四十三話 エレインの故郷

 次の日、俺達は王都へと到着した。


 ここがブリジオス王国の中心地。圧倒的スケールだ。

 高い外壁に囲まれ、巨大な正門の両側には二体のドラゴンを模した石像がこちらを睨んでいた。


 入り口では、多くの商人や冒険者達がぞろぞろと町の中へと入って行く。

 俺達もそれにならって中へと入っていった。


「この国を創られたのは、かつて英雄と呼ばれたヒイロ様です。今でもその功績を称え、町の中心部には石像が置かれているのです」

「へぇ、英雄か。カッコいいな」


 巨大な門を抜けるとすぐに出迎えてくれたのはまっすぐに伸びる大通りだ。

 いくつもの店が建ち並び、大勢の人々が行き交っている。

 俺の想像するフェンタジー世界に最も近い光景と言ってもいい。


「武道会があると言うだけあっていつもより人の数が多いござるな」

「そうなのか。でも、言われてみれば剣士とか格闘家がやけに視界に入るよな」

「武道会の開催は来月の頭です。すでに半月を過ぎた現在では、国中から腕に覚えのある方々が続々と集まっているはずです」


 俺は鑑定スキルでライバルになりそうな奴らを探す。

 そのほとんどはステータスが五万にも至っていない奴らばかりだ。

 思っているよりも優勝は簡単かもな。


 不意に五十万の奴を見つける。

 そいつは緑色の長髪で耳が長く細身でスタイルがいい。

 背負っている弓も使い込まれていて非常に目立っていた。


「エルフじゃないか。珍しい」


 ケントが物珍しそうに言うので質問する。

 もちろんこの世界でのエルフがどういった存在なのかを聞くためだ。

 ゲームをやりまくってる俺がエルフを知らないはずがないからな。


「エルフって?」

「異大陸に暮らす他種族だよ。排他的らしく交流はないんだが、たまにああいう変わり者がこっちにまでやってくるのさ。噂ではどいつもめちゃくちゃ強いって話だ」


 だろうな。五十万もあればこっちの人間はさぞ弱いだろう。

 しかしこの世界にはエルフもいるのか。ちょっぴり興奮してしまったな。

 見る限り美形だし、女性のエルフも美人に違いない。


 「おっ、あそこ美味そう――ぐべっ!?」


 走り出そうとするリリアの襟を掴む。


 お前なら本能に従って動くと思ってたよ。

 ただ広いこの町ではぐれたら再合流は難しい。せめて集合場所を決めてから自由行動に移ってくれ。

 それに猫であるピーちゃんですら、はぐれずにちゃんと付いてきているからな。

 これで迷子になったら猫以下だって言ってやる。


「とりあえず宿泊できる場所を探すか。もし部屋がなければ町の外で野宿だ」

「それなんだけどさ……俺のところで泊まらないか」

「申し出は嬉しいけど本当に大丈夫なのか? お前の家じゃないんだろ?」

「ノープロブレム。信頼できる友人の家だから心配は無用さ。ただ……君達全員は泊められないと先に言っておく」


 ケントはエレインに視線を向けていた。

 彼女は当然とばかりに頷く。


「承知しています。私はこの国の王女、すでに宮殿へと戻る意思は固めております。ですがもう少しだけ仲間と一緒にいさせてください」

「それならいいけどさ。さすがに行方不明の王女をかくまっているとなると、あいつも言い逃れできなくなる」


 ケントは「付いてこい」と俺達を案内する。



 ◇



 とある大きな屋敷の前で足を止めた。

 この辺りは貴族街と呼ばれるエリアで、貴族達の立派な家々が立ち並んでいる。

 ケントは門を開けて我が家のごとく敷地へと入った。


 敷地には綺麗な芝生が植えられ、木々はよく手入れをされている印象だ。

 出迎えてくれるのはなかなかの大きな屋敷。

 彼は迷うことなく玄関のドアを叩いた。


「はい、どなたでしょうか」

「ケントだ。公国のケント・ムガート」

「ああ、ケント様でいらっしゃいましたか」


 執事らしき老人が笑顔で俺達を屋敷の中へと招き入れてくれる。

 そのまま応接間らしき部屋に通され、数分ほど待たされることに。


「やぁケント!」

「ピト!」


 入室した青年にケントは駆け寄りハグをする。

 本当の友人とは偽りのない言葉らしい、スタークと接する顔と今の顔はまるで違っていた。ピトと呼ばれた青年は童顔でまだあどけない幼さが残る顔立ちだ。同時に性格がいいのだろうと思わせる柔らかい雰囲気を持っていた。


「君に紹介するよ、彼らは俺を助けてくれた冒険者だ」

「こんにちは。僕はピト・ネーデ、この伯爵家の長男だよ」

「なるほど。ここはネーデ伯爵のお家でしたか。それならば納得です」


 うんうんと納得するエレインに、ピトは笑顔から一転して目が点になった。


「クリスティーナ王女!?」

「ピトさんお久しぶりです」


 彼はすぐさま片膝を突き頭を垂れる。

 ここで改めてエレインが王女であることを思い知らされる。

 そ、そっか、俺の嫁は姫君なのか……。


「とりあえず座って話しましょう。行方不明だった間のこともお話ししたいので」

「はい! クリスティーナ様!」


 かちこちに固まった身体を、なんとか動かしてピトは対面のソファーに座る。

 緊張しすぎじゃないか。でも、それだけ彼女が偉いってことなんだよな。


 思い返してみると俺って結構無礼なことをしてきたかも。

 頭を撫でたり、ポーションを作らせたり、下着姿を見たり。

 今からでも謝っておくか?


「クリスティーナ様、今までの無礼をお許しを……」

「やめてください義彦! 貴方は今のままでいいんです!」

「そうなの? じゃあ今まで通りで」

「あっさりしすぎていて逆に複雑な気分になります」


 表情を引き締めた彼女はピトに話を始める。それは今までのことだ。

 国を出て単身公国へ行き鍛え始めたこと。俺と出会い好転し始めたこと。レイクミラーでの一件やここまでの旅路についてなど。


「――では、クリスティーナ様は望んだ力を手に入れたと?」

「ええ、今の私はあのスタークよりも強い。優勝も手が届く位置にいます」

「驚きです。一体どうやればそれほどの強さを手に入れられるのか。僕は見ての通りひ弱で生まれしか取り柄のない男です。だからこそ貴方様の成し遂げたことには心から尊敬いたします。もちろんできる限りの協力もお約束いたしましょう」

「貴方はお強い方ですよ。私が戦おうと決意できたのも、貴方がかけてくれたあの日の言葉がきっかけだったのですから。心より感謝いたします」


 ピトは照れくさそうに赤くした顔を伏せる。

 どうやら二人は面識があったらしい。

 しかも近い距離にいたようだ。俺の中で密かに嫉妬が芽生えた。


「それでピト。しばらく彼らをここへ泊めることはできないか。彼らも例の大会に出場するらしいんだ」

「別にいいけどクリスティーナ様は?」

「私は宮殿へと戻ります。公爵とはすでに出場の約束を取り付けておりますので、次にお会いできるのは大会当日になるはずです」


 えぇ!? すでに出場の約束を結んでいたのか!?


 でも考えてみれば公爵も冗談半分で許可したのかもしれないな。

 それをエレインは本気にとって、鍛えるために宮殿を抜け出したと。

 なんとなくこれまでの背景が見えてきた気がする。


「あの、僕も出場してもいいでしょうか?」

「え? ああ、もちろん構いませんよ。私の為に出てくださるのはとても嬉しいです」


 ピトはぱぁぁと表情を明るくする。

 俺は思わずロナウドと見合わせた。

 もしかしてコイツ……エレインが好きなのか??


 ニコニコとするエレインに至っては、彼の気持ちに気づいている様子はない。

 純粋に自分を助けてくれる相手とでも思っているに違いない。

 さらに俺の中で嫉妬が燃え上がる。エレインは渡さないからな。


 その後、エレインは別れを告げて宮殿へと戻っていった。



 ◇



「この辺りだと聞いたんだけどな」

「義彦、あれ食おうぜ!」

「拙者は向こうのものに興味があるでござる」

「ミャア」


 リリアが俺の右腕を引っ張り、ロナウドが左腕を引っ張る。

 足下では後ろ足でけしけしと後頭部を掻くピーちゃんがいる。


 宮殿に戻ったエレインのことも心配だが、俺達にはやるべきことがある。


 そう、大会に優勝する為の準備だ。

 五十万クラスの奴が大会に出場すると分かっている以上、どうにかして勝つ方法を考えなくてはならない。


 ちなみにだが、すでに大会のルールには目を通している。

 武器やアイテムは身につけられる物に限り、しかも最初の検査で申告した物に限られている。獣を従えるテイマーなどの持ち込みは一匹までとし、奴隷などを用いての助力は認められない。

 試合においての殺しは一切禁止しているが、事故により死亡した場合はこれを不問とする。

 また、観客に攻撃を加えるような行為、大会そのものを中止にするような行いは失格の対象となり、場合によっては処罰の対象とする。

 ――というのがだいたいの内容だ。


 ようは何をしてもいいってこと。

 どうせ相手を殺しても事故でかたづけるんだろ。

 見え見えだ。


「あったあった、ここだ」


 俺が来たのはとある武具店。

 大勢の冒険者らしき人達が出入りしているが、用があるのはその裏にある工房なんだ。

 路地に入って煙突のあるレンガ造りの建物の玄関を叩いた。


「……留守かな?」

「アタイの工房になんか用かい」


 振り返ると紙袋を持った中年の女性がそこにいた。

 高身長にはち切れんばかりの太い腕。ウェーブのかかった赤毛の長い髪と引き締まった顔に一瞬だが圧倒される。


「あんたがルンバの弟子のベルザさん?」

「そうだけど、まずは自分から名乗るべきじゃないのか」

「悪い。俺は西村義彦、ルンバに世話になった冒険者だ」


 ハンマーを見せると、ベルザは顔を近づけてニヤッとする。


「弟子……には見えないね。何者だい?」

「一言では言えないから中で説明させてもらえないか」

「いいよ、はいんな」


 彼女は玄関を開けて俺達を招き入れる。

 そこは小綺麗に整頓された鍛冶師の工房だった。

 やっぱ男の職人と女の職人では小さなところにも差が出るんだな。


 紙袋をテーブルに置いた彼女は、椅子に腰掛けて顎で目の前の椅子を示す。

 お前も座れってことか。

 ひとまずリリア達には外で時間を潰してもらうように言っておく。

 それからクラッセルでのことをざっくりだが説明した。


「――じゃああんたは師匠に気に入られてそれをもらったのかい」

「そう言うことになる」

「へぇ、あの偏屈な師匠が見ず知らずの奴にそこまでするなんてねぇ」

「ホプキンも同じことを言ってたけど、俺にはそんな風には見えなかったぞ」

「ぶはははっ、そりゃあそうさ。師匠は表向き愛想はいいんだよ。けど弟子になったらその性格に苦労する。できがわるけりゃあ弟子の作品だろうが、容赦なくぶっ壊すんだから」


 お、おお……あのおっさん陶芸家みたいな性格だったのか。

 まったくそんな風には見えなかったけどな。人間って表だけでは分からない物だな。


「いいよ、工房は好きに使いな。アタイも師匠が気に入った奴の腕前ってのを知りたいし」

「ありがとう。それとこれは蛇足になるんだが、俺達も例の大会に出ようと思っているんだ」

「そうなのかい? だったらウチの弟子達とも戦うかもしれないね」

「弟子達??」


 話を聞けば、ベルザには三人の弟子がいるらしい。

 鍛冶師だけでなく冒険者としても活躍していて、戦闘の腕にも自信があるのだとか。

 今は訓練の為にここにはいないが、大会前日には戻ってくると言っていた。


「弟子も王女と結婚を?」

「ぶはっ、まさかぁ! この大会に出る奴のほとんどは強い奴と競い合いたいだけだよ! 王女様との結婚なんて誰も考えちゃいないさ! だいたい国内じゃ公爵の子息の優勝でほぼ決まってんだよ!」


 やっぱりそうなのか。

 しかし、出場者の全員がエレイン狙いじゃないってことを知れたのは、ある意味では僥倖だったかな。無駄に対戦相手を嫉妬しなくてもいいしさ。


「まさかあんたは王女様狙いかい」

「まぁな」


 ぐりぐりとなぜか頭を撫でられた。


「頑張りなっ、叶わない夢でも目指すのは自由さ!」

「あのさ、ウチにはエレインって仲間が――」

「男はやっぱり上を目指さなきゃね! よーし、手伝ってやるからなんでもいいな!」


 ベルザは人の話を聞かない奴だ。

 まぁ、憎めない性格をしているから腹も立たないが。


 俺は大会に向けて早速作業を開始した。


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