四十四話 スターク・フェスタニア

 くそくそくそっ。平民の分際で。

 僕は歯がみしながら馬を走らせる。


 計画は完璧だった。

 クリスティーナ姫とその一行は、一週間ほどレイクミラーに足止めされ、川を越える為に山越えを余儀なくされ、約束の期限に間に合わないはずだった。


 なのになんなのだアレは。


 奇妙な箱に乗って悠々と僕を追い抜いていった。

 そもそも一体どうやってレイクミラーから抜け出した。あの町は僕の命令で蟻一匹抜け出せないように完全封鎖していたはずなのに。おまけに数日早く出た僕に追いつくなんて、おかしい。何もかもがおかしい。まったくもって思い通りにいかないのはなぜなんだ。


 思い返してみれば、あの義彦とかいう男と出会ってから、やることなすこと上手くいかなくなっていた。


 クリスティーナの件もそうだが、あの大蛇の件も。

 奴らヘの嫌がらせでヌシを討伐するだけのはずだった。なのにできてきたのは桁違いの怪物。今思えば僕は何もせずとも、怪物を呼び出し町に被害をもたらした奴らを処罰するだけで良かったんだ。

 僕は逆に奴らを助けてしまったのだ。


 おかげで公国の大きな財源であった観光地に、大きな損害を与える結果になってしまった。これではいくら僕でも父上にとがめられてしまう。さすがに王国の王位を次男に継承させるなどとは言わないとは思うが、それに近いくらいの罰は与えられる可能性が高い。

 すべて義彦という男のせいだ。許さない。絶対に殺す。


「殿下! 馬がもう限界です!」


 後方から追いかける護衛の兵士が何か言っている。

 限界なら新しいのに乗り換えればいいだけではないか。


「あそこに村がある。馬を奪ってこい」

「はっ!」


 僕は馬の足を止めて地面に降り立つ。

 馬は長い間走っていた為に激しく息を切らしていた。


 ふん、奴らの乗っていた箱ほどにも使えない。


 スッと雨に濡れた顔を聖職者のシーラが拭いてくれる。

 僕はその手を払いのけた。

 たかが伯爵家の娘でしかないお前が僕の女気取りか。

 身の程をわきまえろ。雌豚。顔と身体が好みでなければとうの昔に捨てていた。


「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」

「余計なことをしなくていい。お前に期待をしているのは夜の世話だけだ」

「…………っつ」

「その表情はいいな。そういうのは嫌いじゃない」


 まだ好きな男の前で犯したことを根に持っているか。

 愉快だ。僕は憎しみに歪む顔が大好きなんだ。


「殿下、馬を手に入れて参りました!」

「よくやった。それで村人共はどうした」

「はっ、素直に応じたので手は加えておりません!」

「なんだそれ。ちゃんと皆殺しにしてこい」

「し、しかし……」

「証言者がいると僕の評判が下がるだろうがっ! 女子供全て皆殺しだ! そうじゃなきゃ僕がお前達を殺すぞ!」


 兵士達は村に戻って家に押し入る。

 悲鳴が木霊し血しぶきが窓にかかった。


 村なんてあってもなくてもいい存在だ。

 僕の支配する国は町だけあればいい。

 ああ、でも殺しができなくなるのは少し面白みに欠ける。

 国王に即位した暁には、優遇して小さな村を沢山作らせるとしよう。それから時々村を焼くのだ。きっと長く長く楽しめるだろう。


 兵士達は村に火を放ち証拠を隠滅する。


 僕は新しい馬に乗ると王国に向けて颯爽と走り出した。



 ◇



 ブリジオス王国の王都に到着したのは出発してから十日後だった。

 予定通りならすでに大会への参加登録は締め切られている。


 あいにく僕は期間内に参加表明をする必要はない。最初から参加は確定しているのだ。


 王都にある屋敷に帰還した僕は、玄関を開けるなりすぐに鎧を脱ぎ捨て、その下に着ていた服も下着も廊下に放り投げた。


「すぐに風呂に入る。湯を用意せよ」

「かしこまりました」


 かしづく執事に目も向けず、僕はシーラやメイド達と共に浴室へと入った。


 女達に身体を洗わせ、湯を溜めた浴槽へと身体を漬ける。

 さすがに無理をした。レイクミラーから十日で王都に戻るなど普通ならあり得ない。

 ここに来るまでに何頭の馬を潰したか覚えていないほどだ。


「失礼いたします坊ちゃま」

「なんの報告だ」

「お父上より伝言を賜っております」

「申せ」


 僕は一緒に入っているメイド達の身体に背中を預け、リラックスした格好で執事の言葉に耳を傾ける。


「クリスティーナ王女が宮殿へと帰還した。お前は戻り次第支度を整え登城せよ。それとすでにレイクミラーの一件は耳にしている。相応の罰を覚悟しておけ、とのことです」

「……さすが父上は耳が早い。まぁいい、僕もここに来るまでに予想はしていたからな。それで罰はなにか聞いているか」

「はい、私が耳にしたのは大会後までクリスティーナ王女との面会を禁じるとだけ」


 くっ、父上はこちらの考えていることをお見通しか。

 これで大会前に姫を僕の物にしようと考えていたことは阻止されてしまった。

 調教して僕色に仕込もうと思っていたのだがな。残念。


 だがしかし、焦る必要はない。


 どうせ大会は僕の優勝で決まっているのだからな。

 選りすぐりの騎士や戦士を出場させ邪魔な者達は残らず排除する。

 僕がクリスティーナを手に入れるのだ。そして、王座も。


 僕は風呂から上がると登城する為の準備を行った。



 ◇



 ブリジオス王国宮殿。

 そこはありとあらゆるものに大金を注ぎ込んだ豪華絢爛な建造物だ。

 広大な庭園に美しく煌びやかな噴水。

 ここは王国の栄華と繁栄を象徴する神聖な場所だ。


 僕は青きマントをはためかせ公国の正装で宮殿内を歩く。


 誰であろうと僕に一礼し表向きの忠誠を示した。

 だが、まだ公爵の子息として扱われているにすぎない。これから僕は国王となって全ての国民から真の信を受け取る。これは揺るぎない純然たる事実だ。


 謁見の間に入室すると、玉座で涎をたらす国王と宰相である父上の姿が見えた。


「陛下、スターク・フェスタニアがただいま参上いたしました」

「あー、あー」


 形だけの儀礼を行う。

 傀儡ごときの王に頭を下げるなど屈辱の何物でもないが、これも即位するまでの我慢だ。王権の否定は己の首を絞める行為に他ならない。


「よく来たなスターク」


 白髪交じりの髪と脂肪でたるんだ顔。

 指には大きな宝石が付いた指輪をいくつもはめ、服を押し上げる腹部はさらに大きくなったような気がする。身に纏う服は国王よりも派手であるため、見知らぬ者がここへ来ればどちらが宰相でどちらが王か分からなくなることだろう。

 王冠をかぶらない王こそが僕の父上であるゲイオス・フェスタニアだ。

 今でこそ公国の全権を僕に譲ってはいるが、まだまだその影響力は桁違いに大きい。


「お久しぶりです父上」

「挨拶はいい。レイクミラーの件の弁明を聞かせてもらおうではないか」

「――はい」


 もう来たか。気の短い父上らしい切り出し方だ。

 僕は片膝を突いたまま説明を行う。


「以前より湖には凶暴なヌシが潜んでおりました。そこで僕は町の発展の為に討伐するべく動いたのです。結果は良くなかったでしょうが、長い目で見ればここで追い払えたのはむしろ大きな成果だと」

「追い払えた? 討伐したと私は聞いたが?」


 討伐だと? そんなバカな。

 僕が戦いから離脱した時、すでに勝ち目のない絶望的な状況だった。

 だから暴れるだけ暴れさせて湖に帰らせる作戦を領主に提案し、その後僕は町の封鎖を指示してから一足先に出たのだ。


 あれを倒した奴らがいると言うことか?

 まさかとは思うが義彦と言う男がやったと?


 ありえない、奴らもあの大蛇を相手に手も足も出ない状態だったではないか。

 むしろ僕は誰よりも善戦していた。攻めあぐねいていた冒険者を率いて攻勢を仕掛けたのだ。僕だからこそできた結果だ。


「何かの間違いでは? しかし、もしそうなら僕の入れた一撃が後に息の根を止めていたのでしょうね」

「いや、お前の手柄ではない。四人の冒険者がきっちり倒していると報告が上がっている。さらに言えばお前が強引に町に大蛇を引き寄せ、上陸させたと証言が得られている。これは言い逃れのできない失態だぞ」

「……大変申し訳ありません父上」


 頭を下げつつ歯がみする。


 父上の叱責は僕が最も嫌うものの一つだ。

 僕の存在意義は父上に期待され愛される息子であること。

 こうなったのも西村義彦が原因だ。許せない。


「すでに聞いていると思うが、罰として大会終了までクリスティーナ王女との面会を禁ずる。己の犯した過ちを恥じるがいい」

「厳粛に受け止め深く反省いたします」


 僕は身体の向きを変え父上に頭を垂れた。

 父上は小さく頷き、後ろ手のまま窓際へと移動する。


「して、訓練は上手くいったのか」

「はい。すでにステータスは五万を超えております」

「及第点だな、だがそれでいい。お前は強い必要はないのだ。カリスマを備え人を支配し、かつてのフェスタニアの栄光を取り戻す礎を築くのだ」

「重々承知しております。フェスタニア王家再興こそが我が一の族の悲願。野蛮なブリジオスなどに従い続ける理由など一片たりともありません」

「そうだ。故にお前は必ず王位につかなければならない。今は焦らずともあの王女共々全てが手に入る。決して早まるではないぞ」


 今は余計なことはするな、と釘をさされてしまった。

 父上の言葉は絶対だ。裏切ることはできない。


「そうだ、面白い者を協力者として雇ったのを思い出した」

「面白い者?」


 振り返った父上の嬉しそうな顔に怪訝な表情を浮かべてしまう。


「流れのエルフだ。ステータスは五十万、この者がお前をバックアップする予定だ。間違っても優勝を奪われるようなことはないだろう」

「五十万ですか。まことに素晴らしい話ですが、その者は信用できるのでしょうか」

「金がいると言っていた。だからこそ信用できる。忠誠心などの見えないものより、よっぽどな。お前も大会に向けて顔を合わせておけ」


 僕は「分かりました」と父上に一言だけ述べて謁見の間を退室した。



 ◆



 ベッドの端に腰掛けたままため息を吐く。

 久しぶりの自室だというのに、心は重く硬直していた。


 義彦達と別れ、宮殿へと戻った私に待っていたのは謹慎という名の監禁だった。


 部屋の前には兵士ががっちりと守りを固め、室内においても常時メイドが控えている。

 唯一の救いはスタークが私との面会を禁じられていること。

 どうもレイクミラーでの一件の処罰らしい。


 なんて甘い処罰。それだけであの町の被害を帳消しにするなんて、すがすがしいほど自分勝手で都合のいい思考しかしない人達だわ。


 私は義彦から渡された薬を取り出して水と一緒に飲む。


 毎日一回だけステータスを地道に上昇させている。

 精々上がるのは千。だけど積もれば大きな力になる。

 そして、今の私には少しでも力が必要だった。


 実はずっと公爵を殺せる瞬間を狙っている。


 けれど、向こうは迂闊には近づいてこない。

 もしかすると鑑定スキルを有している者で、私のステータスを確認したのかもしれない。

 不用意に近づけば殺されると察しているんだ。だからあえてスタークを遠ざけ、自らも私から遠ざかった。

 悔しい。もう殺せるだけの力があるのに。


 ただ、あの人は私が大会に出ることは渋々了承している。


 私が唯一大人しく婚姻を結ぶ条件だったからだ。

 そうでなければ私はナイフで己の首を突いて死んでいた。

 これは命を賭けて手に入れたチャンス。


 義彦、私は必ず貴方の元へ帰ります。

 それまで待っててください。お願いします。


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