四十五話 ケントとの契約

 ピッカァ。まばゆい光が発せられた。

 そして、一本の細剣が完成する。


 至る所に金の細工が施され、陽光を反射する鋭い刀身は異彩を放っている。

 美しくも繊細なその剣を創り出す為に俺はいくつもの剣を打った。ようやく俺の考えるエレインにふさわしい武器ができた。



 【鑑定結果】

 武器:魔剣ニョルフェリス

 解説:所有者の声に応え、刀身が最大三つまで出現する伸縮自在の魔剣だよー!

 伸びるのも戻るのも一瞬だから隙もできにくいんだー! やったね義彦! 会心の出来だよ!

 スロット:[超伸縮自在][高速自己修復][強度大UP][切れ味大UP][呼応]



 文句なしの出来だ。むしろこれ以上の物は時間的制約で作れない。

 刀身を鞘に収めてテーブルに置く。

 そこにはエレインの新しい鎧も置かれていた。


 この二つをそろえる為に、本当に何度も何度も試行錯誤を繰り返したのだ。

 無駄な鎧と剣が十個くらいできたが、それについては仕方なかったし、ベルザさんも表の店で適当に売っぱらうと言ってたから感謝ばかりだ。


 もちろんだが他にも作った物はある。


 すでに大会前日。今日まで二十日近くあった為に準備は万全だ。

 優勝にも。国王救出にも。どちらにもできる限りの備えはしている。


 ただ、一つだけ不思議な物もできてしまったんだよな。



 【鑑定結果】

 腕輪:偉大なる錬金術師の腕輪

 解説:いつか作ると思ってたけど案外早かったねー。でも起動させるには条件が必要だからまだ使えないかなー? 

 スロット:[強度超UP][超高速自己修復][????]



 それは不思議なデザインの腕輪だ。

 全面は金色なのだが至ってシンプルなデザイン。だが、よく見ると表面には電子回路のような光が無数にあることが分かる。とは言っても単純に機械とも言い難い。腕輪の放つ雰囲気は神々しく普通の物体とは何かが違うのだ。

 右腕にはめるとサイズが変化してぴったりフィットする。


 幼女神は起動には条件があると教えてくれているので、色々試してみたのだが未だにそれらしい挙動は見せていない。実に謎だ。


「どうだい良い物はできたかい?」

「ようやく満足のできるやつを完成させたよ」

「どれどれ……へぇ、これはずいぶんな業物だねっ!」


 工房に戻ってきたベルザは細剣を見て褒めてくれる。

 彼女には今日までずいぶんと世話になった。できれば何かお礼をしたいのだけれど。

 そこへ食材を買い込んだロナウドが戻ってくる。

 足下には首輪の鈴を鳴らすピーちゃんの姿があった。


「ミャァ」

「よしよし、お前もご苦労様」

「ゴロゴロ」


 俺の膝の上に飛び乗ったピーちゃんは、顔を手に擦り付けて喉を鳴らす。


「ぐぬぬぬっ! 拙者もペロペロしてなで回したいでござる!」

「屋敷に戻ってからな。それで材料は買えたのか」

「もちろん! これは拙者の活力ですぞ! 意地でも手に入れるでござるよ!」


 クワッと目を見開く彼から強い意志を感じる。

 たまには別の物を食べようとはまだ言えない雰囲気だな。落ち着くまでもう少しかかりそうな感じだ。


 ちなみにだがロナウドも装備を一新している。


 刀はそのままだが身につける黒装束は特殊な物となっており、以前よりもさらに強化されている。そのほかにも暗器使いとしていくつかの作成した道具を所持させているので、鬼に金棒じゃなくチェーンソーを渡したようなイメージだ。

 作戦を成功させる為には彼の強化は必須といえるし、これで良かったのだろう。


「それじゃあそろそろ屋敷に戻るよ」

「もう行くのかい。そろそろ弟子達が戻ってくる頃なのにさ」

「よく考えたら今は会わない方が良いのかなって思ってさ。もし対戦相手だと試合中に気を遣いそうだし」

「んなもんかね。アタイは誰であろうとぶっ倒すけど」

「それはベルザだからだろ」


 軽く握手を交わしてから俺達は工房を後にした。






 屋敷に戻ると、敷地ではリリアとピトが模擬試合を行っていた。

 審判はケント。剣士であるピトは果敢に攻めるが、余裕のリリアにあっさりと躱され続けていた。


「次の攻撃への移動が遅い。無駄な動きが多い。ちゃんとフェイントも織り交ぜて攻撃しろ。呼吸は一定に、目の動きで次を悟られるな」

「はいっ!」


 彼女は攻撃を捌きつつ攻撃の内側へと潜り込み、素早く足払いする。

 再び立ち上がったピトは剣を構えて戦いを再開した。


 彼は俺の作ったで高い身体能力を得た。

 それ以前は千にも満たないステータスで本当にか弱い青年だったのだ。


 彼を強化することは正直あまり気は進まなかったが、屋敷に泊まらせてもらっている上に毎日豪勢な食事までいただいている身の上で、何も返さないというのは申し訳なかったのだ。

 それに大会への協力者は少しでも多い方が良いと判断したところも大きい。

 そんなわけで今の彼は、リリアと訓練をこなすくらいには急成長を遂げていた。


「ピトもそれなりに仕上がってるみたいだな」

「それなりにな。あいつ優しいから戦いには向いてないんだよ。本人もそれを自覚してるのに諦めない。まっすぐだから俺には眩しいんだろうな」


 地面で横になって試合を眺めるケントは、葉っぱを咥えてぼーっとしていた。

 彼はここに来てからずっとこんな調子だ。元々こう言う性格だったのかは不明だが、王都に来てからなにをするでもなくダラダラしている。


 その後ろ姿を見ていると、なぜか昔の自分を思い出した。


「なぁケント、ちょっと来てくれよ」

「あん? こう見えてそんなに暇じゃねぇんだけど……ま、いっか」


 のっそりと立ち上がって彼は俺達に付いてくる。


 まずは厨房へと行き、購入してきてもらった物をテーブルに置いた。

 それは日本人ならよく知る蕎麦粉だ。俺は手早く生地を作り麺を作る。

 このままでは普通の蕎麦になるだけ、だがしかし俺の場合はそうはならない。


 作ったはずの麺は、いつしか山盛りのほかほか白米へと変化していた。


 これもこの数日で手に入れた物の一つ。

 ロナウドがあまりにも五月蠅いので、手が空いた時間を利用して米探しを行っていたのだが、結果的には米どころか過程をすっ飛ばして、炊きたての白米を手に入れることとなったのだ。

 相変わらず謎すぎる俺の力。


「ふぅうふぅう、白米でござる。ほかほか白米」

「興奮するなって。目が血走ってて怖いから」


 ひとまず昼食は完成したので放置する。

 ロナウドはその場から動こうとせずじっと白米を凝視していた。

 あいつ和食の呪いにもかかってんじゃないのか。


 ケントと一緒に自室に入ると、俺はソファーに腰を下ろした。

 ここはピトに貸してもらっている俺達の部屋だ。


 対面のソファーにケントが座る。

 ピーちゃんは俺の膝に乗ってすぐに丸まった。


「なにか悩んでるのか?」

「なんだよいきなり。気持ち悪いな」

「ちょっと気になったからな。それにさ、お前がスタークと一緒にいた理由もそもそも知らないなって思って」

「…………はぁ」


 背もたれの上に左腕を置いた彼は、諦めたように前髪を掻き上げる。

 この様子だと重い話なのだろうか。けれど聞かなければならない気がしていた。

 なにより俺自身が昔の自分を見ているようでほっとけなかった。


「俺は……好きな女を目の前で犯されたんだ」


 沈黙する。言葉が出なかったと言うべきか。

 ケントは話を続ける。


「やったのはスタークだ。あいつは俺の目の前で泣き叫ぶシーラを……」

「どうして抵抗しなかったんだ」

「できるはずもないっ! 俺もシーラも公国の貴族だ! かたや向こうは自国の王子! 抵抗しようものなら俺達だけでなく、家族も殺されていた! 特に俺のような下級貴族の子息ならばなおさらだ!」


 感情をむき出しにした彼の怒声に俺は身体を硬直させる。

 彼の目にはスタークへの激しい怒りと殺意がむき出しとなっていた。


「だから俺はせめて彼女の傍にいようと従順な振りをしてきた。奴も俺が苦しむ姿を見たかったんだろうな、あっさり手下になることを了承したよ」

「だったら、どうして逃げたんだ」

「あのままだと俺は確実に死んでいた。スタークもそのつもりのはずだった。シーラをあの場に残して消えるのは心残りだったが、俺が死んだらどうやってあいつに復讐する。最愛の人の身も心も奪われた俺にはもう、生きる意味は復讐しか残っていないんだ」


 ケントはスタークを殺すチャンスをずっと窺っていたのか。

 その機会を失ってしまったばかりに魂の抜けたような状態に陥っていたのだ。


 俺は一枚のスクロールを懐から取り出す。


「これは対等契約のスクロールだ。コレにサインすれば、お前にスタークを追い詰めるだけの力を与える」

「契約? 力だって? 馬鹿馬鹿しい――」


 リュックから取り出した赤黒い槍。

 それをテーブルに置いた瞬間、ケントは口を閉じた。



 【鑑定結果】

 武器:怨鬼槍

 解説:怒りや憎しみを力に変える呪われた槍だってー。使えば使うほど使用者を鬼へと近づけるから、使いすぎには注意した方がいいかなー。

 スロット:[高速自己修復][ハウリングガード][回復阻害]



 これはエレインの剣を作る途中で偶然できた物だ。

 あまりにも凶悪すぎて売り物にすらできなかった失敗作。

 ただスタークに強い憎しみを抱いている彼には必要な物かもしれない。

 それに俺は知っているのだ。

 彼が密かに大会に出場登録をしていることに。


「これさえあればあいつを殺せる気がする……」


 ぱしっ、俺は彼の手を掴んで止めた。


「渡す前に契約をしろ。これには俺達を裏切らないと誓う為の内容が記載されている。もし本当にあいつを殺したいのならここで仲間であることを証明するんだ」

「そんなことか。見せてくれ」


 ケントはスクロールに目を通す。

 返事をする前に彼はナイフを抜いて指先を切り、血液をスクロールへと落とした。


「お、おい! その内容でいいのか!?」

「構わない。俺はスタークをこの手で殺せるなら悪魔にだって魂をやるつもりだった。たまたまそれが人であるあんただったってだけさ」


 左手をスクロールに押し当て契約は成立する。

 裏切ればと明記してあるんだが……本気なんだな。


「好きに使ってくれ」

「ああ」


 手に取った彼は赤黒いオーラをその身から漂わせた。

 槍を持つ手は震え、憤怒の顔へと変貌する。


「大丈夫か?」

「平気だ。むしろ心地が良いくらい。渦巻いていたあいつへの様々な憎しみが一つとなって、邪魔な要素が頭から消えて行く。どうやって殺すのか、その手段だけがすっきりと頭の中で浮かび上がっているんだ」

「今はまだ使うなよ。それはある意味時限爆弾だ」

「鬼になるんだろ。分かってるさ」


 彼は槍をテーブルに置いて呼吸を整えた。


「あはははははははっ! こいつはいい! 今なら分かるよ、君との出会いは俺にとって最高の幸運だった! これなら間違いなくスタークを殺せる!」


 狂ったように笑うケントに一抹の不安を抱いた。

 もし復讐を果たしたら彼はどうなるのかと。


 そして、大会当日がやってきた。


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