を切り裂かれるよりはまし。と、そう呟く声に、罪悪感が湧くのは仕方のない事だろう。


「本当に良いのか?」


ブラッドは念を推して尋ねる。


この治療は、異常者を救うためのものですらない。


異常者に、罪を認めさせるためだけの、誰も救われない茶番だ。それは、ノイズだって分かっているだろうに。


「……化け物を殺せるのは、化け物だけかもしれないじゃん」


その目は期待なんかしていない癖に、どこか縋るようだった。それは自分しか彼等を殺せるという意味ではなく。




彼等なら、自分を殺せるのではないかという期待が混じっているのかもしれなかった。




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