五十二話 本戦6

 もう一つの準々決勝が行われ、ハンニャはあっさりと勝利を収めた。

 正直相手に勝ち目はないと思っていたからほぼ予定通り。

 そして、俺とハンニャの準決勝が行われることとなった。


「悪いが君には負けてもらう」

「残念だったな。俺もお前には負けてもらうつもりだ」

「だったらどっちが勝っても恨みっこなしだ」


 仮面で表情は分からないがハンニャ――ケントは笑みを浮かべているようだった。


 まだ出会って間もない奴だが俺は結構気に入っている。

 なんつーかイケメンなのに、接しやすくて気遣いもできて一途で努力家だ。

 この大会のために彼が夜中まで訓練を続けているのを俺は知っている。


 できればスタークと戦わせてやりたい。

 彼の抱く怒りが憎しみがどれほどかだんだんと分かってきたからだ。

 ただ、今回だけは俺も譲ることができない。

 俺だって伊達や酔狂で出場しているわけではないのだ。


 ならば戦うしかない。勝者だけがスタークと相対する権利を有しているのだ。


「一つ聞くがこれは契約違反じゃないよな?」

「裏切り行為とは呼べないだろ。ただ単にどっちの力が強いか試合をするだけだしな」

「それを聞いて安心した。これで心置きなく義彦をぶっ倒せるってことか」

「馬鹿だなぁ。逆だろ」


 笑顔から一転して互いに武器を構える。


 奴の身体から赤いオーラがうっすらとにじみ出ていた。

 数日前よりも禍々しさが増したような気がする。

 ステータスも四十万に達しており、張り詰めた空気が針のように刺した。


「始め!」


 開始が告げられると同時にハンニャが一足飛びに間合いを詰める。

 一瞬にして三連突きを繰り出すも、俺は念動力で自身の身体を横に引っ張って滑るようにして躱す。

 ブライト戦で使った場外回避でこの移動方法を思いついたのだ。


「うえっ、気持ちの悪い動きだな」

「ぬふふふ、今の俺はこんなことも可能なんだぜ」


 ムーンウォークをしてみせると会場が盛り上がる。

 観客へのちょっとしたサービスだ。


「でりゃ!」

「っつ!?」


 巧みに槍を回転させて連撃を放つ。

 俺は剣でそれを捌きつつ後方に下がる。


 ハンニャは普通に強い。

 なんというかきっちり積み上げてきた故の実力というのか。

 俺みたいに上がり下がりがない代わりに安定した攻防を備えている。

 だからこそ手強いと感じた。


 一瞬の隙を突いて俺は反撃に出る。


「無拍子!」

「来たな!」


 切り下ろしを槍の柄で受け止めすかさず蹴りを放つ。

 念動力で強引に身体を引っ張り上げると、身を縮めるようにして蹴りを躱して見せた。

 そこから両足でハンニャの胴体を蹴って反動で後ろに飛ぶ。


「それ、卑怯じゃないか」

「お前も錬金術師になればいい」

「無茶を言う」


 互いにじりじりと円を描きながら出方を窺う。


 その頃になると観客も興奮して声を上げていた。

 もちろん相変わらず俺は目の敵にされているが。


「精霊は使わないのか」

「まぁな。それだとすぐに終わってしまうだろ」

「こっちとしてはありがたいが、負けた後で文句を言われても知らないぞ」

「心配するな。使うべき時にはきっちり使う」


 再び剣と槍が交わった。

 火花を散らし金属音が響く。


「!?」


 不意に背筋がゾクッとした。

 俺は咄嗟に真上からの打ち込みを全力で防ぐ。


 どんっ。すさまじい衝撃が身体全体をきしませ床に亀裂が走った。


 攻撃を受けきった俺は一度距離をとることに。

 赤いオーラを纏ったハンニャはさらに禍々しい気配を漂わせていた。


「義彦、俺は奴を殺さなければならない。だからここで負けてもらう」

「……マジかよ」


 奴のステータスが五十万に跳ね上がっていた。

 恐らく怨鬼槍によって怒りがさらに増長され強化されたのだ。

 鬼になる頃にはどれほどの強さになっているのやら。


 ゆらりと動くハンニャ。

 ここからは余裕ぶっこいている暇なんてない。

 全力でやらなければこっちが負ける。


 刹那に肉薄した奴は鋭い突きを放つ。

 初撃をギリギリで避けて床を滑るように退避する。

 しかし、奴は追随すると身体を回転させながらすさまじい打ち込みを放ち続けた。

 それはまるで舞台で踊っているかのような動き。


「うぐっ、これは不味い」

「ははははっ、どうした義彦! 反撃しろよ!」


 しょうがない。ここは対ブライトを想定して用意していたもう一つの策を使うか。

 とある物に付与した能力を発動させる。


「っつ!?」


 あれほど勢いのあったハンニャが、動きを止めてガクッと片膝を突いた。

 俺はニヤニヤ笑みを浮かべてその様子を見守る。


「なんだ……この虚脱感は……」

「そうだろそうだろ。なんせ体力をドレインされているんだから」

「ドレインだと? だがどこから?」


 周囲にそれらしい物を探すが見当たらない。

 今度は自身の装備を確認する。


 ぬふふ、分からないだろう? 

 そりゃあそうだ。ドレインし続けているのは足下からだからな。



 【鑑定結果】

 建築物:闘技場舞台

 解説:闘技場の舞台だよー。素材は王国で採れるとっても堅い石材でできてるのー。こんなことを考えるなんて、さすがクズの義彦だねー。 

 スロット:[所有権(借)][体力吸収]



 そう、今や舞台自体が俺の道具だ。

 付与術で他人の物を所有できると知った時は、真っ先にこの方法を思いついた。

 もし卑怯というのならいくらでも罵倒すればいい。俺はやると決めたらどんな手段でも使う男だ。


「まだだ……俺は勝つ……」


 さらに赤いオーラが吹き出しハンニャのステータスが六十万に達した。

 体力を吸われ続けているにもかかわらず、平然と立ち上がり槍を構える。


「でやっ!」

「万能カウンター!」


 槍を弾きハンニャは床を無様に転がった。

 それでも彼は立ち上がり攻撃を続ける。


 いつしか会場はハンニャコールで溢れていた。

 藻掻きながらも戦い続けるその姿は民衆の心を掴んだのである。

 だが、俺はただひたすらに心を無にしてカウンターし続ける。


 だってさ、無理に戦わなくてもいずれ倒れるんだぜ?


「おれは……」


 とうとうハンニャが倒れた。

 俺はトドメとばかりに彼の頭を剣で殴って気絶させる。


 もしかしたら審判は、俺じゃなくコイツを勝たせるかもしれないし。

 そんでもって後でスタークに勝ちを譲れとか話をするのだろう。

 ま、そうなったとしてもコイツが聞くわけがないけど。


「に、西村義彦選手の勝利です!」


 再びブーイングの嵐。

 俺は笑顔で手を振って会場を後にした。



 ◆



 僕は準決勝で西村義彦が勝利したことに愕然とした。

 とうとう奴と僕との戦いになってしまった。


 当初に計画していた予定は大幅に狂い、騎士達は敗退、ブライトすらも負けてしまい、頼れるのは己の実力のみとなってしまった。

 にもかかわらず父上が密かに収集した出場者のステータス一覧では、西村義彦は上位に位置する四十万クラス。もはや勝ち目はないに等しい。絶望的だ。


「どうする……どうするべきだ……このままではクリスティーナとの婚姻ばかりか、我が一族の悲願までも潰えてしまう」

「…………」


 自室で自問自答する僕をシーラは無表情で見ている。

 その顔に激しい苛立ちを覚えた。


 なんだその目は……僕が追い詰められるのを楽しんでいるのか。


 シーラの腕を掴んでベッドに投げ捨てる。

 僕は服を脱ぎ捨ていつものようにこの女の身体を好きなようにむさぼった。


「僕こそが、僕こそがクリスティーナにふさわしいのだっ!」

「…………」


 シーラの表情は変らない。

 ここ最近、この女は僕の顔色を窺わなくなった。

 抱いている最中でさえ声一つ漏らさない。

 なおさらに怒りが募る。


「暗殺」

「あ?」

「西村義彦を暗殺すればよろしいかと」


 呟いた言葉に天啓を得たような気分となる。

 そうだ、奴を消せば良いのだ。なぜそれに気が付かなかった。

 試合会場に奴が現われなければ自動的に僕の勝ちとなる。


 こうしてはいられない。すぐにでも暗殺者を差し向けなければ。

 シーラを放置して僕は部屋を飛び出す。

 執事を見つけるとすぐさま命令を下した。


「本日中に西村義彦を暗殺せよ」

「急な話ですな。暗殺ギルドに依頼しても断られましょうぞ」

「ならば騎士でもなんでも送り込め。ブライトにもさらに金を払い参加するように言いくるめろ」

「承知いたしました」


 これで僕の勝利は揺るぎない物となった。

 クリスティーナを手に入れ王国も手中に収めるのだ。


 そして、存分にあの身体を堪能し僕だけのものへと染め上げてやる。





 翌日の早朝。

 執事は申し訳なさそうな表情で部屋を訪れた。


「まことに申しわげにくいのですが……暗殺は失敗いたしました」

「なんだと!?」


 僕はティーカップを床に落とす。


「なぜだ!? ブライトがいたはずだろ!」

「いえ、彼の者は今回の話を断りまして。それで仕方なく十名の腕のある騎士をネーデ伯爵邸へと忍び込ませたのですが、いずれも帰還者はなく、偵察を行った者も西村義彦の生存している姿を確認しているとか……」


 全滅……? 失敗しただと?

 怒りのあまり身体が震えるのが分かった。

 今すぐにでも執事を叩き殺したい衝動に駆られる。

 いや、この屋敷にいる人間を皆殺しにしたい。


「ブライトはまだいるな!」

「はい」


 僕は奴のいる部屋へと向かう。

 すると部屋の中から話し声が聞こえた。


「それであの無能は暗殺を実行したのか」

「はい。間違いなく」

「くっくっく、これで奴は我の操り人形だ。失望によってぐらついた精神を支配する。プライドだけのスタークはうってつけの標的だったな。簡単に膝を折ってくれた」

「最初から暗殺など失敗することは分かっていましたからね。どこまでも愚かな男」


 この声は……ブライトとシーラのものか?

 あいつら僕が知らないところで通じていたのか。

 許さない。殺してやる。裏切り者は粛正だ。


 扉を勢いよく開けて抜刀する。


 ――が、僕は視界に映った二人に絶句した。


 椅子に座ったままのブライト。その近くで立ったまま笑みを浮かべるシーラ。

 だが、二人の身体からは闇がにじみ出ており、その双眸は赤く怪しく光っていた。


「おやおや、盗み聞きとは感心しないな」

「ようこそ我らが操り人形」


 二人から闇が噴出して僕を捕まえる。

 振り払おうとするが闇には実体はなく腕は空を切る。


「うわぁぁぁぁああああっ!?」


 怒りが、憎しみが、嫉妬が、あらゆる負の感情ががりがりと食われる。

 頭の中で大きく重い声が何度も響いた。

 次第に考える力も奪われ僕は闇の奥底へと追いやられる。


 『従え、従え、従え、従え』


 いやだ! やめろ!


 『従え、従え、従え、従え』


 繰り返される声と意志に抵抗すらできない。

 そして、とうとう蓋を閉められた。


「……弱いな」


 力を確認する。

 やはりステータスが低すぎるか。

 だが、我が強化すればほどほどには使えるだろう。


 我が分身に目を向ければ、二人とも笑みを浮かべていた。

 計画通りなのだから当然か。


「我らは目的を達する為に障害を排除する」

「そうだ、西村義彦を殺し鎧を処分」

「あの猫はどうする?」

「アレは今は放置する。今のままでは勝ち目はない」


 廊下で大きな音が聞こえる。

 我は静かにゆっくりと入り口から覗いた。


「ひっ!」


 そこには座り込んだ執事がいた。

 取り憑いたところを見られてしまったか。


 右手に剣を持っていることに気が付き、我は口角を鋭く上げて剣を振り下ろした。


 そう、障害は排除しなければならない。


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