四十六話 第一予選

 俺は会場の控え室でそわそわしている。

 本来は広い部屋のはずなのに今は人が密集して狭く感じていた。


 剣を磨く奴。仮想の敵に拳を振る奴。腕立て伏せを繰り返す奴。緊張で

 お腹を押さえている奴。リラックスして他人と会話をしている奴。誰一人をとっても戦いを前にした反応は千差万別だ。


「落ち着くでござるよ。焦っても予選突破はできないでござる」

「やっぱロナウドはこういうのに慣れているんだな。さすが伝説の暗殺者」

「暗殺者は関係ないでござるよ。ただ単に拙者の祖国ではこのような催しが多かっただけでござる」


 へぇ、稲穂国って武道会が頻繁に行われるのか。

 勝手に武人の国ってイメージを持ってたけど、案外的を得ていたのかもな。

 俺は両手に付けた黒い手袋を引っ張ってきっちりはめ直す。


 もちろんこれも俺が新たに作った物だ。



 【鑑定結果】

 手袋:念動グローブ

 解説:グローブをを装着した人は念動力が使えるようになるのー。効果範囲は装着者を中心に半径十メートルまでー。力自体はそこまで強くないから物を引き寄せたり押したりする程度かなー。 

 スロット:[自己修復][強度UP]



 これに人を殺す力はない。

 幼女神も言っているとおり、せいぜい物を引き寄せたり誰かを押したりする程度だ。

 だが、時にはそんな些細なことが勝敗を決することだってあるはずだ。


 実際に俺はゲームで余分に持っていたアイテムに何度も助けられた。

 誰だってそう言う経験は一度はあるだろ? 

 ましてや今回は絶対に失敗の許されない戦いだ。

 優勝をする為に入念に準備を整えている。


「しかしリリア殿が心配でござる」

「だよな。あいつトラブルを起こしてなければいいけどさ」


 男と女で控え室が違うのだ。

 なのであいつが何かしでかしても止めることはできない。


 ガチャリ。ドアを開けて新たな選手が入室する。


「……お、義彦じゃん」

「ほんとだ! 良かった知った人に会えて!」


 ケントとピトだった。

 俺も知った人に会えて少し安心する。


 ただし、ケントはスタークに見つからないように仮面をかぶっていた。

 しかも般若のような禍々しい面である。デザインを見るに稲穂国で作られたものだろうか。

 さすがに槍は布でくるまれ直接触れないようにはされていた。


 怨鬼槍は憎しみを増幅させる武器でもある為、試合前に持つのは無駄なエネルギーを消費してしまうからだろう。

 それに鬼になる時間を少しでも延ばす目的もある。


「義彦とはライバルだね」

「そうだな。お互い頑張ろう」


 ピトと笑顔で握手を交わす。

 今日までの間に散々世話になったが、だからといって試合で負けるつもりはない。

 彼だって過酷な訓練をこなしてきたのだからそのつもりのハズだ。


「選手の皆さんは闘技場へとお越しください!」


 スタッフが部屋に入ってきて誘導を始める。

 これから行われるのは予選である。

 聞いた話では参加登録者数は千人にもなり、予選で大幅な削ぎ落としを図るそうなのだ。

 どういった方法なのかは分からないが、開催期間を考えると手っ取り早い手段が行われる明白だ。


「拙者はこれにて」

「ああ、例の件よろしく」


 すぅうとロナウドはその場から消えた。

 彼は王様を救出する役目を担っているので大会への参加はない。

 俺はスタッフの指示する方へと歩き出す。


 ワァァァアアアア。


 眩しい太陽光と目が痛くなるような青空。

 広い会場で歓声をあげる観客が目に飛び込んだ。


 会場の高い位置には貴族専用の席が設けられており、中でも目立っているのが国王と宰相がいる最上部の席だ。薄いピンク色の結界のような物が覆い、舞台からの攻撃を防ぐ措置がとられている。


 国王の傍らではドレスを着たエレインの姿もあった。

 奇妙なことに両手を後ろに回し無表情だ。

 たぶん手錠をはめられているのだろう。


 彼女との合流は予選後なので、まずは俺達が勝って本戦進出を決めなければならない。


「それではフェスタニア公爵様より陛下のお言葉があります」


 拡声器のような魔道具で進行役が会場に言葉を運ぶ。

 全体が静まりマイクのような物を持った宰相が声を発した。


「我が民よ、本日は盛大なる王国武道会によく集まってくれた。国王として礼を述べるとしよう。さて、此度はクリスティーナ王女の婚姻がかかった大切な催しだ。我が国に今必要なのは知略に長け、大きな力を有し、高潔な精神を持った者。すなわち次代の国王である。戦って示せ。誰がこの国の王にふさわしいのかを」


 宰相は挨拶を終える。まるで自分が王のような態度だったな。

 直後に観客は盛大な拍手をした。


「では予選を開始します。一番~百番までの方は舞台へ」


 俺は336番なので出番はもう少し後だ。

 呼ばれた百人が舞台へと上がり周囲の人間の顔を見ていた。


「第一予選はバトルロイヤル形式で行われます。勝敗は簡単、舞台から落ちた人の負けです。一グループで勝ち抜けるのは五人のみ。ぜひ皆様は第二予選に進める方々を予想してみてください」


 司会者は舞台から降りて「第一予選始め!」と開始を告げる。


 第一グループの五人はすぐに決定した。

 四人の騎士がスタークを守るようにして、すさまじい猛攻で舞台から選手を次々に弾き飛ばしたのだ。

 予定通りとも言うべき態度で勝者のスタークが軽く手を上げる。

 観客は歓声をあげて彼の名を連呼した。


 次はケントとピトのいるグループだった。

 二人は互いに協力しつつ敵を確実に場外へと押し出す。

 他にも三人の青年が活躍しており、これも早々に決着が付いた。

 無事に二人は第二予選の出場権を勝ち取ったのだ。


 三番目のグループとなってようやく俺の出番が訪れる。

 対戦相手の男や女達はいずれも強そうな見た目だ。

 けど、ステータスを見てみるとほとんどが五万を下回る雑魚ばかり。


「始め!」


 開始と同時に俺は円を描くように剣を真横に振る。

 発生する衝撃波に全員が吹き飛ばされ場外へと落ちた。


 司会者を見るとマイクを持ったまま呆気にとられていた。


「終わったぞ?」

「え? あ!! ななな、なんとたった一人で全員を倒してしまいました! すさまじい強さ! 圧倒的です! ですがあと四人の枠が埋まりませんので、彼を除いてもう一度試合を行いたいと思います!」


 第二予選出場権を獲得した俺は人々の歓声に応えて笑顔で手を振った。

 気持ち良いなこれ。最高だ。

 これならずっと予選が続いてくれてもいいくらいだ。


 舞台の端に移動して再度行われる試合を観戦する。

 二度目は二十分ほど時間がかかって四人が出場権を獲得した。

 ただ、彼らは俺を見ると浮かない顔をする。


 負けると分かっている試合に出るのは辛いのだろうな。

 御愁傷様。タイミングが悪かったな。


 その次のグループではリリアが無双していた。

 一発で数十人を場外に弾き飛ばし、数秒でほぼ全員が舞台から消えたのだ。

 残った四人はたまたまリリアに見逃された者達。

 可哀想なことにガタガタ震えていた。


 八グループ目に入ったところで例のエルフが出てくる。


 奴は見えない動きで全員を一瞬にして場外にした。

 俺は冷や汗を流す。何をしたのかまるで見えなかったのだ。

 涼しい顔をしたエルフの男は、司会者に勝利判定をもらうと舞台を降りた。



 【ステータス】

 名前:ブライト

 年齢:124

 性別:男

 種族:エルフ

 力:535518

 防:531992

 速:680214

 魔:580968

 耐性:587753

 ジョブ:魔弓士

 スキル:風魔法Lv31・状態異常魔法Lv22・魔弓術Lv24・格闘術Lv23・調理術14

 称号:森の民



 何度見ても桁違いのステータスだ。

 以前に弓士の見たことがあるのだが、その時は近接は苦手な印象だった。だが、どうやら魔弓士とやらになると近接もいけるようになるらしい。ステータスの割り振りもバランスが良いので手強い印象だ。

 一応だが称号も確認する。



 【鑑定結果】

 称号:森の民

 解説:エルフにだけ与えられる固有の称号だよー。これを持ってると森の中ではステータスが二倍に強化されるのー。その代わり代償として子供ができにくくなるから一長一短かなー。



 ひぃ、あいつ森に入ると二倍に強化されるのか。

 マジで良かった、ここが町で。

 百万なんて勝てる気がしねぇよ。


 こうして五十人が選出され、第一予選は終了した。



 ◇



「乾杯!」


 ジョッキを打ち合わせて予選通過をお祝いする。

 テーブルの上には所狭しと鳥の丸焼きなどのご馳走が並んでいた。


 ピトが気を利かせて用意してくれていたのだ。


 幸い自身の勝利祝いにもなったので彼も表情は明るい。

 俺とリリアは料理をむさぼり食らった。

 昼間は大した物も食えていなかったので腹ぺこだったんだ。


「ピーちゃん、ピーちゃん! フガフガッ! ウヘヘへ、最高でござる!!」

「ミャッ! ウミャア!」


 ピーちゃんは軽く抵抗しつつロナウドにモフモフされている。

 彼には日頃ブラッシングをされていたりするので、あからさまな拒絶は見せない。

 それでもお腹の辺りに顔を埋められるのは、あまり好きじゃないみたいだけどな。


 ケントはグラスにワインをドボドボ注ぎ入れて一気に飲み干す。


「飲み過ぎだよケント」

「今日くらいはいいじゃないか。お前だって俺がスタークに何をされてきたか知っているだろ。やっとチャンスが巡ってきたんだ、憎しみを忘れるくらい酔わせてくれよ」

「僕としては君に、復讐よりも別の何かを見つけて欲しいけど……それはきっと無理なんだろうね。僕には気持ちが分からないから」

「暗い顔をするなって。俺はお前がいてくれて救われているんだ」

「……うん」


 ケントとピトは親友と言うだけあってとても仲が良い。

 お互いに支え合っているのが見ているだけで分かるのだ。

 俺にもあんな友人がいたらと少し羨ましくなる。


「明日は楽しくなるな! 五十人の大乱闘だ!」

「たぶんそうなるんだろうな。それで新しい防具の使い心地はどうだったんだ」

「これいいよ! ぴったりフィットするし! でもみんなアタシをじろじろ見てくるのはなんでなんだろうなぁ? 不思議だ」



 【鑑定結果】

 戦闘服:格闘用キャットスーツ

 解説:衝撃を和らげる特殊な素材でできた戦闘服。上は黒色の半袖タイプに下は黒色のスパッツタイプ。頭には猫耳、お尻には自由自在に動く猫の尻尾が生えるから、さりげなく可愛さもアップするよー。 

 スロット:[自己修復][体力回復(大)][魔力回復(大)]



 今のリリアの頭には髪色と同じ赤い猫耳が生えていた。

 おまけにお尻の辺りには赤い尻尾がゆらゆら揺れている。

 しかもスーツはぴっちりで身体のラインがくっきり浮き出ててエロい。


 めちゃくちゃ俺の好みが詰まった格好だ。

 性知識に乏しい彼女だからこそ堂々と身につけられる装備だろう。

 うんうん、何度見ても実に良い。言うことがないな。


「リリアは可愛いな」

「ば、ばかっ! いきなり恥ずかしいだろ!」


 おっと本音が漏れ出てしまった。

 珍しくリリアは顔を赤らめて恥ずかしそうにする。


 それはそうとエレインのことが心配だ。

 順調に行けば明日には合流することができる、それまでにおかしなことをされてなければいいのだが。


 兎にも角にも明日の第二予選を勝ち抜かなければな。


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