9杯 奉仕

 高台の上に立つ立派な屋敷に着くと、三人は呆けたように建物を見上げる。

「うわー、おっきいー」

 玄関には『鏑古流かぶらこりゅう』と看板がかかっている。

 一体いくつ部屋があるのか。家と言うよりお寺のようだ……、半ば呆れるように立ちすくんでいると魁が玄関のドアを開け、どうぞと促す。

 お、お邪魔します……と皆ガラにもなく姿勢を正して門をくぐる。

 広い玄関に入ると、廊下には一人の女性が湯呑みを乗せた茶托を持ち、引きつった顔で固まっていた。

「あ、姉上。こちらは私の学友です」

 サクラは楓に気が付くと慌てたように派手なネイルを隠し、笑みを作ってお辞儀する。

「あ……は、初めまして。壬生くんの友達の東雲しののめ サクラです」

 染めた髪が枝垂れのように揺れ、胸の谷間が露わになる。

「安藤です」

「柚木です」

 と真一と優美も続いて自己紹介するが、楓は写真のように固まったまま動かない。

「それで姉上。この場合、まずどこに案内するものなのでしょうか」

 耳打ちするように尋ねる魁に楓はハッと我に返る。

「え? あ、ああ。母さん、道場にいるから……、まず挨拶したらいいんじゃない?」

 ではこちらへ、と道場へ案内する魁の袖を掴み、

「ねぇ、ちょっと! 本気なの?」

 と小声で言う。

「は? 何がですか?」

「騙されてるんじゃないの? お金取られた?」

「何の事です?」

 尚もしつこく聞いてくる楓に少し困惑しながら道場へ向かう。


「お母さん、お茶……。それと……」

 道場に入った楓は、花を生けている桃子に茶を出し、恐る恐る後ろを見る。

「うわっ! 何ここ」

「板張りじゃないんですね」

「イメージと違う」

 入るなり感嘆の声を上げる三人は、桃子に気付いて慌てて挨拶する。

 着物姿で淑やかにいらっしゃい、と応対する桃子に三人とも場違いな所に来たと言うように畏まる。

「楓。椅子を一つお持ちしなさい」

「あ、……はい」

 真一が足を怪我している事を見てとった桃子は、正座が困難な人の為に置いてある椅子を用意させる。

「あ、あの。この度は、息子さんに命を助けて頂いて、ま……誠にありがとう御座いました」

 と慣れない動作丸出しで正座をしたサクラがお辞儀をする。

 真一と優美もそれに続く。

 あらご丁寧に、と生け花を続けながら桃子は答える。

「道場を見学したいと言うので、招きました」

 魁が皆の横に正座して言う。

「こちらは、どういった道場なのですか?」

 真一が想像していたのと違う、と言うように恐る恐る尋ねる。


「見ての通りですよ」

 完成した生け花を示して桃子が答える。

 色鮮やかないくつかの花を飾った大きめの、広がりのある生け花だ。どの花が主体という事はなく、それぞれに位置付けをしたような「調和」というタイトルが付きそうな作品だ。

 え? という反応の三人に桃子は、

「ここはかぶら古流、華道家元です」

 優しく微笑んで言う。


 意味が分からない、というように皆桃子と魁を見比べる。

「我が家系の男児は武芸を嗜み、有事の際はこれを持って事に当たって参りました」

 桃子はふふ、と笑い。

「あなた方が見たのはかぶら古流の裏の顔、球根のかぶと書いて華道と区別されている方です」

 まあ隠すほどの事でもないですからね、と付け足す。


「あ、あの。僕も入門できるんでしょうか」

 真一の言葉に桃子は少し驚いたが、

かぶら古流は先々代で地に潜っています。今は有事に対応するのは警察機関の役目ですからね。魁は伝統を守るために継承しているもの」

「しかし、今の怪物騒ぎは、警察だけでは持て余していますし……」

「それに、私のカレも怪物に襲われてから行方が分からないんです。このままじっとしていられないんです」

 サクラの言葉を聞き、楓は驚いたような、納得したような曖昧な素振りを見せる。

 納得半分、残念半分、といった様子だ。

「一朝一夕でどうにかなる物でもありませんよ。お友達もあなた方が危険な目にあう事は望まないでしょう」

 三人は俯く。

「華道でしたら、いつでも生徒を募集しています。うちの楓は、さっぱり興味を示さなくてね」

 横目で楓を見ると、当の楓はそ知らぬ風に目を泳がせる。

「さ、堅苦しい挨拶はおしまい。魁、部屋にお通してあげなさい」

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