11杯 幸せは必ずくる

「魁。かぶら古流とは、何だと思う」

「分かりません、父上」

 魁は白装束に身を包み、正座して父に答えている。

「私は伝統を守る為に、お前にかぶら古流を伝授しているが、それは建前に過ぎぬ」

 魁は黙って父の言葉を待つ。

「なぜならその言葉は『それならなぜ伝統を守るのか?』という疑問を生み出すからだ」

 父魁一郎は家に伝わる宝刀「灰奥」をかざす。

「よもや、この刀で人を斬る事ももうあるまい。ならばなぜ研ぎ続ける? 使いもしない刃を研いで何になる?」

 父は魁を見下ろし、

「宝物は美術館にでも飾っておけばよい。刀は斬ってこその刀、所詮はただの道具に過ぎぬ」

 魁一郎は刀を下ろし、魁を見据えて言葉を続ける。

かぶら古流の技も同じ。人殺しの技だ。殺さずに使う事は出来ぬ。大は小を兼ねる、その一切を排除し、小で大を成すのが信条だからな。相手を殺さずに無力化する、そんな崇高な事を成すには我等の技は不完全すぎる。殺さぬのなら、絶対に人に見せてはならぬ」

「はい」

「ではなぜだ? お前はなぜ学んでいる?」

 教えられるままに……などと答えれば、外傷を与えず内臓だけを破壊する仙人掌せんにんしょうが飛んでくるかもしれない、と身を引き締めはっきりと答える。

「分かりません!」

「そうだ。それでいい、常に悩み続けろ」

 父は愛おしい者を見るように目を細める。

「使う時はお前の中で何かが終わる時……その時は、それが始まりでもあらん事を願おう」

 父は魁にではなく、何かに祈るように言う。

「たとえ人の社会で裁きを受ける事になろうとも、使わねばならない時が来るやもしれぬ。その時に、皆不幸に陥るよりも、一人で不幸を背負い、愛する者を生かせる可能性を与える為に……」

 父の言葉を最後まで聞く事は出来ずに、魁は目を覚ました。


 またあの夢だ。時々見る父の夢。

 だが、起きてみるといつも最後の言葉が思い出せない。

 実際に言われた事なのか、夢なのかは思い出せないが、これが悩み続けるという事なのだろうか、と魁は起き上がって着替え始める。

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