四十七話 本戦1
第二予選は午前中にあっさりと終わった。
前回同様バトルロイヤル形式で行われたのだが、参加者が主催者側の想定よりも強かったことが原因だ。
そのせいでスタークを守るはずの騎士達は一人を残して脱落。
スタークもあのエルフに守られていなければ脱落していたことだろう。
これで本戦出場者の十六名が選出された。
もちろん俺もリリアも無事に本戦への出場権を獲得。
現在は予定が早まった本戦への開催に準備を整えていた。
「余裕だったな。これで本格的にスタークを殺すことができる」
「僕とケントが揃って出場できるなんて夢みたいだよ!」
「そんなことはないだろ。ピトは腕はあるのに体力がなかっただけだからな」
「あはは、ケントは褒めるのが上手だよね」
ケントとピトがじゃれあっている。
俺はと言うと控え室に置かれているベンチで、天井を見上げながら何度も戦いをシミュレーションしていた。
大会で最も大きな障害はあのエルフだ。
弓を相手にどう勝利を掴むか悩む。
一度だけ奴が弓を使ったところを見たのだが、とてもではないが近づけさせてもらえる印象はなかった。目にも留まらぬ速さで矢を放つのだ。それも一度に三本も。
まともに戦えば至近距離に入るまでにこっちが射貫かれる。
「ロナウド上手くやってるのかなぁ」
「そうだな……」
リリアはピーちゃんを撫でながらそう言う。
俺は同意しつつ頭の中では戦いのことでいっぱいだった。
ガチャリ。
部屋のドアが開けられエレインがドレス姿でやってきた。
その姿に思わず見惚れてしまう。
元々可愛いと思ってたけど、ここまでだったなんてしらなかった。
心なしか眩しい気がして直視できなかった。
「義彦、私の装備は持ってきていますか」
「あるよ。すぐ付けるか?」
「はい。本戦から私も出場いたします」
鎧と武器を受け取った彼女は嬉しそうな顔をして退室した。
ピトは顔を赤くしたまま固まっている。
「大丈夫か?」
「はぁぁ、クリスティーナ様綺麗だったよね……」
「ピト……現実は厳しいが頑張れよ」
「え? 急にどうしたの?」
哀れみを含んだ表情でケントはピトの肩に腕を回した。
なんとなくだが俺が原因な気がする。
三十分ほどしてスタッフに本戦の準備が整ったと知らせを受けた。
◇
会場では熱気が渦巻いていた。
俺を含めた十六名が舞台で整列する。
「みなさまようやく本戦です! それでは各選手の紹介をさせていただきましょう!」
マイクを持った男性が陽気に大会を進行させる。
彼はそれぞれにマイクを向けて選手に直接自己紹介をさせた。
「僕はスターク・フェスタニア。聖騎士のジョブを有したフェスタニア公爵の息子だ。他の者はどうかは知らぬが、僕は愛するクリスティーナの為に出場している。必ずや全ての戦いに勝利し、彼女との永遠の愛を民の前で誓おう」
「なんと欲がなく高潔な御方だ! 間違いなく本大会の優勝候補間違いなし! 皆様彼に盛大な拍手を!」
司会者はあからさまにスタークを絶賛する。
どうでもいいけど早く進めてくれよ。こっちはチキン王子を見に来ているわけじゃないんだよ。つーか、あいつを見てるだけでこっちはイライラするしな。
数人の自己紹介が終わり例のエルフの番が来る。
「自分はブライト、俗に言う流浪のエルフだ。面倒なのでこれくらいでいいか」
「はい。では次の方」
ブライトは微笑みながらはっきりと俺を見た。
なるほど、向こうもライバル視してたってわけか。
だったらスターク共々たたき伏せてやる。
マイクが俺に向けられると、それを掴んで声を張り上げた。
「俺は西村義彦、スクリティーナ王女が最も愛する男だ! だから出場した! 必ずスタークをぶっ倒し、彼女と結婚して最高に思い出に残る初夜を手に入れる! 以上!」
マイクを司会者に返すと、会場から盛大なブーイングが向けられた。
当然だよな。ここは敵地なんだから。
だが、俺はあえて挑発した。国王を取り戻すためには目立つ必要があるからな。
それにスタークには鬱憤も溜まっていたんだ。
司会者はブーイングの嵐に慌てふためき鎮めようと喋り続ける。
「静まれ」
宰相の一喝で会場は静かになった。
彼は特別席から俺を見下ろしながら笑みを浮かべていた。
「良いではないか。これはクリスティーナ王女との婚姻を結ぶがための大会なのだ。多少話を盛っていても寛大な心で許してやろうではないか諸君」
盛大な拍手が起き、宰相である公爵は観客に右手を挙げて応えた。
俺を上手く使って株を上げたようだ。
まぁこのくらいは予想の範囲だし構わない。
次にリリアにマイクを向けられると、アホな言葉がスピーカーから聞こえてくる。
「アタシはここにいる全員と戦ってやるからな! そんでもって勝つんだ!」
「いえ、あの、試合はトーナメント方式でして……自己紹介はちゃんとお願いします……」
「全員と戦えないの!? 嘘だ!」
「あのですから自己紹介を……」
リリアがまったく自己紹介をしないので、司会者は手元のメモを読んで、彼女の名前と年齢と出場理由を軽く伝える。
今回は王女との結婚がメインとなっている為、女性の出場者は少ないらしい。
エレインを除くと女性では唯一の本戦参加者である。
次にピトが自己紹介を行い、その次にケントの番が来る。
彼は仮面を付けて身元を伏せているので現在は偽名を使っていた。
「俺はハンニャ、戦いを求めて来た。悪いが王女には興味はない」
「そうですか。頑張ってください」
次は両側頭部をそり上げた茶髪の男だ。
武器は斧らしく服も着ていない上半身に、直接革の胸当てなどを装備している。
引き締まった肉体と狼のような顔は肉食獣を想像させる。
「オレはウルフレイン、隣の男と同じで戦いを求めて来た。ベルザ鍛冶工房の三弟子の一人だ。あいにく他の二人は脱落したが、オレはきっちり残ってやったぜ。師匠、みてっか! オレはきっちり決勝まで行くからよ!」
会場に向けてウルフレインは手を振る。
ああ、あいつがベルザの弟子か。
結局会わないまま工房を出てきたので、顔を合わせたのはこれが初めてだ。
マイクを司会者に返すと、彼は俺を見てニタリとする。
向こうは俺のことを知っているようだ。あの表情がちょっと気になるがな。
そして、最後の十七人目の紹介となった。
黒い外套を羽織った人物。
勝ち抜いた十六人の他に突然現われた十七人目だ。
会場はそれが誰かも分からず息をのんでいた。
司会者は彼女にそっとマイクを渡す。
ばさっ。
外套を脱ぎ捨てたエレインが、くるりと回って会場へとその姿を見せる。
誰もが予想だにしなかった展開に呆気にとられている。
大会の賞品である王女が自ら大会に出場するのだ。驚かない方がどうかしている。
しかもこの場にいる誰もがスタークとの婚姻を彼女も望んでいると信じていた。
それが彼女の登場である意味否定されたのだ。
公爵は特別席で無表情のまま顔を怒りでピクピクさせていた。
「私はクリスティーナ・フィ・ベルナート! この国の第一王女です! 王国民である皆を驚かせてしまったことは充分に承知しています! ですが、私はただのうのうと与えられた相手と結婚をするつもりはありません! 私は私を手に入れる! それが私の出した結論です!」
一拍おいて、一斉に観客が歓声をあげた。
彼らにはサプライズに映ったのだろう。
実際、国民にとって王女が結婚しようがしまいがどうでもいいことだ。
なにより大会が盛り上がるのを一番にしている。
楽しければ最終的になんでもいい。それが観客の反応だ。
ただ、それを快く思わない人物もいる。
スタークはエレインを睨み付けて怒りに震えていた。
公の場で『貴方とは結婚したくないの』発言をされたも同然なのだ。奴にしてみれば大恥だ。なんせ自己紹介で意気揚々と永遠の愛とか言っちゃったしな。ぶふっ。
でもまぁそれもしょうがないか。
だってあいつ父親にエレインが出場することを知らされてなかったみたいだし。そもそもエレインが王国を抜け出したのも、大会に出場する為だったってことに気づいていない様子だったしな。
知らないのは実はあいつだけだったのさ。
エレインは気品のある新しい鎧で民衆に手を振った。
金と白とピンクを基調にした鎧は王女にふさわしい一品だ。
腰にある細剣は鎧に見劣りしない輝きを放っていた。
「本戦出場者が出そろいました! それではトーナメント表の発表です!」
巨大な掲示板から布が取り払われ、対戦相手が発表となった。
――俺はスタークの配下である騎士との対戦だ。
ステータスで言えば余裕だが油断は出来ない。
十二分に警戒しておこう。
一方リリアは拳闘士と自己紹介していた男との対戦である。
ステータスを見る限りこっちも苦戦することはなさそうだ。
エレインはあのエルフとの対戦である。
いきなり不安要素を潰しに来たか。
しかもあのエルフが順当に勝ち上がっていけば、俺やリリアとも早い内に当たるような配置になっている。
反対にスタークと言えば堂々とシード権を行使して、いきなり決勝進出を決めている。
ここまでやられるとむしろ感心するな。俺にもあれくらいの外道さが必要なのかもしれない。
ピトとケントはそれぞれ別の相手との対戦だ。
ただし、どちらも勝ち抜けば次の試合ではぶつかる配置になっている。
親友同士で戦うのはどうなのだろうな。あとあと仲が悪くならなければいいが。
そんな感じでトーナメントはできていた。
俺がスタークと当たるには決勝までいかなければならない。
だが、少なくともあのエルフが勝ち上がってくるのはほぼ確実だろう。
エルフを倒さない限り俺に優勝はない。
「本戦開始まで一時間の休憩を挟みたいと思います! それまで楽しみにしていてください! ではのちほど!」
司会者の挨拶で締めくくられ俺達は控え室へと誘導される。
別れ際、エレインは恥ずかしそうに小さく手を振ってから、王女専用の別室へと入っていった。
くそっ、なんて可愛いんだ! 不覚にもキュンとしてしまった!
絶対に優勝するからなエレイン! まっててくれ!
俺は決意を新たにして第一試合に闘志を燃やした。
◇
トーナメントはA・B・C・D・Eの五つにグループが分けられ、主催者側の思惑も含めながら観客が楽しめるように実力者が割り振られている。
ちなみにEグループだけはスターク一人の特別枠となっているので、実質この大会は四グループとの戦いとなる。
奴を勝たせるためなら何でもあり、今さら文句を言っても仕方がない。
俺達も分かってて参加したのだから、よほどのことがない限り文句を言うつもりもなかった。
グループAの第一試合一戦目。俺は舞台に上がって屈伸をする。
対戦相手である騎士が同様に舞台へと足を付けた。
中年の凄腕騎士と言ったところか。
ステータスはいずれも十万を超え、ジョブは『上級騎士』となっている。
以前の俺なら間違いなく手も足も出なかった相手だ。
「それではグループAの第一試合を始めたいと思います。進行役兼審判はおなじみのこの私、カビラが行いますので以後よろしく」
俺と騎士は軽快に語るカビラを無視して互いに剣を抜く。
面倒な前振りはもういい。早く終わらせてしまいたい。
同じ気持ちなのか騎士もその目に闘士をたぎらせている。
「両者待ちきれないようですね。それでは義彦選手とカマッセ選手の試合を始めます。武器を構えて――始め!」
カァン。鐘が鳴らされ試合が始まる。
俺も向こうもすぐには仕掛けない。
まずは出方を見るつもりだ。
試合会場でである舞台は円形で、直径はおよそ五十メートル。
かなり大きいが、弓や魔法などを使うことを考えると、これくらいはないと狭すぎる。
「頼む、負けてくれないか」
騎士が小さな声で俺に語りかける。
審判のカビラも聞こえているだろうが知らぬふりをしていた。
「なんでそんなことを言う」
「私の娘と妻が人質に取られている。もしこの試合で負ければ公爵様に殺されてしまうんだ。だから頼む。負けてくれ」
マジかよ。なんて奴らだ。
家族を人質に取るなんて外道のすることじゃないか。
「分かった……」
「そ、そうか! ありがとう!」
喜ぶ騎士の鳩尾に、無拍子で拳をめり込ませた。
「がはっ!?」
「俺さ、見ず知らずの相手に気を遣って負けてあげるほど、できた人間じゃないんだよ。しかも元ニートの前で勝ち組をアピールするなんて自殺行為だぜ」
「ニート……?」
がくっと騎士は床に倒れた。
ばかめ。ニートのどろどろした深い嫉妬を舐めるなよ。
娘と妻が人質? 知るか。俺には子供も妻もいねぇんだよ。
それどころか未だに童貞で……あああ、妬ましい。妬ましいぞ。
「義彦選手の勝利です!」
会場にブーイングが巻き起こる。
俺は観客に笑顔で手を振って舞台から降りた。
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