4杯 従属の恋
町の外れ、木々の多い高台に大きな屋敷がある。
その屋敷の母屋に隣接した広い部屋は、開け放たれた襖から庭が一望できるほどだ。
傾きかけた陽光が畳に差込み、微風が風鈴を鳴らす。
部屋に掛けられた大きな水墨画の掛け軸を背に、着物を着た女性が正座をして花を生けていた。
その女性の前に同じく正座をした少年が背筋を伸ばして座っている。
「母上」
「なんですか、魁」
母と呼ばれた女性、壬生
「お聞きしたい事があります」
「構いませんが、いい加減その仰々しい呼び方は止めてくれませんか」
「いや……、しかし」
「あなたのその凛とした振る舞いは、亡きあなたの父上、
「はい」
「あなたも、そろそろ自分のスタイルを出してみても良いのではないですか」
「これが、私の本来のスタイルです」
桃子は花を手に小さく笑う。
「そういう所もそっくりですね。まあいいでしょう。では質問に答える代わりに私のお願いも聞いてくれませんか?」
「なんでしょう」
「ママ、と呼んで頂戴」
風鈴がちりん、と鳴る。
「母上!」
これまでの会話を無かった事にしようというような、有無を言わせぬ口調で始めの言葉を繰り返す。
頑固な所もそっくりね、と桃子はやや後ろを向いて呟く。
「それで、聞きたい事とはなんですの?」
「はい。我々の……カブラ古流とは、一体何なのでしょうか」
桃子は一瞬きょとんとした顔になったが、やれやれまたかという感じで、
「私は魁一郎ではありませんよ。その答えはあなたが見つけなさい」
「はい。生前、父にも同じ事を言われました」
「あの人は秘伝書か何か残さなかったの?」
もう疲れた、というように口調を崩す。
「はい。武芸は口で伝えるものだと言って……。いや、でも私が今悩んでいるのはそんな深い話ではなく……、その……例えば今の『稼業』を続けていくとして、履歴書には何と書けば良いのでしょうか」
桃子は鋏を手に呆けたような顔になったが、やがて声を上げて笑い出した。
「……母上!?」
ひとしきり笑い、そうねと少し考えると、
「ニートと書きなさい」
「はあ」
多分意味が分かっていないのだろうと意地悪く笑う。そのまま生け花を続けていた桃子だが、先程とは打って変わった真剣さを帯びた声を出した。
「魁。あなた左腕を怪我していますね」
う、と魁は一瞬たじろいで左肩を押さえる。
「カブラ古流は
「心得ております」
「流さずに、力で対抗した結果、力は己が身に返る」
「仰るとおりです。
と言って手を付いて深々と頭を下げる。
「だから私は魁一郎ではありません」
ぴっ、と手に持った枝を魁に向けて言う。
「そんな事はあなただって十分わかっているはずです。あなたの
「はあ」
明らかに褒められ慣れていない様子の魁に「傷は男の勲章ですよ」と笑い、生けた花を見せる。
孔雀の羽のように広がる葉に彩られ、細い茎の椿が中央に据えられている。
その茎は椿の花を支えきれないほどに細いが、その首を細いが強くしなやかな稲穂がバランス良く支えていた。
椿の下には
「月夜の
桃子は立てた茶のように生け花を差し出した。
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