➁三章ボツ版 パーティーを追い出された元勇者志望のDランク冒険者、声を無くしたSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される


 最も大改編を施したのが「48話:叱咤激励」です。


【以下、本文です】



●48話:叱咤



 視界が霞み、周囲の喧騒がぼんやりと聞こえてくる。

久方ぶりのアルコール摂取は、ロイドのあらゆる感覚を麻痺させていた。


 酒は良い。飲んでいる時は余分なことを考えなくて済む。

嫌な気持ちも、疲れも、焦燥感さえ感じさせない。

ただ心地よく、まるで背中に羽根が生えたかのように軽やかだった。


 しかしそんな感覚も、酒が途切れればそこまで。

待ち受けているのは目を背けたい現実。

だから彼は街の酒場で一人、度数のきついアクアビッテを飲み干した。

それでも足らず、給仕へぶっきらぼうに追加を頼む。


 そして零れ出たのは、大きなため息だった。


(まるで昔に戻ったみたいだな……)


 万年Dランクの彼。決して”勇者”にはなれない中の下の冒険者。

リンカに出会うまでの、疲れ果てた自分。


 それなりの絶望と、無に近い希望――それこそが一人きりになったロイドの現実であり、真実であった。

自分一人では、あっさりと元に戻ってしまうのだと思い知る。


 リンカに出会ってから今日までの三か月間、彼が前向きになれていたのは、彼女が傍にいてくれからだった。

不意に現れた、温かい陽だまりのようなリンカ=ラビアンという少女。

 魔法使いにとって重要な声を失いながらも、強く逞しく生きていた彼女。


 今思えば、そんなリンカの強さに、憧れのような感情を抱いていた。


 だけどリンカはおごらず、むしろロイドの世話を焼いてばかり。


 自分も大変な癖に、ロイドの帰りをいつも待ってくれていた。

帰れば優しく愛らしい笑顔で迎えてくれた。

少し塩気が足りないけど、だけど温かく美味しい食事を作って、帰りを待ってくれていた。


 きっとそんなリンカの優しさがあったからこそ、ロイドは希望を抱くことができるようになっていた。


 Cランク昇段試験を数年ぶりに受けようと決断できたのも、リンカの存在があったからこそであった。

今更ながら、そのことに気が付く。

 そして、感情に任せて吐き出し、リンカへぶつけてしまった酷い言葉を、今更ながら後悔する。



 リンカに罪は全くなかった。むしろ反省すべきは自分の方だった。

彼女は、いつも通りロイドを支えようとしただけ。

そんな彼女へ心無い言葉を放ってしまった。

そして希望を抱かせてくれた彼女は、今傍に居ない。


 もしかすると、二人の生活はこれで終わりになってしまうかもしれない。

また希望が殆ど無い、生活に戻ってしまうのかもしれない。


 だけどこの結果はロイド自身が招いたこと。

リンカに愛想を尽かされても、彼は何もいうことはできない。


 無駄に齢ばかりを食っているだけで、子供のように生の感情を吐き出してしまったロイドには……



「おじさん、こんなところで何しての?」


 不意に聞き覚えのある声が聞こえて、グラスから顔を上げる。

ぼんやりと視界の中に見えた、長いポニーテール。

 オーキスだった。


「何って、酒を飲んでいるんだが……」

「ふーん。試験まであと一週間だよね? そんだけ余裕なんだ?」

「……」

「ねぇ、なんで黙るわけ?」


 まるでステイのパーティーに居た時のような、鋭い視線が向けられた。

 脇にいたゼフィは「まぁまぁ」と宥める。

しかしオーキスは鋭い視線でロイドを睨んだまま動こうとしない。


「もしかしてこのお酒ってやけ酒?」

「悪いが今は一人にしてくれないか……」


 酔いのせいか、ロイドは苛立たしげに応える。

するとオーキスはロイドの正面へ周り、椅子を引く。


「何の真似だ?」

「別に。ここに座りたかったから座っただけだけど?」

「……勝手にしろ」

「で、試験は大丈夫なわけ?」

「……」


 今日のオーキスは妙に突っかかって来ているように感じた。

正直なところ、目の前から消えて欲しかった。

しかしそれを言ったところで言い争いになるのが関の山。

ロイドは無視を決め込み、並々注がれたアクアビッテで唇を湿らせる。


「ねぇ、おじさん、黙ってないで答えてよ! 本当は全然だめなんでしょ!?」

「いいから少し黙ってくれ!」


 大人げないのは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。

オーキスの眉間が波打つように振れる。


「うわっ、切れた。ダサっ……」


 オーキスの冷たい視線が突き刺さる。

パーティーに居た時は、いつもこんなものだったので、気にはならない筈だった。

しかし、ロイドは妙な居心地の悪さを覚え、口を噤んだ。


「あのさ、いら立つのは良いけど、リンカだけは傷つけないでよね?」


 しかし”リンカ”の名が出た途端、グラスを持つ手が意図せず震えた。


「ちょっと、おじさん、もしかしてリンカに何かしたの!?」


 オーキスはゼフィの宥めも意に介せず、身を乗り出し明らか憤怒の視線を向けて来た。


「応えなさいよ!」


 オーキスはテーブル越しにロイドの胸倉を掴む。

流石はメイスを武器にする闘術士(バトルキャスター)だけあって、背丈で遥かに勝るロイドを軽々と持ち上げる。

 抵抗する気は無かった。情けない自分にその資格が無いと思った。


「おっちゃん、さっさと話すにゃ。流石に今日のおっちゃんの味方になる気にはなれないにゃ」

「……分かった」


 もはやこの状況で言い訳をしても泥沼になるだけだと思ったロイドは、二人へ正直に語る。


 試験課題が未だに上手くいっていないことを。そして、リンカへ心無い言葉をかけてしまったことを。


「やはり俺は所詮Dランクの器しかなかったんだな……」


 締めくくりの言葉は情けない自嘲だった。

でもこれが、ロイドの真実。

三十代半ばを真近に控え、夢破れ”勇者”になれなかった、情けない人間の真実であり現実。


 カタリと椅子が動く音がした。

次いで彼へ降り注いで来たのは、雨のように冷たい水。

オーキスは空になったカップをテーブルへ叩き置く。

そして、鋭い刃物のような視線を寄せ来る。


「良い大人がいつまでもぐじぐじ情けない! まだ無駄に自信家だけどバカなステイの方がマシよ!」


 オーキスの云うことは最もだと思った。ステイは確かに女性を食い物にする酷い奴だ。

だけどもあふれ出ていた自信は尊敬していた。


 どんな状況であろうとも高笑いを忘れず、自信に満ち溢れ、輝いているように見えた。

正直にいうと、そんなステイを尊敬していた節は確かにあった。



「……」

「あのね、あたしはおじさんのことなんてどうでも良いの!」

「……」

「だけどリンカはねそうじゃないの! あの子は頑張るおじさんを精一杯応援しようと必死だったの!」


 不思議と”リンカ”という名前が胸に響いた。


「正直、最近のおじさん、すっごく良いなって思ってた。リンカのために一生懸命になってる姿が素敵だと思った。だったら、もう自分為に頑張ろうとしないでよ! あの子為に頑張ってよ! あの子のために必死になってよ! 弱虫な自分に打ち勝ってよ!」



 瞬間、これまで応援してくれたリンカのことが思い出された。

 リンカと出会ったことで、希望が見いだせた。

生きるのがまた楽しいと思い始めていた。

 

 それなりの絶望と、無に近い希望――だけど不意に舞い込んできた小さな希望と暖かさ。

そんな大事な気持ちを与えてくれたリンカ=ラビアンという少女の存在。


 思い返してみれば、この三か月間彼女のためにロイドは駆け抜けた。

危険を顧みず突き進み、数多の危険を潜り抜けてきた。


 全ては希望を与えてくれた彼女を守るため。


 ロイドは万年Dランクの冒険者。決して周りが認める”勇者”ではない。

今更、公(おおやけ)が認める”勇者”になんてなれやしない。


 だが、それでも――”勇者”になりたかった。


例え周りが認めなくても、肩書がDランクであろうとも、たった一人の大事な人を支え、守る”勇敢なる者”に。


 ロイドは立ち上がり、テーブルヘ金を叩きおいた。


「ありがとう、オーキス。目が覚めた。恩に着る!」


 酔いで視界がぐらつく。しかし四の五の言ってはいられない。

酔いを強い意思で押さえ込み、店を飛び出す。


「全くもう……じゃあ行こっか、ゼフィ!」

「はいにゃー!」



【本文、以上です】


 もうなんかオーキスめっちゃ切れてますよね。最後は水をかける始末。確かのこのロイドさん、荒療治で立ち直りましたけど、落ち込むんじゃ最初からあんな態度はとるべきじゃないと思ったんです。

 オーキスは最初の印象が良くないキャラクターなので、そこの調整もありました。

 

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