五十三話 決勝戦

 とうとう決勝戦がやってきた。

 対戦相手は言わずと知れたスターク。


 奴はこれまでシード権を行使して一度たりとも戦っていない。

 故に観客は彼の真の実力を知らないし、どれほど強いのだろうかと期待すらしていた。

 それも当然、公爵の子息にして聖騎士と散々触れ回っていたのだから。


 俺は会場に到着するまでに幾度となく、スタークが歴史上有数の傑物であり俺以上の強者だと人々が会話しているのを耳にした。


 そして、試合の時間となって俺は舞台に立つ。


 相も変わらず向けられるブーイングの嵐。

 西村義彦をぶっ倒せとコールがかかる。


「さぁようやく本大会決勝戦です! どちらも激戦を勝ち抜いた猛者! 結果は分かっていてもやはりこの一戦、見る価値がある!」


 進行役兼審判のカビラが調子の良いことを言っている。

 なにが激戦を勝ち抜いた猛者だ。俺はともかくスタークは一度も戦ってないだろうが。

 つってもこの戦いは今まで以上に圧倒的に勝たないといけない。


 ただでさえ向こうに有利な判定が下されるのだ。

 下手に手こずればスタークがぶっ倒れていようがすぐにでも向こうの勝ちとなる。

 疑いを挟む余地がないほど徹底的に叩かなければ。


「どうした僕にビビって逃げたくなったか?」

「んなわけねぇだろ」


 やけに余裕な態度なのが気になる。

 こっちのステータスを知らないのだろうか。


 いや、もしかしたら確実に勝てるような卑怯な手を思いついたのかも。

 昨夜も十人ばかり侵入者があったしな。

 始末したロナウドはスタークの差し向けた暗殺者だと言っていたが、事実見た顔が混じっててその線は濃厚だった。

 今の奴は勝つためならなんだってする。それこそ対戦相手を暗殺するくらいに。


 最大限警戒しなければ。


「それでは両者構えて! 始め!」


 試合が開始され、互いに距離をとる為に下がった。

 出方を窺いつつ鑑定スキルで周囲を観察する。

 違和感があるものは今のうちに全て見つけておくべきだ。


 ……ないな。特に怪しい人も物もない。


 それともあいつの装備が変ったのか?

 鑑定で見てみるが特殊な能力はなかった。

 ステータスも以前と同じで五万クラスのままだし。


 罠はない? じゃあこのまま真っ向から叩いても良いのか?


「来ないならこっちから行くぞ! 聖騎士たる我が力を見よ!」


 まっすぐこちらに向かってくるスタークに、観客は待ってましたとばかりに歓声をあげる。

 ようやく彼の真の実力が分かるのだ。人々は期待に胸を躍らせているようだった。


「ふっ、でやぁ、せいっ!」

「…………」


 寸前で奴の攻撃を躱し続ける。 


 やばっ、めちゃくちゃ遅く見える。

 ブライトが短距離走の走者ならこいつはよぼよぼの老人。

 これこそが罠であると疑いたくなるくらいだ。


 すれ違い様に足で足を引っかけてスタークを転ばす。

 それだけで観客の半分はざわついた。


「ふ、ふん! 遊びは終わりだ! 今から本気を出してやる!」

「分かった。こい」


 とろとろとした動きで走りながら切り上げようとする。

 俺は剣を剣で軽く弾き、腹部に蹴りを入れた。


 蹴り飛ばされたスタークは舞台をバウンドしてから転がった。


 会場は開始直後の声援が嘘のように静まりかえる。

 耳に届くのは「あれ……スターク様ってもしかして弱い?」と囁く声。


「運良く攻撃が入ったようだな! 調子に乗るなよ!」


 再び斬りかかってくる奴に、俺は素早く背後に回って脇腹へと回し蹴りを喰らわせる。

 しかも先ほどより強めだ。吹っ飛んだ奴は舞台を出て壁にぶち当たった。


 普通はここで試合終了、スタークの場外負けだ。

 だが審判は判定を下さず露骨によそ見をしている。


 それを見た人々はざわつきを大きくした。


 察しの良い奴は、この大会は不正だらけだと最初から気が付いていた。

 大部分は公正な判定が下されると純粋に信じていた者なのだ。

 それがたった今、目の前に証拠が突きつけられた。


「なんだよこりゃあ! おい、審判場外だぞ!」


 中年男性が叫んだ。

 それを皮切りに誰もが怒りを露わにする。


 審判は聞こえないふりをしてよそ見を続けていた。


 舞台上に戻ってきたスタークは再び斬りかかってくる。

 俺は剣を持つ手を下から弾いて、後ろ回し蹴りで場外へと弾き飛ばした。

 奴の手放した剣は空中でくるくると回って審判の目の前に落ちる。


「また場外だぞ! ちゃんと見ろ審判!」

「気づいてるんでしょ! 公正な判定をしなさいよ!」

「ふざかるな! なんだよこの試合!」


 ヤジが飛んで審判は青ざめた顔でだらだらと汗を流していた。

 目の前に武器が落ちても無視しなければならないとは、立場上仕方がないとはいえなかなか苦しい状況だな。


「よしひこー! めっためったのボロボロにしてしまえー!」


 観客席にいるリリアの叫びが聞こえた。


「きっちり痛めつけてやれ! 遠慮なんてするな!」


 ウルフレインの声が聞こえた。


「俺の分までそいつをぶちのしてくれ!」

「僕らの怒りを思い知らせて!」


 ケントとピトが叫ぶ。


『義彦、必ず勝ってください! 私は貴方が救いに来てくれるのを待っています! だって私は貴方のお嫁さんじゃないですか!』


 会場に響くエレインの声。

 特別席にあるマイクで発言したようだが、その内容に観客はかつてないほど動揺が広がる。姫君が俺に好意を寄せていることもそうだが、なにより俺のお嫁さんというワードに反応していた。

 そりゃあそうだ。大会の根本を覆してしまったのだから。


 特別席ではマイクからエレインが引き離されていた。


「よっしひこ! よっしひこ!」


 どこからか義彦コールが始まった。

 瞬く間に会場全体に拡大し空気を震わせる。


 舞台上に戻ったスタークは、ぐるりと周りを見渡し目を見開いていた。


「ぐ、ぐぐぐ……よくもここまで虚仮にしてくれたな」

「自業自得だろ。つってもこんなにも綺麗に手の平返されると、さすがに俺もちょっと引くけどな」


 念動力でスタークの身体を引き寄せ腹部に拳をめり込ませる。

 衝撃で飛んで行く前に念動力で捕まえてまた殴る。

 でっかいヨーヨーだ。楽しい。


 十発くらい殴ったところで、真上に蹴り飛ばす。

 落下してきたところをサッカー選手のごとくスタークを場外へ蹴り飛ばした。

 壁に背中から叩きつけられ血反吐を吐く。

 俺は舞台から念動力で奴を強制的に引き戻し、審判の前に転がした。


「……きょ、今日は良い天気だなぁ~」


 空を見上げる審判。

 まだ判定を下すつもりはないらしい。

 特別席にいる公爵は憤怒の顔で震えていた。


「僕に……僕に負けはない……残念だったな」


 剣を拾って立ち上がるスタークは、生まれたての子鹿のようだった。

 足はガクガク震えていて剣を杖代わりにしないとすぐにでも倒れそうだ。


 まぁ、確かにそうだよな。あいつの言う通りだ。

 いくらボコボコにしたって審判が判定を下さなければ負けはないし、かといって殺してしまうと俺の負けだ。

 でも俺は爽やかな笑顔で応じる。


「大丈夫、心配するな。俺は一週間でも一ヶ月でも続けるつもりで来ているからさ。ずっとずっとボコボコにしてやるから」

「ひぃ!」


 俺ってさ、割と弱い者いじめ好きなんだよ。

 相手がクソみたいな奴ほど興奮する。

 むしろそれをする為に最強を目指している節すらある。


 無拍子で間合いを詰めて剣を横に一閃する。

 スタークの剣は根元から切断されて刀身が床に落ちた。

 これでもう武器すらない。


 ずっと俺のターンだった。


 出血死を避ける為、切り傷は作らず打撃のみでたたき伏せる。

 一時間が経っても二時間が経っても審判はよそ見をしたままで、時折目を閉じて耳を塞いでいた。


 観客は次第に審判と主催者に怒りをぶつけ始め、会場の外からも怒声が聞こえるまでに事態は発展する。宰相である公爵は特別席のあるスペースでうろうろと歩き、苦悩に満ちた顔でぶつぶつとつぶやき続けていた。


「ぎっ、ぐぬぅ、これ以上演技を続けることは……もはや無理か……」

「まだそんなこと言ってるのか」


 床を這いずってこちらに向かってくるスタークは文字通りボロボロだ。

 まだやる気があるのが驚きというか、そのしぶとさだけは感心する。


「スターク様!」


 観客席から奴の仲間である聖職の少女が叫ぶ。

 あれは確かケントが奪われたって言うシーラって子だったか。


 シーラの指し示す特別席では異変が起きていた。


 ロナウドがナイフを公爵の首筋に当てて多数の騎士を牽制し、もう一方でエレインが椅子に拘束されていた国王を開放していた。

 観客達も異変に気が付き一部始終をじっと見ている。


 エレインが懐から取り出した小瓶の蓋を取り、国王の口にあてがう。

 液体を飲み込んだ彼の眼は光が戻り始めた。

 そして、短く言葉を交した彼と彼女は抱き合った。


 計画は成功だ。俺は安堵する。


「そうか、貴様は囮だったのか……してやられたと言うべきか」


 ふらりと立ち上がったスタークは眼を赤く輝かせる。

 身体から黒い靄が噴出し、ただならぬ気配を漂わせた。


「な、なんだ!?」


 観客の叫びに目を向ければ、シーラとブライトの身体からも黒い靄が噴出していた、それらはスタークに集まり彼を完全に覆い隠してしまう。

 俺はまさかと後ずさりしてしまった。


「我は負の根源より生まれし者。かつて人は我を『混沌の王』と呼んだ」


 スタークの身体は闇によってみるみる膨れ上がる。

 不定形だった靄は凝縮して形を成し、十メートルにもなる巨大な人型となった。

 強靱な腕と脚に盛り上がった筋肉、スタークはのっぺりとした顔に飲み込まれ、巨大な奴の顔が浮かび上がる。

 右手には馬鹿でかい曲刀が出現し、会場全体に重い空気がのしかかった。



 【ステータス】

 名前:ス■ー■・■ェス■■■

 年齢:18

 性別:男

 種族:■■■マ■

 力:55806(855806)

 防:30603(830603)

 速:53777(853777)

 魔:999(80999)

 耐性:18761(818761)

 ジョブ:狂戦士

 スキル:剣術Lv20・槍術Lv7・弓術Lv15・馬術Lv10・カリスマ・Lv4・閃風斬Lv6・闇の息Lv10・闇の眷属Lv5

 称号:■■■の■■主



 八十万んんっ!? 嘘だろ!??

 ばかじゃねぇのか!


「恐怖と絶望で世界で満たせ! 畏怖せよ! 跪け! 懇願せよ! 我はこの世界の真の支配者であり絶対なる統治者である! 全てを我に差し出せ!」


 咆哮のような叫びに会場は一瞬にして混乱状態となった。

 観客は恐怖に駆られて出口へと殺到する。


 やばい、目眩がしそうだ。今すぐにでもここから逃げ出したい。

 でもそんなことをしたらエレインに嫌われるだろうなぁ。

 せめて皆が避難するくらいの時間は稼がないと上がった好感度が爆下がりだ。


『我が民よ、落ち着いて避難するのだ。それまで兵士達が時間を稼ぐ。それと大会の参加者よ、余は貴公達にも協力を願う。民をどうか守って欲しい』


 正気を取り戻した国王はマイクで観客に呼びかける。

 威厳のある声は人々足を止めさせ冷静にした。


 会場にいる全ての兵士と騎士は国王に一礼し、すぐさま行動に移る。

 軍部主導の避難が開始された。


「雑魚に用はない。ここで始末するべきは貴様とその鎧だ」

「お前しゃべれたんだな。それなりに知能はあると思ってたけど」

「我は取り憑く肉体にその能力が左右される。こうして言葉を交わせるのも人にようやく取り憑けたからだ」


 なるほどねぇ、ようするに今までは取り憑きたくても取り憑けなかったと。

 誰でも支配できる訳じゃないみたいだな。ちょっと安心した。


「スターク様! スターク様!」

「シーラ殿、ここは危ない! すぐに退避をしなければ!」


 観客席ではシーラとブライトが残っていた。

 黒い靄から開放されたとみるべきなのだろうが、まだこちら側とは言いがたい。

 それよりもシーラって女の子、ケントのことはもうどうでも良いのだろうか。見た感じすっかりスタークのものになってる雰囲気だが。


「義彦!」

「義彦殿!」


 エレインとロナウドが合流する。

 観客席からはリリアが飛んできて仲間が全員揃った。


「王様は?」

「お父様は近衛騎士が避難させていますっ!」


 エレインはぐっと拳を握って嬉しそうだ。

 いやいや、俺が聞きたかったのはついていかなくて良かったのかってことなのだが。

 当たり前にこっちに来たが大丈夫なのだろうか。


「うへへっ、戦い甲斐のありそうなのがでてきたな! 試合に負けてからめちゃくちゃ暇で仕方なかったんだ!」

「そうですね(棒読み)」


 リリアはいつも通りっと。


「申し訳ないでござる。混乱の最中公爵を取り逃がしてしまったでござるよ」

「気にするな。王様の方でなんとかしてくれるだろ」


 俺は何かがいないことに気が付く。


「ピーちゃんは?」

「私のお部屋で寝ています」


 じゃあしょうがないか。猫だし。


 ケント達も合流して俺達は武器を構えた。

 未だに動きを見せない怪物は、スタークの顔でなぜか笑みを浮かべていた。


「それだけでいいのか? もっと呼んでもいいのだぞ?」

「ずいぶん余裕だな。それでやられたら悶えるほど恥ずかしいってこと分かってんのか」

「……始めるか」


 気が変るの早いな、おい。

 もしかして負けるかもとか思ってたりするのか。


「行くぞ!」

「はい!」「おうっ!」「ござる!」


 こうしてスタークとの第二戦が始まった。


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