汚れた少女
5杯 若い時代と苦悩
喧騒と怒声の中に少女は立つ。
茶色く汚れたブラウスの外れたボタンからは大きな胸元が肌蹴け、髪はぼさぼさで埃にまみれている。
日に焼け、汚れた顔は真っ直ぐに人々が争う様子を見つめている。
同じように汚れた人々が、そこかしこで食料を奪い合い、殴り合う。
少女は目の前にそびえ立つ壁を睨み付けた。
壁の上からバラバラと何かが降ってくる。
下に群がる人々は我先にと落ちてくる物を奪い合った。その様子を忌々しげに見つめ、自分の手に持った硬くなった一切れのパンを見る。
カビの生えた部分を乱暴にかじると、ぶっと地面に吐き出した。
ぼりぼりと硬いパンをかじりながら壁の向こうに目をやる。
いつか、いつかあの壁の向こうの奴らに思い知らせてやる、と相貌に静かな怒りの炎をたぎらせる。
持っている者は、持たざる者よりも強いと思い込んでいる奴らに、同じ人間である事を、傷つけば同じように血を流すのだと、自分達も生きているのだと、思い知らせてやる。
ただその時まで、黙ってこの屈辱に耐えてやる。
だが、少女にも薄々分かってきている。
そんな時は、来ないのだと。
自分達は永遠に蔑まれたまま、泥を啜って生きていくしかないのだと。
少女のパンをかじり終わった歯は、そのまま指に食い込み、血が滲むほどにきつく噛み締められる。
その時、背後から白い光が現れた。
光は白い馬に乗った白い鎧を着た騎士。
眩しい。眩しすぎて輪郭がはっきりしない。騎士は少年のようであり、天使にも見えた。
白い騎士は壁の方へ向かって行くと剣を抜き放ち、壁を斬るように動かす。
すると壁は音もなく崩れ去った。
白い騎士は少女の方を見る。少女はぽかんと見つめていたが、はっとして胸元を合わせると、頬を赤く染めて騎士を見つめ返す。
「どうしたんです? サクラさんぼーっとして」
真一の声にサクラの意識は現実に引き戻された。
「え? うん、何でもないよ」
夕方を過ぎ、夜になろうかという時間のファミレスでサクラたちいつもの面々は、適当に夕食を取っている。
「えーでも本当にやんのお? 恐いよー、やっぱ帰ろうよー」
優美が泣きそうな顔で言うが、
「だからお前は帰れって言ったろ。足手纏いなんだよ」
満弦が足を組んで言う。
「だって~仲間外れなんて。そっちのがヤダよ~」
と言って涙を浮かべ始めた。
「今度の準備は万全ですからね」
と言って真一はリュックの中の瓶を見せる。
「化学室から拝借してきた薬品で発煙弾を作ってみました。昨日、変異種を見た限りでは人間の潜在能力というか、身体機能が異常に向上しているように見えましたからね。きっと五感も鋭くなっているはず。音や匂いには弱いと考えられます」
へえ、と思いの他よく考えてそうだったので皆感心した様子を見せる。
「スタンガンも棒状にして遠い間合いからも使えますし、改造して威力を上げてあります。人間だと危険なレベルなんで注意が必要ですけど」
「満弦。あんたは?」
「え? ……ああ」
と突然振られて曖昧に答える。
まさか何も改善してないんじゃ……、という眼差しにバツが悪そうにコーヒーを飲む。
「もしかしたら、真一の方が頼りになるかもねぇ」
と少し意地悪に言うが、そのまま遠い目をしてしまう。
頼れると言えば……、と壬生 魁の事を思い出している事は皆にも分かった。
「昨日は油断しただけだ! 壬生だって人間なんだ。俺達だって同じさ」
「あんた武術やってないでしょ」
「バカヤロー。格闘技やってる奴が、路上で喧嘩慣れしてる奴にやられるのなんて珍しくないんだぜ」
「そうですよ。今度は僕らだってちゃんと準備したんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます