四十八話 本戦2
Aグループ第一試合二戦目。
ベルザの弟子ウルフレインとモンスターテイマーであるムーニーの戦いだ。
モンスターテイマーとは魔獣をスキルで従わせる珍しいジョブだ。
その方法は至って簡単、打ち負かすことで力を示し主従関係を結ぶだけだ。
有名な『○○が仲間になりたそうにこちらを見ている』というあのやり方である。
ただ、育成が下手だと主人よりも弱いままなので、見た目よりもかなり難易度の高いジョブと言える。
その代わりではあるが、強力な魔獣を育成できた者は、間違いなく大成できるとも言われている。
実際に上位冒険者の中には強力な魔獣を従えている者もいるのだとか。
俺もヤマタノオロチみたいな魔獣をテイムしたらきっと自慢するだろうな。
「ぐるるる」
ムーニーの従えている魔獣は真っ赤な毛が特徴の熊だった。
身の丈は三メートル以上、グリズリーを真っ赤なペンキで塗りたくったらああなるのだろうとなんとなく思う。
名前はレッドベア。ステータスは平均十万のモンスターだ。
「小熊からじっくり育てた俺様の相棒だ。その牙と爪に恐怖するがいい」
「いいのか?」
「?」
「そいつが死んでもいいのかって聞いてんだよ」
「ぶはははっ、何を言い出すかと思えば! せいぜい喰い殺されないように逃げ回るがいい! なんせコイツはずいぶんと腹を空かせているからな!」
ムーニーは試合開始と同時にレッドベアをけしかける。
ルール上、魔獣が相手を殺しても事故扱いとなる。逆もしかりだ。
よってレッドベアがウルフレインを殺しても失格とはならない。
ウルフレインはゆっくりと背負っていた斧を手に取り、迫り来るレッドベアに向かって悠然と構えた。
ぼとん、ぶしゅぅう。
熊の頭部が床にバウンドして首から鮮血が飛び散る。
ムーニーの目の前には血に濡れるウルフレインが立っていた。
「ひぃ、ひぃいいい!」
「まだきっちりやるか?」
尻餅をつくムーニーに無表情で見下ろす。
そこで審判がウルフレインに勝利判定を下した。
こうなるよな……だってあいつのステータス平均十五万だし。
ウルフレインは血にまみれた顔で場外にいる俺に笑みを向けた。
こわっ、なんであいつ俺ばかりに注目しているんだ。
次の対戦相手だからか? それともなんか別の理由が?
ひとまずAグループの初戦が終了したので、次はBグループの戦いに移る。
◇
控え室でリリアがそわそわしていた。
コイツが落ち着きないのって珍しいよな。いつもはリラックスしまくりで五月蠅いのに。
もしかして対戦相手が拳闘士だから緊張しているのか。
「アタシの技って拳闘士に通用するかな? どう思う?」
「さぁ、やってみないと分からないだろ。でもステータスで言えばリリアの方が圧倒的に上だと思うけど」
「そんなんじゃないんだよ! 拳闘士は魂なんだ! 相手よりも熱と技で上回らないと絶対に勝てない! 義彦に聞いたアタシがバカだった!」
頭をかきむしるリリアに呆れる。
なんだよ魂って。向こうはステータス平均七万だぞ。
今のお前ならパンチ一発でKOだよ。
拳闘士に幻想抱きすぎだろ。
コンコンとドアを誰かがノックする。
入ってきたのはウルフレインだった。
その手には四角い包みが抱えられ、顔にはあの気味の悪い笑顔が張り付いている。
「あんただろ義彦ってのは」
「そうだけど……何か用か?」
「これ」
すっと包みを差し出される。
恐る恐る受け取ると、ほんのり良い匂いがする。
……もしかして弁当??
「師匠があんた達にきっちり渡してやれって。いつ渡そうか悩んでたんだよ」
「もしかしてさっき俺を見てたのも」
「お前に弁当を渡しに行くからなって微笑んだんだよ」
微笑み? あの気味の悪い笑顔で??
俺はてっきり『次はお前がこうなるんだ』的な意味かと。
どんだけ笑顔下手なんだよ。めちゃくちゃビビったわ。
包みを解くと、中にはサンドイッチとオカズがみっちり敷き詰められた重箱が入っていた。
美味そうだ。しかもニンジンなんかがハートに切られていて可愛い。
ベルザさんって意外に女子力高めだよな。
「ありがとう。ベルザさんにお礼を言っておいてくれ」
「きっちり伝えておく。それと次の試合、知り合いでも手は抜かねぇからな」
「分かってる。俺も本気でやるよ」
ウルフレインはニタァと笑って部屋を出て行った。
あいつ……良い奴だな。
「リリア選手、お時間です」
「はいっ!」
スタッフの呼びかけにリリアは緊張した面持ちで反応した。
試合はほぼ一秒で終わった。
開始と同時にリリアがジャブ程度に顔面を殴りつけたのだが、相手の拳闘士は空中で何回転もして床に倒れて気絶したのだ。予想通り一発KOである。
――で、控え室に戻ってきたリリアは、涙目でサンドイッチを頬張っていた。
「アハヒほ、へはひはへんほうひは、はふはふはははっは!」
「何言ってんのか分かんねぇよ」
「ごくんっ、アタシが目指した拳闘士はあんなのじゃなかった! もっと強くて雄々しくて輝いてて立派で心がときめく人達だったんだよ!」
本物と戦って失望してしまったてか。
だからってやけ食いは感心しないな。俺の分が減るし。
しょうがない、ちょっと慰めてやるか。
「あいつは拳闘士でも下の方だろ? きっとまだまだ遙か上が沢山いるって。だから元気出せって。それに賢者でも拳闘士とまともにやり合えるって分かっただけでも、今回は大きな収穫だっただろ」
「……!」
「たかが下っ端拳闘士に失望なんてするな。お前はいつか最強の拳闘士になるんだから、ただ一心不乱に上を見て鍛え続ければいいんだよ」
「よしひこ!」
ガバッとリリアに抱きつかれる。
俺はすかさず背中に手を回して首の辺りの匂いを嗅いだ。
やっぱり女の子の汗の匂いは最高だな。
「義彦? なんで放してくれないんだ?」
「なんでだろー、俺もよくわかんないやー(棒読み)」
「いいから放れろって!」
「変なんだよー、身体がうごかないんだー(棒読み)」
顔などを押されて強引に剥がされてしまう。
ちっ、もう少し楽しみたかったのに。
「義彦、そろそろ王女の試合が始まるぞ」
「分かった今行く」
入室したケント――ハンニャに促されて俺とリリアは控え室を出た。
◇
Bグループ第一試合二戦目はエレインと例のエルフとの対戦。
すでに舞台ではブライトとエレインが相対している。
「さぁーて、とうとうやってまいりました本日の目玉勝負の一つ! クリスティーナ王女と流浪のエルフとの戦いです! どちらも実力は未知数、民としては王女様にお勝ちになっていただきたいところ! もちろん私は公平なジャッジをいたしますので、姫様であろうと贔屓はいたしません! では両者武器を構えてください!」
ブライトは目を細めてから弓を構えた。
敵とは言え相手を見る目は確かのようだ。
今のエレインは以前とはひと味違う。武器も防具もさらに強化され、ステータスも薬によってしっかり上昇していた。
【ステータス】
名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)
年齢:18
性別:女
種族:ヒューマン
力:286567→304567
防:289998→307998
速:292044→310044
魔:215553→233553
耐性:218690→236690
ジョブ:姫騎士
スキル:細剣術Lv21・鞭術Lv8・弓術Lv12・調理術Lv16・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv19
称号:―
ステータスでは遙かに及ばないかもしれない。
だが、戦いとは数字だけで決まるものではないのだ。どんなに強い相手だろうと、不意を突かれれば倒されてしまう。
「始め!」
試合開始と同時にエレインは後方に跳躍、瞬時に伸びた魔剣が舞台上をなぎ払う。
ブライトは身軽な動きで攻撃を躱し、目にも留まらぬ速さで矢を放った。
「展開! 加速!」
バシュッ、エレインの背中に金属の翼が開く。
スラスターが噴射し、彼女は高速で円を描くように飛行した。
この光景に観客も司会者も絶句する。
「飛翔するとは、存外なかなか楽しませてくれる」
「簡単に勝てるとは思わないことです!」
コレこそが俺が彼女に与えた秘密兵器。
【鑑定結果】
防具:飛翔魔装ビューネヘイオス
解説:背中のスラスター内蔵の翼で高速飛行するよー。見た目も美しく華麗に飛ぶことから空飛ぶ魔性の鎧って呼ばれてるのー。保有魔力を消費して跳ぶから魔力切れには気をつけてねー。
スロット:[自己修復][ダメージ軽減(中)][物防UP][魔防UP]
金属の翼は二つの白い尾を引きながら上空で旋回する。
空を飛べば場外なんて関係ない。
次々に矢が放たれ彼女を追いかけるが、螺旋回転を続けながら華麗に避けていた。
ようやく再起動した司会者がつんざくような声で叫ぶ。
「なんとぉおおおおおおおっ! クリスティーナ王女が空を飛んだ!! これは幻覚ではありませんよね!? 現実ですよね!? なんなんだあの鎧は! なんなんだあの剣は! 驚きすぎて司会者なのに言葉が出ません!」
うぉおおおおおおおおっ!!
観客が歓声をあげる。
自国の姫が鳥のごとく飛んでいるのだ。
いや、天使が舞い降りたとでも言うべきか。
国民にはとてつもない戦いに見えているに違いない。
「すっげぇ! アレも義彦が作ったのか!?」
「まぁな。会心の出来で出てきた時は、ガチャでUR引いたような気分だったよ」
「なんだURって! それもすげぇのか!?」
「めちゃくちゃすごい」
リリアは子供のように目をキラキラさせている。
正直言うと、鎧よりもエレインの飛行技術の方が実はヤバいんだけどな。
普通空飛ぶ鎧を渡されてもあんなに上手くは飛べないものだ。それをすでにものにしている彼女は、正真正銘の飛行の天才だと思う。
まさに彼女の為に存在している鎧と言ってもいい。
――ただ、相手が悪かったかもな。
バシュ。魔剣が舞台を鋭く切り裂く。
だが、ブライトは最低限の動きで躱し、だんだんとエレインの動きに慣れていた。
放たれる矢も彼女を掠るようになり、次に動く方向すらも予測するようになってゆく。
ついには彼女の太ももに矢が突き刺さった。
「あぐっ!」
太ももを押さえてエレインはゆっくりと降下する。
なんとか剣を構えようとするも、力が入らないのか足下はふらついていた。
「痺れ薬を塗った矢だ。そう長くは立っていられない」
「私は……勝たなければ……」
「気の毒だが君と私の相性は最悪だ。勝ち目はない」
「私は……私は……」
ばたりと倒れたエレイン。
すぐに兵士が駆け寄り担架で運んでいった。
「ブライト選手の勝利です!」
「…………」
ブライトは無言で手を上げて観客の声に応えた。
彼は舞台から降りると、すれ違い様に俺に話しかける。
「私を満足させてくれそうなのは君かな。西村義彦」
「俺が準決勝まで来ると確信している口調だな」
「当たり前だ。その禍々しい鎧の所有者なのだからな」
「!?」
彼はここに来て初めて微笑む。
含みのある言い方に俺は振り返って彼の背中を見つめた。
この鎧を知っているのか?
冷や汗が額から流れ落ちる。
すると見計らったかのように鎧がガチガチ口を鳴らし始めた。
そう言えばそろそろ腹減りの時期だったな。リュックに町の外で狩った魔獣の死体があるので食わせるとしよう。
それよりも先にエレインだ。
俺は彼女の無事を確かめる為に医務室へと急いだ。
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