終わる世界

14杯 変化

「いちいちうるさいっつーのよ」

 一人ぶつぶつと文句を言いながら、サクラは町を歩く。

 サクラも家で大人しくしていたのだが、親がやれ家事を手伝えだの、勉強しろだのうるさいので外へ出てきたのだ。

 しかし真一は魁の家に入り浸り、優美はまた友達と遊びに行っている。今日は優美達のテンションに付き合える自信はなかった。

 何度も魁の家に押しかけているのも何なので、満弦の家に足を向けている。

 そろそろ顔を見せてくれないだろうか、と満弦宅が視界に入る所で、様子がおかしい事に気が付く。

 パトカーが停まり、警察官が立ち、黄色いテープが張ってあるのだ。

 駆け出したサクラの「隣の家であってくれ」という願いも虚しく、半壊した満弦の家が目の前にあった。

 窓が割れ、壁に穴が空いている。

「満弦!」

 叫んで、屋内に飛び込もうとするサクラを警察官が制止する。

「友達なんです!」

 と尚も押し入ろうとするサクラを「家には誰もいない」と警察官は少し乱暴に押し戻す。

 尻餅を付いて、建物を見る。

 壊れているのは満弦の部屋だ。恐ろしい考えが脳裏を過ぎり、それを無理矢理奥底に押し込む。

 そんなはずはない、自分達は何ともないのだ。しかし両親が変異して満弦を襲う事だって考えられる。

「ど、どういう事なんですか? まさか、この家の人が……へ、変異種に……」

 真っ青になって震えながら、すがるように警察官を掴むサクラに、

「いや、それはないんじゃないか。両親は怪我はしてるが避難しているし、息子さんも今朝着替えを取りに来たよ」

 さすがに気の毒に思ったのか警察官は丁寧に答える。

 へなへなと崩れ落ちるサクラに、警察官は慰めるように続ける。

「暴れて家を壊すような変異種が、そんなに早く人間の姿で現れる事はないからね」

 変異種は抑えられない感情が爆発して、精神の変調が体にも影響を及ぼしていると考えられている。なので変異種は大抵欲望のままに行動する。

 欲望を満たした後人間の姿に戻るが、初めは自分の身に何が起こったのかも分からないのだ。直後に平然と行動できるはずはない。

 憶測に過ぎないので本来は機密事項だ。だがサクラのあまりの様子に安心させたいのか、警察官は自分の知りえる事を教えてくれた。

 どこにいるのか知りませんか、としつこく聞いたが、それは本当に知らないようなのでサクラは満弦宅を後にした。



 暗くなりかけた町を魁は走る。

 まだ夜には早い。魁の風貌はかなり怪しい者に分類されるが、この時間はもう出歩いている者は少ない。

 町の中心からはパトカーのサイレンが聞こえる。

 変異種が人間より遥かに強い力を出すと言っても、結局は生物である。警官隊、機動隊に囲まれては助かりようはない。

 前に銀行を襲った変異種もいたが、催涙スプレーであっけなく撃退、あっさりと警官隊に射殺された。

 なので主に事件となるのは犯罪としても軽微な、ストーカーや町のケンカ等が変異種によって起こされるものの方が多い。しかし変異種がそれをやれば十分大事件だ。

 だから魁は町から外れ、警察の目の届かない所を回っている。

 何より警察官に見つかっては魁の刀も没収されてしまう。

「きゃあああ」

 魁は女の子の悲鳴が聞こえた方向へ走る。

 角から女の子が尻餅を付いたまま後ずさりして出てくるのが見えた。

 その前には毛むくじゃらで肥えた怪物が、涎を垂らして女の子に迫りよっている。

 魁は速度を上げ、右手を後ろに回して柄を握る。

 柄を少し押し下げると、パカッと鞘の上半分が開いた。上半分が開いた為に、腕を伸ばすだけで刀は鞘から自由になる。

 そのまま刀を抜き放ち、変異種の前を駆け抜ける。

 走る力をそのまま使い、相手の首を斬り裂いた刀をゆっくりと前に持って行く。

かぶら古流、風斬かざき華弁かべん

 ぶしゅっ、と変異種の首から血が飛び散った。

 振り返り、敵を完全に仕留めた事を確認すると、刀を振って血糊を落とす。

 刀を持った手を後ろに回すと、鞘に仕込まれた磁石によって刀が納まるべき位置に吸い込まれ、そのまま鞘に収めると、パチンと開いた上半分が閉じた。

「安藤くん。流石です」

 魁は次の事件を探して走り出す。

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