13杯 天真爛漫
「今日はこれで解散だ。みんな気をつけて帰るように、必ず三人以上グループを作って帰れ。都合つかない者は相談するように。寄り道せずに帰るんだぞ」
まだ午前中だが、今日はこれでお終いだ。明日以降も学校はない。
急激に変異種の被害が深刻化して、暫く学校は閉鎖される事になった。
宿題は山のように出されたが、生徒達は喜んでいる者が多い。生徒の大半は変異種を直接見た事などないのだ。
先の一時間、講堂で変異種の被害のスライドを散々見せられたが、現実として受け止めている生徒がどのくらいいるのかも怪しい。
深刻と言っても、変異種が人を襲うのは少数の力の弱い者の場合がほとんどで、町そのものは普通に機能している。
びしっと制服を着込み、凛とした姿勢で帰宅する男子に、似つかわしくない一団が連れだって歩く。
「あんなスライド見せて堪えると思ってんのかしらね。本物見たあたし達にとってはホラー映画の方がまだインパクトあるわ」
サクラが派手なネイルをかざすように見ながら言う。
「そーよ。休みで外出する人が増えて、余計に被害者が多くなるのが分かんないのよねー」
ツインテールの小さな女の子、優美が嫌味っぽく言う。
「仕方ありませんよ。倫理的に残酷な写真とか見せられないですからね。通学中に被害にあっても学校側の責任ですから、当然の処置でしょう」
眼鏡の男の子、真一がモバイル端末を操作しながら言う。
「それに被害が増えたと言っても、まだ普通の暴力事件や交通事故と大差ないですからね。被害者数の伸びが尋常でないために、早い段階で手を打ったんでしょう」
来週には今の倍以上に増えると予想されている、とネットの予測グラフを見せる。
「あたし達は大丈夫よ。なんせ
サクラの言葉に「いや、達人と言うわけでは……」と凛とした姿勢のまま、魁が呟く。
「またまた謙遜しちゃって~」
優美が両手で指をさしてからかうように言う。
「そうだ。満弦の様子も見て行きたいんだけど……。学校の事も知らせたいし」
◇
「あら、皆ごめんね~。満弦、ずっと体壊しててね~」
と応対に出た満弦の母が言う。
仕方なく学校の事を知らせて帰路に着く。
「まあ、いいんじゃないですか? 今までずっと様子も分からなかったんだし、無事だと分かっただけでも」
真一は努めて明るく言うが、サクラも優美も沈んだままだ。
魁は普段から寡黙なので、真一が一所懸命会話を繋ごうとする。
しかしそれも繋がらなくなって来た頃、
「よう、また会ったな」
と突然見知らぬ男が、声をかける。
金髪に染めて立たせた髪をした、体つきよりも大きな服を着た二十代後半くらいの男だ。
普段のサクラなら、イケてるファッションをしたいい男に声を掛けられて喜んだ所であろうが、
「ああ~っ!!」
と男を指差す。
「こいつ! あの時の変異種よ! 壬生くんと戦った!」
こいつが? と魁が身構え、その後ろに優美と真一が隠れる。
「安藤くんの足を刺した?」
「……いえ、そいつとは違います。後から来た方ですね」
男はポケットに手を入れ、からかうような笑みを浮かべる。
「あの時の決着を着けたいんだが……、ダブルデートの最中だったか?」
「これはグループ下校ですよ。あなたのような者が町を歩いているものでね」
不敵に挑発する男に、魁は臆する事無く答える。
「今度は逃がさないよ! アンタなんか壬生くんがやっつけちゃうんだから!」
サクラが自分の事のように威勢よく言う。
「今度は僕達もいるんです」
真一が鞄から発煙瓶を取り出す。
「手を出さないなら見逃してやるが、参戦するなら弱い方から先に倒すぜ」
うう……と真一がたじろぐ。
「ここは私が何とかします。皆は逃げてください」
そんな事言っても……、という様子で皆じりじりと後ずさる。
「ん? お前、刀はどうした?」
手刀で構える魁を見回して言う。
「学校帰りよ! 持ってるわけないでしょ!」
「そーよ。コーソクで刀は禁止よ!」
「そ、そういう事は言っちゃダメです」
武器を持っていないと相手に知られたら不利になるだけだ、と真一が女子達に囁く。
「時間と場所を指定してもいいんだが……」
男は拍子抜けしたように言う。
「信用できません。それに今見逃して、被害者を出しては流派の名折れです」
「そう来なくちゃな。俺もまた仕切り直したくねぇ。しかし、素手で俺に勝てると思うほどバカじゃあるまい?」
ぐ、と言葉を詰まらせる魁に、
「いいぜ、取りに行こう。近くなんだろ?」
魁は訝しげに男を見たが、素手で渡り合うのは危険と判断して止むを得ず提案を受ける。
後を距離を置いて付いてくる男をちらちらと見ながら、優美は耳打ちするように言う。
「ちょっと……いいの? 家がバレちゃうよ。そういう作戦かも……」
真一も背後から襲われるのではないかと気が気ではないようだ。
男はそんな様子に構う事無くポケットに手を入れ、そ知らぬ顔でついてきた。
◇
高台を登り、大きな屋敷の前で足を止める。
「ここか? 随分でかいなー」
男はサクラ達と同じ反応で屋敷を見る。
「なるほどな、道場か。どうりで……、ここでやるのか?」
「家を壊されては堪りません。裏に開けた場所があります」
ほほう、と言う男を尻目に玄関を開ける。
中に逃げ込むように入ったサクラ達を魁の姉、楓が出迎える。
「あら、あなた達。いらっしゃい」
ラフな格好で漫画本を持ち、せんべいを咥えたまま楓はサクラ達に応えるが、玄関前に立つ男の姿を見て顔が強張る。
「え? あ……今日、母さん留守だから……、えーと」
と数歩後ずさりながら言うと、ドタドタと奥へ走って行った。
敷居をまたぐ男に、魁がふっと小さく笑う。
「腐っても姉は
「そいつは楽しみだ」
「あなたから目を離すわけにはいきません。お手数ですが、部屋までご足労願いますよ」
やれやれ、という様子で男は肩をすくめる。
「君達まで付いて来なくても……」
階段を上りながら魁は後ろにぴったり付いてくるサクラ達に言う。
「だ、だって……」
サクラ達にとっても魁のそばが一番安心なのだろう。
男を部屋に通し、クローゼットを開ける。
すぐに刀に手をかけ、男から自分を守るようにかざす。
男は動じた様子も見せず、クローゼットの中を指す。
「鎧も着けろよ。そこにあるだろ。ここまで来たらついでだ。半端にはやりたくねぇ」
と言い、どっかと腰を下ろす。
魁は暫く迷ったが、刀を持ったまま片手をクローゼットの中に伸ばす。
「持ってようか?」
と言う真一に「頼みます」と刀を渡し、制服のボタンを外す。なるべく隙を見せないよう着替えるのでもたついてしまう。ただでさえ装着には時間を要するのだ。
「早くしろよぉ。襲う気ならとっくにやってる。興が削げるだろ」
やっとの事で大方の装備を終えた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「…………はい」
一瞬固まってしまったが、魁はドアの向こうに返事をする。
開いたドアの向こうには、着物を着付けた楓が盆を持って立っていた。髪の色はそのままだが結い上げて
「失礼します」
と淑やかに入室した楓は裾を乱さぬよう静かに正座すると、粗茶ですが……と盆を置き、
「申し送れました。わたくし、魁の姉の楓と申します」
と深々とお辞儀をする。変異種の男に言っているようだ。
楓は口を開けたまま絶句している魁を睨み、
「魁。せつろしいですわよ、お座りなさい」
せつろしい? と思いつつも、有無を言わせぬ口調に圧倒されて一同は従ってしまう。
「刀を置きなさい。これから狩りのようですけど、共に戦う同志ならば、まずはきちんと挨拶をするのが礼儀でしょう」
いや、こいつが戦う相手……と言いかけるが楓は聞いていないようで、
「もしかして、サクラさんのお兄様ですか?」
という問いに男は「この子か?」と胸の肌蹴た娘を見るが、
「いや、こんな派手な妹はいないな」
と笑う。
「そうですわよね。おほほほ」
と一緒に笑う楓にサクラはむっとする。
「あの、お名前は?」
「
蟇目との会話を止めようとしない楓に、堪りかねた魁が口を挟む。
「姉上」
「なんですの?」
口を挟むな、と言わんばかりに睨む楓にたじろぎ、
「いや、えと。……あの短時間で着物を? 一人で着たのですか?」
と無関係な事を聞いてしまう。
「わたくしはこれでも
と流し目をしながら淑やかに言う。
花を生けてる所を見た事ありませんが、という魁をつねり蟇目との会話に戻る。
「そのたたずまい、何か武術を嗜んでおられますの?」
「まあ色々な。空手にレスリング。一通りやったかな」
ひとしきり会話に花を咲かせた後、
「あんまりお邪魔しちゃ悪いわね」
と席を立ち「頑張ってくるのよ。蟇目さんにご迷惑かけないようにね」と魁を促す。
露骨に「もう十分邪魔したよ」という顔をするサクラを余所に楓は退室する。
外へ出て「どうするのか?」という様子の魁に蟇目は、
「興が削げた。またにするわ」
と振り向きもせずに手を上げて去って行った。
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