10杯 技巧

「へえー、綺麗な部屋だねー」

「僕と同じ男子高校生の部屋とは思えない……」

「何も無いだけとも言えるけどね」

 優美は少し嫌味っぽく言う。

 魁の部屋はあまり物が置かれていない。勉強机と座布団、本棚があるくらいで、椅子もないためより広く見える。

「ねえ。あの刀と鎧ってどこにあるの?」

 真一が興味ありげに聞く。

 ここに、と魁がクローゼットを開けると例の鎧がハンガーに掛けられ、刀が脇に立てかけてある。

 皆内心「普段着と一緒かよ」と思ったが黙っていた。

「ねぇ、……刀見せてもらってもいい?」

 ダメ元、というように真一が控えめに聞くが、魁はあっさりと刀を取って手渡す。

 真一は少し柄を引いて中身を見る。本物だ。流石に抜き放つのは抵抗があった。

「思ったより反り返しが無いんですね。それに短い」

「一般的な日本刀よりは短い、長脇差と呼ばれる物です」


「ジュートーホー違反なんじゃないの?」

 優美の言葉に、満弦や自分も似たようなものだけど……と真一が苦笑いする。

「警察に見つかれば、厄介な事になりますね。普段から持ち歩ければ、もっと危機に対応できるのですが……」


「これ、何です?」

 真一が指した柄の先端には、指が入るくらいの輪が付いている。

「ああ、これはワイヤーリングです」

 と言って輪に指をかけて引くと、柄の中に仕込んであるリールからキリキリとワイヤーが伸びる。

 よく鍵束なんかを付けておくアレだ。

「刀を放しても、リールを持っていれば簡単に回収できるんです」

 へえ、と真一はリールを伸び縮みさせる。

「いいの? ブシノタマシイって奴を簡単に他人に持たせて」

 優美が意地悪っぽく聞く。

「刀はただの道具です。それ以上でも以下でもありません」

「その敬語口調。何とかなんないの?」

 サクラが姿勢を崩して言う。

「そうよ。同い年でしょ。気持ち悪いのよ」

 全くそうは見えない優美が言う。

「僕も敬語口調だと思うんですが……」

「あんたのは博士口調よ」

 ひとしきりどうでもいい話に花を咲かせた後、真一が話題を変えるように言う。

「お母様には、ああ言われましたけど。やっぱり僕も役に立ちたい」

 座布団に座り、少し間をおいてから真一は語り始める。

「僕は、小さい頃から科学や化学ばけがくが好きで、周りの子とは馴染めなかったんです。黒川くん達は同じはみ出し者でウマがあったけど、でも僕も黒川くんも世間に馴染めなくても、いざ有事の際には僕らの方が役に立つ、そう思ってたんです」

 魁は黙って聞いている。魁にも少なからず同じ自負があった。

 かぶら古流は理合いの業。力を使わず、刃でもって少ない動作で確実に相手の息の根を止める技術。

 それを披露する、自慢する機会など、日常においてあるはずはない。

 その気持ちを押し殺し、密かに自身を高め続ける事が精神の修行に繋がるのだと、父に教わってきた。

「壬生くんみたいに現場に出られなくても、出来る事は沢山ありますよ。……例えば、昨日の変異種を見て、どう思いました?」

「ヤな奴だった」

 横から口を挟む優美に「そういう事じゃなくて」と真一が苦笑し、

「最初に見た奴は、変異したら動物そのものでした。でも昨日のはそれとは違い、まるで中身は人間でした」

「そう言えばそうね」

 とサクラは思い出すように唇に指を当てる。

 言葉を話し、挑発し、道具を使った。

「壬生くん、今までに見た変異種と比べてどうでした?」

「私も初めてです。もっとも、変異種と対峙したのは三件だけですが」

「すごい! 三人もやっつけたの?」

「あ、いえ。相対したのが三件と言う事です。昨日の相手とは勝負を分けました」

「そいつは、最初に現れた変異種を殺しちゃったんだよね」

「変異種同士も仲悪いのかな?」

 優美の言葉に真一が答える。

「彼らにとって、自分以外は全て敵なのかもしれません。獲物を横取りしたのを怒ったんでしょう」

「やっぱ動物じゃん」

「でも知能を持って行動しているなら、これは忌々しき事態ですよ」

 魁も同感である。昨日の相手は明らかに格闘術を使っていた。変異種の力で繰り出される技は今までとは違う。あのまま戦っていたら、どうなっていたか分からない。

 しかも着る物も――肌着は破れたようだが、上着やズボンは変異した体に合った物だった。騒ぎの後は人間に戻り、何食わぬ顔で日常に戻っていたと思われる。

「それで、それとあんたが出来る事と何の関係があんのよ?」

「つまり変異種も狡猾になっているという事です。今までは逃げ出した猛獣のように機動隊が対応してましたけど、こっそりと起きる事件には警察も対応しきれないんです」

 あんたなら出来んの? と疑わしげな視線を送るサクラに、

「僕がネットや警察無線で情報を集めて、それを壬生くんに携帯で連絡するんです。ただ闇雲にパトロールしているより効率がいいはずですよ」

 そんなうまくいくかね、という雰囲気の女子を余所に、

「壬生くん、装備を見せてもらっていいですか? 携帯を装着できるように工夫してみますよ」

 鎧を手にとって確認し、装着して更に確認する。

「これならいけそうです。……胸当ての下に手裏剣入ってるんですか」

 ええ、投擲用に四本、と魁は取り出して見せる。

「刀も背負ってるんですね。漫画とかで背負った剣が抜けるものか、と思ってたんですが」

「はい、かぶら古流には鞘を使う技もあるのですが私は習得していないので……。腰に差すと格闘戦に邪魔なので背負っています」

 実際に背負ってみせる。

「本来背負う時は、柄を逆に……つまり左肩から出ている柄を右手で持って、袈裟斬りのようにして抜くのですが、鞘が背中に固定されていると抜けませんからね。この『灰奥はいおく』は標準より短いので鞘を少し引けば、いわゆる忍者背負いでも抜く事が出来るんです」

 それでも完全に固定できないし、収める時に不便だと語り合う二人を退屈そうに女子が見つめる。

「これも考えてみるよ。ちょっと時間かかるけど」

 と嬉しそうに言う真一だったが、突然思い出したように声を上げた。

「そうだ! 名前何にしよう」

 名前? と真一以外の三人が同時に言う。

「ほら、隠れ武士じゃないんなら。何ていうのかなぁ。呼び名ないと不便でしょう?」

 そう? と皆顔を見合わせる。

「そうだ。『忍び武士』なんてどう? 忍者っぽい武士」

「じゃ、『しのぶし』でいいじゃん。忍ぶんだし」

 笑いながら言う優実に真一は「ええ~カッコ悪いよ~」と苦笑する。

 尚もやいのやいのと議論する三人を魁はきょとんと見つめていたが、やがて少し顔を綻ばせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る