2杯 名声
夜の公園を、高校の制服を着た男女が歩く。
「それにしても今日は早く追い出されましたねぇ」
眼鏡の男子、真一がさきほどのカラオケ店を思い出して言う。
「高校生は夜八時までって……、今までそんなんなかったじゃんね」
真一の隣を歩くツインテールの女の子は愚痴っぽく言うが、見た目が小さいため駄々っ子が拗ねているようにしか見えない。
「にしても人が少なかったからイマイチ盛り上がらなかったなー。やっぱアイツも引っ張ってくればよかったかな」
胸を肌蹴させたサクラが腕を頭の後ろに組んでぼやく。
「なんだお前。アイツが気になんのか?」
その隣をポケットに手を入れて歩く満弦が睨む。
「そんなんじゃないって。アイツが何歌うのか気になんない?」
「ははっ、そりぁ気になるな。きっとお経だぜ。お経」
「何それ、そんなのあるわけないでしょ」
「あれ? サクラさん、カラオケにお経入ってるの知らないんですか?」
きゃっきゃと談笑しながら公園内を歩いていたが、ふいにサクラは足を止めた。
「それにしても不気味ね。これだけ人がいないと」
街の方はまだ人がいたが、公園に入ると急に人がいなくなった。
この公園は夜でもカップルがそこかしこでイチャついてるのが普通だ。それを眺め、覗き、時には冷やかすのが、彼らのささやかな娯楽だった。
「例の怪物騒ぎ。思ったより影響あるみたいですね」
「ホントにそんなの信じてんの? バカみたい」
「でも、犯罪者だか変質者だかがいるのは本当なんですよ? そんな中で平気で出歩くのなんて、僕達みたいな粋がった若者くらいですよ」
「え? ちょっとマジ? ホントに大丈夫なの?」
ニュースでは怪物怪物と言っていたのでバカにしていたが、変質者と聞くと急に現実味を帯びてくる。
真一は喧嘩は弱そうだし、満弦の腕っ節は信用しているが相手が大人で、しかも犯罪者だとしたら心許無い。
「心配すんな。日本にゃ、せーとーぼーえーってありがたーい、法律があんだよ」
と満弦はズボンに差し込んだサバイバルナイフを取り出す。
「そうですよ。僕らがなんの用意もなく歩いてると思います?」
真一もロッド型のスタンガンを出した。
優美はやれやれ男は野蛮だ、というように首を振る。
「で、どうするの? まだ帰るには早いけど」
ここにいるメンバーは皆家族とは折り合いの悪い者ばかりだ。
「おや、ミサイル基地。だいぶ完成したみたいですね」
真一が指差す方に足場で囲まれた建物が見える。
直径十数メートルの円筒形をした、三階建てくらいの建物だ。高さはそれほどでもないのだが地下が何十メートルと深い。
筒のように真ん中がくりぬかれているので真一はミサイル基地と呼んでいる。
実際は何かの観測施設なのだが、真一は未だミサイル基地にするための施設だと信じてるようで、たまに見に行きたがる。
「もう、何回も見たでしょ。よく飽きないわねぇ」
サクラがいささかうんざりしたように付いていく。
だが今夜は建物までの道に警備員の格好をした男が立っていた。
「君達、ここから先に入ってはいけないよ」
「なんだよ。柵もなんもないだろうがよ」
「それでもダメだ。それにニュースを見てないのか? 危ないぞ。早く帰りなさい」
「怪物か? そんなもんに俺らがビビるかよ。んなことより、オッサンの方こそ危ないぜ」
「怪物に襲われても知らんぞ、お前ら」
「脅かそうたってダメですよ。そんなに危険なら、警備員が一人で立ってるわけないでしょ?」
「いい大人が。怪物怪物ってみっともないっつーの」
サクラが嫌味ったらしく挑発する。
「お前ら、狂言かなんかだと思ってるのか? あれはレッキとした現代病の一種で」
「知ってますよ。精神に不安を抱えた者が、その力が大きすぎて体にも変調をきたす。火事場でリミッターの外れた人間が、想像を超える力を出す現象のドギツイ版でしょ?」
「テレビでやってたよー」
優美が舌を出して言う。
「結局は人でしょ? 大袈裟なのよねー」
「それにその『
「なんせ体に変調きたすんですからね。相手が変異種の場合、証拠はバッチリですよ」
「おーよ。出たら返り討ちよ」
と言って満弦は声を上げて笑う。
「そうか。お前らは、ハンター気取りのガキどもか。怪物騒ぎもお前らにとっちゃ、合法的に人を殺せる催し物に過ぎないか……」
「ああ? なんだって?」
「死ななきゃ、いや死んでも分からないんだろうなぁ。いや、オジサンそういう死ぬ事をよく分かってないガキを見ると、ちょっとイラっとしちゃうんだよねぇ」
見た目、二十代後半程度であろう警備員は、やや皮肉を込めた言い方をする。
「なんだと? てめぇ、ぶっ殺されたいのか!?」
腰からサバイバルナイフを取り出して見せ付ける。
「よしなさいよ。満弦」
サクラがややうんざりしたように言うと、満弦はへっと笑い、
「よかったな。変異種じゃなくてよ」
「お前ら、変異種見た事あるのか?」
「ああ? てめぇはあんのかよ」
警備員は答えない、が代わりに「めきっ」という何かが軋む音が響いた。
音と同時に警備員の服の下で何かが盛り上がるように動く。
ん? と一瞬訝しげな顔をした一同は、すぐに驚愕の表情に変わる。
制服を黒い筋肉が突き破り、警備員の体は見る見る一回り、二回りと大きくなっていく。
ただ、筋肉が膨れ上がっただけという感じではなかった。所々角のように隆起し、毛が生え、赤い目が光る。
体に変調? これが!? これじゃ、まるで……。
『鬼!?』と皆同じ事を考えていると、ヒュン! と目の前を風が吹きぬけ、満弦の持っていたナイフは遠くへ飛ばされていった。
衝撃で手の平が裂け、血が飛び散ったが、満弦はぽかんと口を開けたまま固まっている。
目の前の怪物、変異種は両の手を大きく広げ、咆哮を上げた。
理性の無い、獣の声が響き渡り、皆の耳を打つ。
その衝撃に吹き飛ばされるように、ほとんど固まったままの状態で皆尻餅を付く。
それまで危険らしい危険に遭遇した事の無い、命が危険に晒される事もなかった彼らに、初めて防衛本能が働いた。
世の大人達の大半は彼らを愚か者と呼んでいる事だろう。だが目の前の怪物に立ち向かうほど愚かではなかったし、走って逃げ切れると考えるほど愚かでもなかった。
相手は獣、動いた者からやられる。だが動かなくても誰かがやられる。
その誰かが喰われている隙に逃げる。それが彼らに出来る事の最大だった。
友達を犠牲にして逃げようなどと非情な考えに囚われたのではない。それは彼らの本能が命じている事なのだ。
そして怪物は、趣味嗜好か位置関係か、最初の獲物に胸を肌蹴させた派手な女子、サクラを選んだ。
ゆっくりと体を自分の方に向け、振り上げられる怪物の手を、サクラは夢を見ているようにぼんやりと眺めた。
なぜこんな目に? と考える間もなく、手が振り下ろされる瞬間、その場にいた全員は無意識にぎゅっと目を閉じた。
ガキッ! という音が響き渡り、身を固くする。
あれ? もう終わったのかな? という感じで皆片目を開ける。
だが振り下ろされた怪物の爪は、サクラの前に立つ黒い人影に受け止められていた。
サクラは自分を守るように立つその人影を「満弦? 真一?」と確認するように首を傾けて顔をみようとするが、腕を挙げて爪を防いでいるため確認できなかった。
驚いたように飛びのく怪物に、間合いを詰める人影。
人影は背に刀を背負っていた。その柄を右手で、鞘の先端を左手で掴み、開くようにして刀を抜く。刀身が街灯から届く光を反射してギラリと光る。
怪物は威嚇するように一度吼えると、再び爪を大きく振りかぶった。
爪は人影の上半身を薙ぎ、吹き飛ばしたかのよう見えたが、影は上半身を折ってかわしていた。
そのまま体を反転させて懐に飛び込み、怪物を背負うような形になる。
地面にへたり込んだ一同は、勝負の行方よりも人影の正体を確認するように目を凝らしたが、怪物の影になっていて見えない。
「ぎいっ!」
怪物は悲鳴を上げて後ずさった。人影が怪物の鳩尾に刀を突き立てたのだ。
血が滴り落ちる鳩尾を押さえ、怒りを堪えるようにわなないた怪物は、拳を握り締めると人影に突進した。
爪を開き、目標の頭を狙う。先程の大きく振りかぶった動きではなく、直線的で無駄の無い攻撃だ。
人影はその攻撃を左手を添えた刀の身で受けたが、何の音も立てず、するっと通り抜けた。
怪物と人影は、普通にすれ違うように位置を入れ替える。
暫く動きを止めた後、怪物は首から血を噴き出して倒れる。
怪物は地面を爪で掻くように痙攣したが、やがて「きゅう」という音を喉から発すると動かなくなった。
人影は振り向く事無く、左手で鞘を引き、腰の位置まで下ろすと後ろ手に刀を収める。
収めた刀を背に戻すと人影は首だけを動かして後ろを、倒れた男女を振り返る。
街灯に照らされた顔を見て、全員がまさかと思ったが、最初に口を開いたのは満弦だった。
「お、お前……み、壬生じゃねぇか」
他の皆が「やっぱり?」というように満弦を見る。
人影、壬生 魁は訝しげにしていたが、「ああ、君達か」という顔をした。知らずに助けたようだ。
改めて見ると魁は鎧のような物に身を包んでいる。手甲や頬まで覆う額当て、鎧と言うよりプロテクターのようだが、近代的なものではなく言うなれば「忍者の鎧」だ。
「何やってんだ、お前!」
今しがた命を救われた相手に投げかける言葉ではないが、混乱の収まらない満弦はそう問いかける。
「稼業です」
全員が声を揃えて「は?」と言う。
ではこれで、と立ち去る魁に満弦は待てと声を荒らげるが、へたり込んで動けないまま見送るしかなかった。
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