3杯 僭越

 翌日の朝の学校。

 生徒は思い思いのグループを作り、昨日見たテレビの話題などに花を咲かせている。

 その一角に、同じく昨日の出来事に一段と熱を入れて語り合うグループがいた。

「ねぇ、壬生くん。もう来てる?」

「まだみたいですよ」

 肌蹴た胸と眼鏡が付き合わせる横にツインテールの女の子が割り込む。

「何も言わずいなくなるなんてね。説明してもらわなくちゃ」

「あれ、何だったの?」

「僕、調べてみたんですよ」

 といって眼鏡の真一はモバイル端末を出す。

「古来より、隠れて武術を伝承して、有事の際にはその力を使って大儀を成す『隠れ武士』。これじゃないですかね。ここに書いてあるのは空手家ですけど、まあそれに近い物じゃないですか?」

「なにこれー、何で空手なのに武士なわけー?」

 携帯を覗き込んだツインテールの女の子、優美が突っ込む。

「琉球では唐手家の事を武士って言うらしいです」

「怪物の死体とかも、ほったらかしにしてきたけど大丈夫かな」

 腕を組み、肌蹴た胸元から中身がこぼれそうになるのも構わずに、サクラが言う。

「大丈夫でしょ。そもそも僕達は何もしてないんだし」

「あ、壬生くん来たよ」

 優美の声に、一斉に入り口を見る。

 魁が席に着いた所で、テレビに出ているのを見つけた男子のように取り囲んだ。

 昨日のアレなんだったの? あの刀は本物? どこで手に入れたの? 隠れ武士なの? と矢継ぎ早に質問を浴びせる。

 きょとんとする魁に構わす捲くし立てるが、埒が明かないと思ったのかサクラが「ちょっと待って」と皆を制し、

「あたしが聞く」

 と場を仕切る。

「ちょっと! 説明してくんない?」

 腰に手を当て、魁の正面に立つサクラは少しキツイ口調で詰問する。

「何を……、ですか?」

 いつも落ち着き払っている魁も戸惑った様子で聞く。

 何を? と聞き返されて「うーん」と少し考え、

「そう、昨日の怪物! アレは何?」

「さあ、私もよくは知りません」

「知りませんって……」

 殺しといて……、と小さく口の中で呟いてから質問を続ける。

「じゃあ、あなたは何なの?」

 あからさまに「何なのって言われても」という顔をする魁にイライラした顔を向け、

「あーっ! もう!! じゃあ、あなたは昨日、何やってたの?」

「稼業ですよ」

「怪物を殺す事が? 自警団みたいに、パトロールしてたって事?」

 真一も業を煮やしたように口を挟む。

「そんなとこです」

「だからっ! なんでそんな事してんのよ!」

 なぜ? と問われて一瞬考え込むような仕草をすると、

「理由は……、私も知りたい。戦い続けていれば、その答えが分かる気がして」

 サクラと優美はあからさまに「何言ってんのコイツ?」という顔になる。

「パトロールって事は、やっぱり壬生くんって隠れ武士なんじゃないの?」

「隠れ武士?」

 と聞いた事もないという様子の魁に、

「じゃあ、何て言うの? 君の稼業、職業なんでしょ? 履歴書には何て書くの?」

 魁は困ったように首を捻りながらぼそっと答える。

「……カブラコリュウ?」

「古流? それってあの武術の名前? 剣術なの?」

「なに? 壬生くんってば、実はタツジンだったわけ? それを隠してたなんてアニメのヒーローみたい。イカスう」

 優美がからかうように言う。

「とにかく! 人を助けておいて挨拶もなしにいっちゃうなんて、どういうつもり?」

 露骨に「助けた方が挨拶をする、なんていう風習がこの国にあったろうか?」という様子の魁にサクラは少し顔を赤くして、

「あ、いや。ちょっと違うか。そう! 挨拶もさせずにいっちゃうなんて、どういうつもり?」

 腰に手を当て、少し息を呑んだ後に続ける。

「その……、助けてくれてありがとう」

 魁は「ああ、なるほど」と理解した様子で答える。

「いえ、どう致しまして」

 杓子定規な返答にサクラの頬が引きつる。

「壬生くんって謙虚だねぇ。ホント武士みたい」

 優美は魁の机に肘を付き、珍しい物を見るように魁の顔を見上げていたが、突然ガタンと机の鳴る音が響く。

 机に足を乗せて黙って様子を見ていた満弦が立ち上がり、魁達の方へと歩み寄る。

「ああ? 別に俺達は助けてくれなんて頼んじゃいねぇぞ」

 また始まった~、と優美が満弦に聞こえないように呟く。

「刀なんか持ってりゃ、誰だってできるぜ。なんなら素手で俺と勝負するか?」

 よしなさいよもう、とサクラもややうんざりしたように呟く。

「おおーい、みんな聞けー!」

 と手を上げて教室中に聞こえる大声を出し、注目を集める。

「こいつはよー、人殺しなんだぜー。夜な夜な刃物持って町をうろついてんだよー」

 と魁を上から指差して言う。

 皆黙って注目していたが、やれやれまた弱い者いじめかという風にすぐに興味をなくす。

 ちっ、と言うと魁を見下ろし、

「いい気になってんなよ。そうやって正義のヒーローな自分に一人浸ってるだけの根暗が。なんならお前の正体、バラしてやってもいいんだぞ」

「いや、別に隠している訳では……」

「ああ? じゃあ俺と戦えや」

 と言って立ち上がらせようと左手を掴む。

 魁は「ぐっ」と呻き、苦痛に顔を歪ませた。

「ちょっと! 怪我してるの? あたし達を助けた時に?」

 黙って苦痛に耐える魁に、

「満弦!」

「え? ……ああ」

 さすがにひどいと思ったサクラが窘めると、満弦は素直に手を放した。

 右手で肩を押さえる魁を見て、サクラたちは非難の視線を満弦に送る。

「ああ……悪かったよ」

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