五十一話 本戦5
翌日の準々決勝。俺は控え室で緊張していた。
とうとうブライトと戦う、そう思うと胃の辺りが痛くなりそうだった。
「今さら緊張しているのか」
「悪いかよ。相手はステータス五十万のブライトだぞ」
「そう言って密かに奇策を用意しているんじゃないのか。どうみても負けを確信している顔じゃない」
ハンニャの言葉に俺はため息を吐く。
鋭い奴め。けどそれも所詮は小手先のもの、どこまで通用するか正直怪しい。あのリリアが子供のようにあしらわれたのを考えると、奴はこちらの想定以上に強いと思われる。
勝率はかなり低いだろうな。
だからといって負けるつもりもさらさらない。
こういうのはまず気持ちからだ。ゲーマーというのは確かに数字に敏感だ。だが同時に数字の無意味さもよく理解している。結局勝つのはどれだけ知恵を絞ったかである。数百万のプレイヤーの頂点に立った俺の力を侮るな。くふふ。
「ようやくいつものいやらしい顔に戻ったな」
「いやらしいはよけいだ!」
俺のことをどんな目で見てんだよ。
言っておくが俺ほど男前なナイスガイはいないからな?
「義彦、試合の時間だってさ」
「そうか。じゃあ出るよ」
「俺も次に備えて出るとしよう」
リリアが開始を知らせてくれたので俺とハンニャは控え室を出る。
薄暗い通路を抜ければ鼓膜を破るような歓声が会場を揺らした。
本日も晴天。会場には観客が詰めかけていた。
聞こえるのは『西村義彦をぶっ倒せコール』それは舞台を挟んだブライトに向けられていたものだ。
多少イメージアップはしたものの以前俺はこの国の敵だった。
そりゃあそうか、何も知らない奴らからすれば、俺なんてふざけたホラ吹きにしか見えないもんな。しかも婚約者のスタークに堂々と喧嘩を売ったわけだし。
俺は笑顔で観客に手を振る。
この際、煽るだけ煽ってやるよ。
注目を集めれば集めるほどロナウドの国王奪還作戦は上手くいく。
あー、気持ち良いなぁ。なんでこんなに馬鹿にするのって楽しいんだろ。
会場はさらにヒートアップして俺にヤジが飛んできた。
舞台に上がれば俺とブライトは相対する。
やけに距離が近いが話でもあるのだろうか。
「西村義彦、こうやって貴様と言葉を交すのは初めてだな」
「まぁそうなるのか」
「貴様に二度もこの私が敗北したこと忘れはしない。ようやくたたきのめせるのかと思うとこの日をどれほど待ちわびたことか」
「……二度?」
なにいってんだこいつ。俺と会ったのは数日前が初めてだろ。
もしかして誰かと勘違いしているのか。
奴は俺の鎧を一瞥する。
それは憎々しい相手を見るような目だった。
やはりこの鎧についてなにか知っているのだろうか。
「両選手、時間ですので位置についてください」
審判の声に従い定位置に付く。
会場ではリリア達が固唾をのんで様子を見守っている。
特別席を見れば後ろ手のエレインと宰相がこちらを眺めていた。
国王はうつろな顔で空を見上げとても正気ではない。
この試合で大会の優勝者が決まると言っても過言ではない。
俺は必ずブライトを倒しエレインの初夜を――じゃなかった。エレインと国王を助け出すのだ。
互いに武器を構える。
会場が静まりかえりその時を待つ。
「始め!」
審判の開始の合図と共に、俺は後方へと一気に下がる。
ブライトはその場から動かず素早く矢をつがえて撃ち放った。
「風の精霊壁!」
「バック・ダブル・バイセップス!」
突然出現したマッチョに矢は弾かれる。
開始前に確認したが、あいつの矢は百本前後。
全て使わせればひとまず遠距離攻撃はなくなる。
「風の精霊を出したか。だが、これならどうだ」
放った矢がぐにゃりと軌道を変えて後方にいる俺を狙う。
寸前で避けると舞台に深々と突き刺さった。
あれ、これってやばくね?
案の定、奴は次々に矢を放ち追尾式ミサイルのごとく俺だけを標的にする。
必死で精霊を壁にしつつ回避し続けた。
「攻めに出てこないなら仕方がない。無理矢理にでもそうさせてやろう」
頭上に放たれた矢は俺の近くに落ちると爆発する。
なんとか衝撃を精霊に防がせると、爆煙を突き破って再び追尾する矢が俺を狙う。
まったく休ませてくれない。上からも横からも攻撃が継続する。
降り注ぐ爆発の矢と追尾する矢、侮っていたわけじゃないがこれは手強い。
精霊がいなかったらあっという間にやられていただろう。
「そろそろ前に出たらどうだ。こちらにはまだ――む、矢が尽きたか」
「それを待っていた!」
俺は一気に間合いを詰める。
が、奴は笑みを浮かべて矢をつがえた。
「というのは嘘だ」
「くっ!?」
至近距離で放たれた矢は頬をかすめる。
今までで最も早い速度。反射的に避けなければ当たっていた。
こいつまだ手を抜いていたのか。
「無拍子!」
「そうくると思っていた」
金属製の弓で剣をはじき返す。
俺は空中で後転しつつ再び無拍子を使った。
斬撃を素早く躱し、奴は地面を転がりつつ起き上がりに矢を放つ。
俺は矢を剣でたたき落とした。
「さすがに目が慣れてきたか」
「ゲーマーの動体視力をなめんなよ」
意識に身体さえ追いつければそれくらいできて当然。
それに奴の攻撃前の癖も覚えた。
無意識なのだろうが、エルフ特有の長い耳がピクリと動くのだ。
加えて半身の向けられる方向で事前に射線上にいるかも予測できる。
「残り三十本。なかなか使わせてくれたな」
「また嘘か?」
「いや、これは本当だ。だまし討ちが二度も通用するとは思っていない」
恐らく事実なのだろう。
実際、奴は七十本近くもの矢を撃っている。
これで矢の消費に慎重に成らざるを得ないはず。
俺は剣の柄に巻いていた包帯を外す。
魔力が流れ刀身が光り始めた。
「その剣か……」
ブライトは目を細めて警戒を強める。
くくく、この剣がどんなものか分からなくて怖いだろう?
さぁ存分に意識を割いて警戒しろ。それこそが俺の狙うところ。
俺は地面を蹴って距離を縮める。
攻撃を躱した奴は後方に跳躍しながら次々に矢を放つ。
剣で全てをたたき落とし再び迫った。
ガキィィン。弓と剣が交差する。
さすがに着地と同時に攻撃されれば逃げ切れない。
このまま反撃をさせずに押し出してやる。
「うぉおおおおおおおっ!」
繰り出す剣撃をブライトは下がりつつ弓で防ぐ。
じわじわと場外に近づき心の中でしめしめと笑みを浮かべる。
奴は相手を倒すことばかりに目が行っていて、場外でも負けになることを忘れている。
ようは試合で勝てばいいのだ。決して殺し合いをしているわけじゃない。
とうとうブライトの足が舞台の縁にかかる。
そこで俺は打ち込みと同時にスタンフラッシュを放った。
「うぐっ!? これは!?」
「もらった!」
目元を押さえた奴におもいっきり剣を振り下ろす。
これで俺の勝利。あばよブライト。
「ひっかかったな」
――ニヤッとした奴が攻撃をするりと躱す。
俺は勢い余って縁から落ちそうになった。
ひぃいいいい、やばいやばい! 落ちる!!
咄嗟にグローブの力で身体を舞台側へと引っ張り事なきを得た。
「ふぅぅ、危なかった」
「存外しぶとい。だがそうこなくては」
余裕の笑みでこちらを見ているブライトは拍手をしていた。
すげぇ馬鹿にされていることは分かるが、恐ろしく美形なので不思議とあまりムカつかない。こんな時にあれだが俺もエルフに生まれたかった。
「忠告しておく。エルフという種族は空間把握能力に非常に優れており、常に自身の位置を正確に認識しているのだ。このような障害もない場所ではうっかり場外などあり得ない」
「勝ちたければ倒すしかないってことか」
「その通り」
仕切り直しって感じだな。
せっかく距離を詰めたのに、引き離されて初めからだ。
むしろ遊ばれている感覚すらある。
「近づけさせない。瞬矢」
見えない速度で俺の太ももを矢が貫通する。
次に肩。脇腹と肉をえぐった。
「あぐぅうううっ!?」
激しい痛みに俺は床に片膝を突いた。
これが奴の本気の矢。
ポタポタと血が滴り血だまりができて行く。
「降参することを勧める。これ以上追い詰めると鎧を刺激してしまうからな」
いでぇぇぇ、いでぇぇよ! なにをいってんのかわかんねぇよ!
くそっ、痛すぎて思考がまとまらねぇ!
俺はグローブの中にあらかじめ仕込んでいた痛み止めをこっそり飲み込む。
ちらりと審判を見たが、不正を指摘する様子はない。
すぐに痛みが収まり始め、俺はふらつく足でなんとか立ち上がって見せた。
「まだやるつもりか」
「男には退けない時があるんだよ」
「ふっ、なかなか痺れる台詞だな」
この戦いにエレインとの初夜がかかっている。
堂々と優勝者になってエレインといちゃいちゃするんだい。
本音を言えば国王奪還なんておまけだ。
「お前は童貞か?」
「ん? いや、違うが……」
「だったら童貞の気持ちが分からないだろ」
「まぁ……それはそうだが……戦いに何の関係が?」
「この戦いはな! 俺の聖戦なんだよ!!」
たぎる童貞力が俺を強化する。
嫉妬が豪火となりリア充への憎しみが心を奮い立たせた。
痛みなんぞねじ伏せてくれる。牛丼屋の窓からひとりぼっちでカップルを眺めるあの苦しい日々、一人で自家発電に勤しむあの惨めな日々が俺にどこまで力を与えてくれる。
こここそが俺の人生でもっとも踏ん張るところだ。
吹き出す血も気にせず俺は駆けだした。
放たれる矢もゲームで鍛えた動体視力と予測力で回避し続ける。
リア充を倒す鬼となれ。この先に超美少女とのイチャラブが待っている。
「なんだ! なぜ急に力を増した!?」
「お前には一生分からねぇよ!」
盾にした弓ごとブライトを弾き飛ばす。
間髪入れず無拍子で追随して攻撃を加えた。
「ぐっ!!」
再び弾き飛ばされた奴は、空中で身体をひねって三本の矢を放った。
俺は避けずに盾で頭部だけを守る。
一本は弾かれ二本は腹と脚に刺さった。
「無拍子!」
そこからさらに剣撃を撃ち込む。
床に足を付けた奴は弓で受け止め踏ん張った。
「貴様の何に火を付けたというのだ……」
「お前と俺とではヤル気が違う! そのことに気がつけなかったことこそがお前の最大のミスだ!」
「なるほど……勝者になる為の意気込みが違っていたと。納得した」
ここにきてようやく冷や汗を流すブライト。
いける、このまま押せば勝てるぞ。
「――しかし、私には一歩及ばない」
力を込める剣を受け流し、がら空きの脇腹へ強烈な蹴りが入った。
よろけて後ろへ下がる俺に、奴は弓を投げ捨てて連撃を繰り出す。
どさっ、俺は剣を手放して大の字で倒れた。
「私は元々格闘戦を得意としていてな。実のところ弓はそこまで好きではないのだ」
「はは、また騙されたってことか」
「そう悲観するな。人生とは負けることも時には大切」
「負けてばっかりの俺には響かない言葉だな。でも良かったのか、盾でもある弓を投げ捨てて」
俺はニヤッと笑ってやる。
次の瞬間、ブライトは肩を押さえて片膝を突いた。
「うぐっ!? これは!?」
肩から滴る血を見て奴は振り返る。
そこには剣を持った風の精霊がいた。
「ふははははっ! 俺がいたことをすっかり忘れていたようだな! だが、それこそが主が立てた秘策!」
「迂闊だったか……途中から姿を見せないので、何かを狙っているとは思っていたが……こう言うことだったのか」
ブライトは立ち上がろうとするも、それは叶わず再び床に片膝を突く。
額を押さえ床に手を突いた。
立ち上がった俺はニンマリする。
「効くだろ? あの剣には混乱作用の能力が付与してあるんだ」
「くそっ、ならばこちらも!」
呪文を唱えて俺に放つ。
だがそれらしい効果はなかった。
「やはりこの程度の状態異常の魔法では効かないか! 忌々しい鎧め!」
「え? ああ、こいつが防いでくれたのか」
たまには役に立つこともあるんだなこの鎧。
大食らいで食費ばかり浪費する防具だと思っていた。
「主!」
「おう!」
精霊が放り投げた剣を念動グローブで引き寄せて掴む。
奴は床を這いずり弓を手にしていた。
「まだ……負けたわけではない」
「いや、あんたの負けだよ」
震える手で矢を弓につがえ放つ。
だが、俺は剣でそれを弾き返した。
弾かれた矢はまっすぐブライトの太ももに突き刺さる。
「ぐぁああああっ!? なぜ矢が!?」
「言い忘れてたけど、実はこの剣にはカウンター機能が付いててさ、魔法でも矢でもはじき返せるんだよ」
奴は驚愕に目を見開いた。
どうしてそれを今まで使わなかったのかって聞きたいんだろ。
そもそも今回の作戦は俺がブライトに追い詰められることが前提だった。
奴が最大の隙を見せたところで剣を手放し精霊に斬らせる。その為にはカウンターは隠しておく必要があった。
だってさ、反撃されると分かるとそれすらも避けられてしまうだろ。
ただでさえ追い詰めるのに苦労しそうな相手なのに、早々に手札を全て見せるのは危険すぎた。むしろそれで油断してくれれば万々歳だったのだ。
ちらりと審判を見るが、未だ判定を下すことに迷いを抱いているようだった。
しきりに特別席を見ては宰相の顔色を窺っている。
それもそうか、ブライトはスタークを優勝者にさせる最大の駒だ。
ここで彼が敗退すれば、あとはスタークの運と実力次第となってしまう。
宰相は審判に頷く。
それはすなわち判定を下せという合図だ。
「勝者はブライトせん――」
それを言わせる前に俺はブライトの頭を剣でぶったたいた。
がくっと気絶したブライトは白目をむく。
審判は勝利を宣言できずに「しゅぅうううう、ではなくぅうう勝者は西村義彦選手だ!」と咄嗟の判断で軌道修正をする。
さすがに気絶した相手を勝者にするのは無理があったらしい。
つーか、これでブライトに勝利判定を下せば、宰相の信用が暴落する。王国民の信頼を得たい奴からすれば元も子もない話だ。
観客から一斉にブーイングを投げつけられる。
ははは、そっかそっかそんなに俺が勝ったのが嬉しいのか。
サンキューサンキュー。次も素晴らしい勝利を見せてやるからな。
俺はヤジを飛ばす観客席に笑顔で手を振ってやった。
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