五十話 本戦4

 Aグループ第二試合の日がやってきた。

 対するは俺とウルフレイン。


「どっちが勝ってもきっちり恨みっこなしだ」

「分かってるよ」


 彼は斧を抜いて悠然と構える。

 自作の武器なのだろうか、刀身の部分には狼が彫り込まれていた。

 鍛冶師としての腕前も良さそうだ。


 俺はスタンブレイドを抜いて見せる。

 まだここでは固有能力を見せるつもりないので、いつものように包帯を巻いたままだ。

 それが逆に彼の警戒心を煽ったようだった。


「魔剣か! 相手に不足なし!」

「なんでみんな魔剣だと思うかな……別にいいけどさ」


 会場では観客の他にリリアやエレインも見ている。

 それにスタークとブライトも。ここで手札を見せるのは好ましくないな。

 ウルフレインには悪いがさくっと終わらせてもらう。


「始め!」


 試合開始と同時に俺は後方に下がり、向こうは前方へと飛び出した。


 見た目通り猪突猛進型かよ。

 ある意味期待を裏切らない奴だ。


 ズガンッ!


 斧が舞台に深く切り込みを入れる。

 さすが十五万ものステータスを有しているだけのことはある。

 あのデカい斧を軽々と扱っている。


「どうしたぁ! かかってこいよ!」


 奴が俺を挑発する。

 とりあえず変な特殊能力もなさそうなので正面からぶつかってみるか。

 ステータス差があるとは言え油断は出来ない。


 斧と剣が勢いよくぶつかる。

 甲高い金属音が会場に響き渡り、至近距離でこすれ合う。


「あんたすげぇパワァだな! ビンビン腕から感じるぜ!」

「だったらどれだけ差があるのかも分かってるんじゃないのか?」

「だからこそ面白いんじゃねぇか! 強敵に俺の肉体と技術と武器がどこまで食い下がれるか気になるだろ!」


 思考回路がリリアとそっくりだな。

 ただ、楽しそうな彼を見ているとこっちもワクワクしてしまう。

 たまにはこういうのもいいのかもな。戦いを楽しむ感覚を味わうのも。


 俺とウルフレインは地面を蹴る度に刃を交え火花を散らした。


 彼は面白いことに戦いの中で急成長を遂げていた。

 俺の動きを記憶し、それに合わせて戦闘スタイルも変化させていく。

 最初は一撃必殺の大振りだった攻撃が、手数の多い高速連撃型へと姿を変えていた。


「見ろよ、観客共が呆然としてやがる!」

「……どうしてあんなに驚いているんだ?」

「分かんねぇのかよ! 俺達は今あいつらの目には見えない速度で戦ってんだ!」


 ああ、この速度になると見えなくなるのか。

 誰もいない舞台から音だけが聞こえるなんてシュールだな。


「そろそろ終わりにしようか」

「決着か! いいぜ! 望むところだ!」


 剣と斧を大きく振りかぶって交差させる。

 なんとなく最後はこうするべきだと考えていた。


 ガァオオオオオン。


 床に切断された斧の刀身が落ちた。

 勝ったのは俺の剣。

 ガクッと両膝をおったウルフレインは、かつてないほどの笑顔を浮かべる。


「あんた強いな。武器も腕も」

「いい戦いだったよ」


 剣を鞘に収め、審判がすかさず手を上げた。


「勝者、西村義彦!」


 観客からパラパラと拍手が起きる。ようやく俺を認めてくれた人がいたようだ。

 だが、まだ不満を持つ人間の方が大半らしい。別に良いけどな。


 ウルフレインに手を貸して立たせると、俺達は手を振って舞台を降りた。



 ◇



 Bグループ第二試合。

 リリアとブライトの戦い。


 審判による開始の合図が告げられ、ほぼ同時にブライトは後方へ、リリアは距離をとらせない戦法で一気に詰め寄る。


「ふふ、これは苦戦しそうだな」

「すぐにぶっ飛ばしてやるよっ!」


 背中から素早く矢を抜き取り放つ。

 一連の動作がほぼ一瞬だ。

 リリアは危険を察知してバク転で次々に突き刺さる矢を躱す。



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:234731→424731

 防:228076→418076

 速:223091→413091

 魔:408888→598888

 耐性:409991→599991

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv28・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv20・大正拳Lv11・分身撃Lv6

 称号:賢者の証



 今のリリアなら善戦はできるハズだ。

 あいにく相性が悪いので勝つには厳しいかもしれないが。


 ガントレットからワイヤーを射出、ブライトの足下に突き刺さると巻き上げを開始する。

 彼女は滑るようにして蛇行しながら近づく。


 バズンッ。


 衝撃音が発生。ようやくリリアのパンチが奴を捉える。

 腕を交差させて防御したブライトは、一メートルほど床を滑って踏みとどまった。

 リリアは矢をつがえようとする奴に間髪入れず攻撃を加える。


「攻撃力判断力共に優れている。君は優秀な戦士に育ちそうだな」

「もうなってるんだよ! アタシは最強の拳闘士になるんだ!」

「だったらもっと世界を見ないとな」


 片手で彼女の連撃を捌きつつ後ろへ下がる。

 それはまるで子供と戯れているかのようだった。

 まるで歯が立っていない。それほどステータスの開きがないにもかかわらず。


「なんでっ! なんでアタシの攻撃が!」

「ステータスとスキルに頼りすぎだ。真の戦闘技術とは経験と思考と錬磨によって成り立つもの。未だ枠の中にいる者にこの私が負けるはずがない」

「枠!? 何のことを言ってる!?」

「スキルという枠の中で満足しているお前は未熟だと教えている」


 リリアの攻撃の内側へ身体を滑り込ませ、至近距離で魔法を放つ。


「エアーボム」

「っっ!?」


 腹部に手を添えた状態で圧縮された空気が破裂する。

 リリアは吹き飛ばされ舞台を転がった。


「……っつう、無詠唱発動なんて」

「通常、詠唱を省略すれば威力はその分大幅に落ちる。だが発動時間の短縮はそれを補うほどのメリットも存在するのだ。たとえば格闘戦への使用などがそう」

「魔闘士……」

「そうだ、君ならより強い魔闘士に――くそっ、私は何をやっているんだ。やはりまだ感情や知識がありすぎる生き物は操作に弊害が出るか」

「??」


 突然、攻撃の手を止めたブライトは額を押さえた。

 この場にいる全員が彼の異変に気がつく。


「おーっと、どうしたブライト選手! 体調不良か!? それともリリア選手の攻撃が実は効いていたか!??」

「ふうぅ、なんでもない。少し目眩がしただけだ」


 彼は再び弓に矢をつがえた。

 周囲の風が矢に巻き付き吹き荒れる。

 あれこそが魔弓術なのだろう。


 危険を察したリリアは杖を抜いて魔法を行使しようとするが、それよりも早く矢は放たれリリアの目の前の床に突き刺さる。

 直後に発生した衝撃波によって彼女は場外へと飛ばされた。


「審判」

「あ、はい! 勝者ブライト選手!」


 盛大な歓声が彼に贈られ会場は盛り上がる。

 立ち上がったリリアは落ち込んだ表情だった。



 ◇



「負けた……完敗だ」


 控え室でしょんぼりとするリリアは痛ましくて見ていられない。

 負けたばかりか指導までされたのだ。

 あれでプライドがへし折られない方が異常だ。


 部屋の隅で体育座りをする彼女に、あの女幽霊が近づいた。


「これから……頑張ればいい……」

「うん」


 幽霊にまで同情されてんのか。

 顔を伏せているリリアは誰に励まされているのか分かっていない様子だ。


「でもさ、魔闘士になる道が開けたんだから今回は勉強になったってことだろ。だから落ち込むなって」

「……ぎゅっとして」

「え?」

「ぎゅっとして欲しい」

「お、おお……」


 慰めになるかはわからないが、それくらいはしてやろう。

 リリアの身体を抱きしめてやる。

 つーか本当に落ち込んでいるんだ。こんなことを言い出すのは初めてだ。

 たぶんだけどヘブリスも落ち込んだリリアを、こうやって抱きしめてやっていたんだろうな。ずっとこうなら可愛いのだが。


「よし、元気出た! ありがとう義彦!」

「もういいのか」

「うん、それよりもピト達の試合を見に行こう!」


 笑顔でリリアは控え室を出て行った。

 そうか、そう言えばピトとケントの戦いがあったな。


 遅れて俺も部屋を出る。





 カン、キィン、 キィィン。


 剣と槍が交わり、ピトと仮面を付けたケントが激しく戦っていた。

 ステータスでは圧倒的にケント――ハンニャが上ではあるが、それを闘志と技術でカバーして対等に立ち向かう。


 元々ピトは剣術スキルは高めだった。

 単純に身体がそれについて行けてなかったのだ。


 それを俺はステータス超UPの薬で改善した。


 仲間以外の人間に薬を与えるのは正直良いこととは思えない、ただ彼にはずいぶんと世話になっていたこともあって、今回は特別に融通することにしたのである。もちろん薬代はちゃんともらっている。

 それとこれとでは話が別だ。


 そんなわけで今の彼は二十万ほどのステータスを誇っている。


 対するハンニャは怨鬼槍でステータスを上昇させ、三十万近くまで強化されていた。

 恐るべきは彼のスタークへの復讐心と槍の力だ。俺も試しに槍を持ってみたのだが、その時は一万しか強化されなかった。どれほど憎めばそれほどまでの数字になるのか想像もできない。

 一つ言えることは、ケントは俺を倒してでもスタークと戦う意思が堅いということ。


「僕はクリスティーナ様を娶るんだ!」

「ずっと昔から憧れていたもんな」

「そうだ! 僕はあの方に憧れ、恋い焦がれていた! だからこのチャンスを絶対に逃したくはない!」

「……ガキだな」


 ハンニャの槍がピトの剣を跳ね上げる。

 そこから身体を反転させ、石突きで鳩尾を突き込んだ。


「うぐっ!?」

「俺はその純粋で青臭いところが好きだった。時々分からず屋で頑固なところもな」


 ピトが床を転がる。

 大の字で倒れる彼の喉元に槍の矛先が突きつけられた。


「王女は義彦に惚れている。もう気が付いているんだろ」

「……僕は」

「お前は中途半端なんだよ。本当は事情も行き先も知ってたんだろ。それなのに彼女を追いかけもしなかった。勇気を出していれば、彼女の心の中にいたのは義彦じゃなく、お前だったかもしれないんだぞ」

「…………」


 ピトは唇をかみしめ顔を逸らす。


「お前は優しい。でも強さが足りないんだ。だから親友として最後にアドバイスした」

「やっぱり君は死ぬつもりなんだね」

「その覚悟はすでにできている。スタークを殺し、俺は処刑台でシーラに見守られながらこの命を終わらせるつもりだ。だからもし彼女に何かあったら頼んだぞ」

「断る。自分でどうにかしろ」


 矛先を握ったピトは血が出るのもお構いなしに強く握った。

 その怒りの表情にハンニャは驚いた様子だった。


「ふっ、なんだよ。お前そんな顔できるだな」

「親友だからね」


 カランとピトは剣を投げ捨てた。

 負けを認めたのだ。


「スタークを殺した後は僕に任せて。君を地の果てにでも逃すよ」

「期待しないでおくさ」


 審判がハンニャの勝利を宣言した。


 ハンニャの手を取って立ち上がったピトは彼を抱擁する。

 頬を伝う涙が別れへの覚悟を示していた。


「君はああ言ったけど、まだクリスティーナ様は諦めないよ。だってまだ結果は分からないじゃないか」

「やっぱり頑固だな」


 こうして俺とハンニャは準々決勝へと歩みを進めた。


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